表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

139/373

139 旅館

 次の治療所でも同じことを行い、そこにいた医官の人にも詳しく説明した(ナナが…)。

 これはかなり大変だな。ナナが…。

 魔力に関しては馬車での移動中にある程度回復するとしても、(説明に時間がかかるので)一日に3か所を回るのが精一杯だろう。そして、この地区のスラムの治療所は合計10か所はあるらしい。

 なので、俺たちにとって初日である今日は、2か所を回っただけでお開きとなった。残りの8か所については明日以降に訪問することになる。

 一刻を争うような病じゃないし、俺たち(特にナナ)が過労で倒れたりすると大変だからね。


 …って、あれ?当初の依頼内容って『(やまい)の原因を探る』だったよな?

 それは初日ですでに達成しているよね。なぜか俺たちが治療のために巡回するのが当たり前という空気になってるんだけど…。まぁ、良いけどね。


 夕方、王宮所有の大型箱馬車に揺られて連れて行かれたのは、スラム街と平民街の境目にある一軒の宿屋だった。かろうじて平民街のエリアに建っている宿屋だ。

 どうやら、感染症の疑いがあるため、スラムの治療所を訪れた人間もまた隔離されることになっているらしい。…って、聞いてないよ。

 アリスさんに聞いたのだが、この宿屋は行政によって接収されているらしい。しかも、宿屋の周囲には騎士っぽい人たちが巡回していて、建物への出入りを厳しくチェックしていた。


「すまんな。君たちを家に帰すわけにはいかんのだ。もしも家族へ連絡したければ、騎士を派遣するから申し出てくれたまえ」

「あ、でしたら連絡をお願いしたい所があります」

 アリスさんが一人の騎士を呼びつけて、事情を説明していた。

 その騎士さんが俺たちを見ながらこう言った。

「なんで俺が平民ごときの頼みで、メッセンジャーの真似事(まねごと)をせねばならんのだ。ああ、仕方ないな。さっさと住所と伝言を言え。どうせ手紙など書けんのだろ?」

 アインホールド伯爵家の騎士さんたちは良い人ばかりなのに、王都の騎士団はかなり偉そうだな。いや、これが普通なのか?


「それでは伝言をお願いします。住所はアインホールド伯爵家の王都別邸です。アインホールド伯爵様に直接伝えていただくのがベストですが、お屋敷の執事さん()てでも構いません。伝言内容は『暁の銀翼は冒険者ギルドの依頼でスラムの調査をしているため、しばらくはお屋敷に戻れません』…でお願いします。あ、手紙を書いたほうが良ければ、書きますけど…」

 これを聞いて、横柄な態度だった騎士さんがバツの悪そうな顔になり、恐る恐るといった感じで質問してきた。

「お前、いえ、あなたは伯爵家のお身内の方なのでしょうか?」

「いえいえ、『平民ごとき』ですよ。伯爵様にはお屋敷への滞在を許可されているだけです。どうぞお気遣いなく…」

 笑顔を返した俺に対して、騎士さんがほっとした表情になったのも(つか)()、アリスさんが追い打ちをかけた。

「こちらはシュバルツ男爵家のご令嬢であるアンナ様だ。失礼の無いようにな」

 今度は汗がだらだらと流れ始めた騎士さんだった。なんか気の毒になってきたな。


「も、申し訳ありませんが、もう一度ご伝言をお願いできますか?」

 聞いてなかったのかよ…。いや、覚える気が無かったのか?

「3分お待ちいただけますか?手紙を(したた)めますので…」

 俺はこんなこともあろうかと(あらかじ)め買っておいた筆記用具(上質の紙、ペンやインク壺等)を【アイテムボックス】から取り出し、さらさらと伝言内容を記述した。画板のような大きな木の板を下敷きにして、立ったままの作業だ。

 手紙を封筒に入れるまでもないだろう。まさか改ざんはしないだろうし…。


「これをお屋敷の執事さんにお渡しください。お手数おかけしますが、よろしくお願い申し上げます」

「はっ!お任せください。すぐに行って参ります」

 うーん、最初と態度が違い過ぎて引くわ~。てか、これって(はた)から見たら『虎の威を借る狐』って感じだろうな。

 アンナさんの威を借る平民の俺…。まぁ、これで伯爵様に俺たちの状況を伝えることができるのならば良しとしよう。


 アリスさんの先導で宿屋に入ると、旅館の仲居さんっぽい人に出迎えられた。え?ここは日本ですか?

 しかも、なんか見覚えのある顔だ。

 …あっ、ルナーク商会のリバーシ販売店にいた販売員の人?

「ツキオカ様、お久しぶりでございます。その節は上司ともどもお世話になりました」

「ああ、こちらこそお久しぶりです。イザベラお嬢様はお元気ですか?」

「はい。リバーシはまだまだ増産に次ぐ増産という状況でして、工場との折衝(せっしょう)で死にそうになっております。王都だけでなく、他の街、さらには他国へも販路を広げようとなさっているためですね。いわゆる自業自得でございます。ちなみに、今のハウゼン家は、かつての侯爵家時代よりも裕福ではないかと思われます」

 この仲居さん、じゃなかった販売員さんは、元々ハウゼン侯爵家に勤めていた侍女長さんで、侯爵家の(ふところ)具合にも詳しい人だったみたい。てか、辛辣(しんらつ)なコメントだな(もっとも、こういう人をイザベラお嬢様は好みそうだけど…)。


 で、ここにいる理由なんだけど、企業の社会的責任(CSR)の一環とのこと。今回の食中毒事件に対して、支援を申し出たのがルナーク商会だったらしい。ハウゼン家の失った信用を取り戻す一助となることを期待しているのかもね。

 この宿屋の運営経費(ランニングコスト)を全てルナーク商会で負担しているらしいよ。

「お部屋にご案内する前に、浴室にご案内します。お身体の汚れをお風呂で洗い流してくださいませ」

「え?お風呂?お風呂があるの?」

 大声をあげたのはナナだ。いや、俺も声を出しそうになったんだけど、ナナに先を越された形だ。


「サトル様、お風呂って何ですか?」

 オーレリーちゃんが不思議そうに質問してきたけど、この国には入浴習慣が無いみたいなので、知らないのも無理はない。

「お湯を()めた浴槽というものに、身体を沈めて(あたた)まるのがお風呂だよ。浴槽そのものを指す場合もあるね」

「それって、ものすごく贅沢なことなんじゃ…」

 そうだね。水質の良い水を確保するのは大変だし、湯沸かしのための燃料費についても高額になると思う。この王都では貴族ですら味わえない贅沢かも…。


 仲居頭(なかいがしら)であるさっきの元・侍女長さんがこう言った。あ、余談だけど、女将(おかみ)はイザベラお嬢様だそうだ。

「お嬢様の命令により突貫工事で浴室を増築致しました。建築費用はかなりの額になったようですが、お嬢様は満足されておりましたね。あと、こうもおっしゃっていました。『この機に乗じて、この国にお風呂文化を根付かせる』と…」

 ははは、イザベラお嬢様らしい。さすがは転生者だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ