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137 治療行為

 王宮所有の大型箱馬車にアリスさんと俺たち『暁の銀翼』五名が乗り込み、スラム街へ向かったのは昼過ぎ頃だった。なお、御者は専任の人が担当した。

 馬車の中では道すがら簡単な食事(昼食)を()り、その過程でアリスさんがナナの【アイテムボックス】に驚いていたよ。時間経過無しであるナナの【アイテムボックス】から、出来立ての食事をアリスさんを含む全員に振る舞ったせいだ。

 さらにアンナさんとナナが【水魔法】で安全な水を提供できると言ったら、歓喜していたよ。うん、いちいち煮沸しなくても大丈夫な飲み水って貴重だからね。


 馬車が向かったのは、オーレリーちゃんの親父さんが住むスラム街とは違う場所だった。ホッとした様子のオーレリーちゃんだったが、決して安心はできない。

 このまま放置しておけば、四か所全てのスラム、いや王都全体に『O-157』の被害が広まる恐れだってあるのだから…。貴族街や王城だって例外じゃない。

 なお、途中で雑貨店や薬屋に立ち寄り、大きな鍋や大量の水筒、塩や砂糖、解毒ポーション等を購入したのは言うまでもない。


 馬車はスラム街の入口から奥のほうへと進み、少し大きな建物の前で停まった。集会所や公民館みたいなイメージの場所だった。

「ここに重症患者が隔離されている。軽症な者は自宅で療養しているのだが、介護が必要な者がここにいると考えてくれたまえ。重症者人数は、ここだけで現時点では28名だ」

 アリスさんの先導で建物の中に入った俺たちは、悪臭に思わず顔を(しか)めた。吐瀉物(としゃぶつ)や糞便の臭いだ。

 建物の中はそんなに広くないようで、所狭しと密集して患者たちが横たわっていた。

 介護しているのは家族や知り合いだろうか?その服装から判断して、王宮から派遣された看護師ではなさそうだ。


「グレッグ医官、ちょっと来てくれ」

 アリスさんの呼びかけに一人の男性が立ち上がり、億劫(おっくう)そうにこちらへ歩いてきた。顔色が悪く、目の下には(くま)があった。40代か50代くらいかな?白衣を着た中年の男性だった。

「アリス、医者や看護師の派遣はまだなのか?もはや手が回らんぞ。王宮はスラムを見殺しにする気か?」

「こちらのナナ・ツキオカ嬢がこの(やまい)を特定してくれた。あと、この二人は【光魔法】が使える魔術師様だ」

「なにっ?特定できただと?それは本当かっ?」

 グレッグ医官と呼ばれた男性がナナに(つか)みかからんばかりに迫っているよ。ナナも思わず一歩下がっていた。


「おい、落ち着け。とりあえず手当てが先だ。お兄さん、頼めるか?」

 なぜかアリスさんは俺のことを『お兄さん』と呼ぶのだが、あまり気にしないようにしよう。

「はい。まずは中級魔法の【エリアキュア】を部屋の中央で発動します。効果範囲外になった端のほうはオーレリーちゃん、お願いできるかな?」

「はい、お任せください」

 役割を与えられたオーレリーちゃんが嬉しそうだ。


 俺はサリーに向かって、こう言った。

「サリー、ちょっと来てくれ。これは【光魔法】の初級である【レッサーヒール】や【レッサーキュア】を発動できる魔道具だ。レバーの切り替えでどちらを発動するのかを選択できるようになっているんだけど、必ず【レッサーキュア】のほうで使ってくれ。あと、発動時は患部から10cmくらい離してから発動して欲しい。魔術師が魔法発動するときのように照準(レティクル)が出るわけじゃないから、焦点距離に気を付けてな。あと、魔力量30の魔石をセットしたカートリッジを5つ用意している。つまり、15回ほど【レッサーキュア】を発動できるぞ」

 短銃(ピストル)型の魔道具をサリーに見せながら使い方を説明した。そう、これは俺が趣味で作った【光魔法】の魔道具であり、治癒(ヒール)解毒(キュア)を誰でも発動できるようにしたものなのだよ。どやぁ。

「サトル、すごい魔道具だね。もしかして、これを私にくれるの?」

「ああ、プレゼントするから、オーレリーちゃんと手分けして、毒状態の患者に【レッサーキュア】をかけていってくれ」


 この会話を聞いていたナナが(うらや)ましそうに言った。

「お兄ちゃん、その魔道具の名前は?」

「一応、仮称だけど『健康銃(ヘルシー・ガン)』って名前だ」

「うわぁ、なんてダサい名前…」

「うるせぇよ。だったらナナが良い名前を考えてくれ」

 ダサいのは自覚してんだよ。でも機能はすごいと思うぞ。


「アンナさんとナナは【水魔法】の【ウォーターストリーム】で飲料水を鍋に生成して、それで経口補水液を作ってから水筒に詰めていってください」

「サトルさん、了解しました」「うん、分かったよ、お兄ちゃん」

 仲間たちへの指示を出し終わった俺は、部屋の中央付近で範囲魔法の【エリアキュア】を発動した。

 俺自身を中心に光の波動が広がっていく。効果(エフェクト)としては昔【エリアヒール】を発動したときと同じだな。

 半径10メートルの円内にいた患者たちは、ベロ毒素による毒状態を脱して穏やかな表情になった。ただ、患者全員へは効果が及んでいないため、魔法の範囲外になっていた患者への対応をオーレリーちゃんとサリーが個別に(おこな)っていった。

 俺は患者それぞれを【鑑定】していって、その『状態』の表示が『毒状態(ベロ毒素による)』から『健康』または『罹患(りかん)』になっているかどうかをチェックしていった。

 『罹患』表示の患者は当然完治していないんだけど、『健康』と表示されている患者については体内の『O-157』が死滅したと考えて良いのだろうか?うーん、これは経過観察がしばらく必要かな?


 ほどなくして、この場にいた全ての患者の治療が終わった。

 ただし、全員が完治したわけじゃない。【鑑定】で『罹患』と出ている患者については、病原である『O-157』が死滅したわけじゃないのだ。

 あとは脱水症状に気を付けながら、患者自身の体力勝負ってことになるだろう。まぁ、それでもこの治療所においての危機は、ひとまず脱したんじゃないかな?

「あ、アリスさん。勝手に指示を出してしまいました。申し訳ありません。それから、あらためてご挨拶申し上げます。冒険者パーティー『暁の銀翼』のサトル・ツキオカと申します。どうぞよろしくお願いします」

 アリスさんへの謝罪と、グレッグ医官への初対面の挨拶をした俺だった。いや本当に、遅ればせながら…なんだけど。

 患者への治療が最優先だから、(とが)められることはないと思うけどね。


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