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136 病の原因

「今回スラムで発生している『第3号病毒事件』の調査を担当しているアリス・オコーナーである。オコーナー準男爵家の長女だ。王宮厚生部の職員ではあるが、一応医師の資格も持っている。君たちに協力するよう、上から言われたのだが、冒険者ごときに何ができるというのか…。全く理解に苦しむよ」

 そう吐き捨てるように言ったのは、今回の案件の初動調査を担当した女性だ。

 貴族のお嬢様らしく、腰まである豊かな金髪に華奢な体躯(たいく)、整った顔立ちの美人さんだった。年齢は20代半ばくらいかな?


「冒険者パーティー『暁の銀翼』のリーダーを務めておりますサトル・ツキオカと申します。あ、家名はありますが平民です。どうぞよろしくお願い申し上げます」

「ふん、一応礼儀はわきまえているようだな。ん?そっちの女性は?」

 怪訝(けげん)そうな顔で彼女が見ていたのはアンナさんだ。そう言えば、アンナさんも貴族のお嬢様だったな(男爵令嬢なのだ)。

「アンナ・シュバルツと申します。かなり昔になりますが、一度だけお会いしたことがございますね」

「おぉ、シュバルツ男爵家の有名な才媛ではないか。冒険者をなさっていたとは存じ上げず、失礼した」

 アンナさんの知り合いか。良かった…。

 見下(みくだ)されたままだと聴取(ヒアリング)に支障をきたすかと思ったけど、これでその心配は無くなったな。


 他のメンバーも自己紹介していったけど、最初のように冒険者を馬鹿にしたような様子は見受けられなかった。間違いなく、アンナさんのおかげだ。

「まずは今までに判明している内容を知らせておこう。報告書を提出しているから、すでに読んでいるかもしれんがな」

 もちろん、全員が報告書(レポート)を読み込んできているんだけど、調査担当者から直接話を聞くことは、それはそれで重要だからね。

 ただ、分かっていることはそんなに多くないようで、アリスさんの説明は30分程度で終わった。


「とにかく、経口摂取した毒を調べようにも、その毒自体を誰も知らんのだ。患者を【鑑定】すると『毒状態』になっていることから、何らかの中毒であることは間違いないのだがね」

「毒の名称は判明しているのですか?」

 報告書(レポート)には書かれていなかったけど…。

「初めて聞く名前だったから報告書には記載できなかったのだ。【鑑定】によって判明した患者の状態は、正確にはこうなっていた。『毒状態(ベロ毒素による)』と…」

 うーん、聞いたことないなぁ。


 皆の顔を見回してみると、ナナが何かに気づいたみたいで、挙手しながらこう言った。

「『ベロ毒素』ってことは多分あれじゃないかな?『ベロ毒素産生(さんせい)性 病原(びょうげん)性大腸菌 O-157(オーイチゴーナナ)H7(エイチセブン)』…」

 あ、『O-157』って聞いたことがあるな。

 そうか、たしかに患者の症状を見ると、日本で20世紀末に流行した『O-157』に合致するかも…。ちなみに、日本での流行は俺が生まれる前だったから、歴史として知っているだけなんだけどね。

 てか、ナナはよく知ってたな。


「な、なんだね、それは?『ベロ毒素』なるものを知っているのか?」

「はい。私たちの腸内には大腸菌という細菌がいるのですが、その大腸菌の突然変異体の一つに『O-157』というものがあり、それが腸内で『ベロ毒素』を生成するのです」

「『細菌』?『大腸菌』?君の言ってることがさっぱり理解できない。詳しく説明してくれないか」

 ここからはナナの独壇場だった。元女子高生(JK)にしては随分詳しいな。いや、JKだったからこそ詳しいのか?


 『生物』の授業のようなナナの説明が終わると、アリスさんが感心した様子で、こう質問してきた。

「それだけの知識をいったいどこで学んだのだ?他国の知識なのだろうか?」

「はい、お兄ちゃん…いえ、兄から教わりました。ニッポンという国の知識です」

 うわっ、ナナのやつ、答えづらいもんだからって、俺に振ってきたよ。

 …って、やめてくれよ。細菌や大腸菌は分かるけど、『O-157』の治療法なんて知らないぞ。


「君たち兄妹(きょうだい)は他国の人間だったのか。道理で、貴族でもないのに家名を持ってるわけだな」

 いや、ナナは元々この国の人間ですけどね。そんなことをわざわざ言う必要もないけど…。

「ところで原因が分かっているということは、治療法も判明しているだろうか?」

「はい。まずは予防法ですが、食事前の入念な手洗いが必須です。経口摂取により体内に侵入しますので、石鹸で菌をしっかりと洗い流す必要があります」

「ふむ、なるほどな。患者の排泄物にその『O-157』という細菌が生きたまま排出され、それが他の人間の口から入って罹患(りかん)するわけか。目に見えぬほど小さいものであるというのが、困りものだな」

 いや、目に見えないものなのに、ナナの言葉を信じてくれたアリスさんは優秀な医者だと思いますよ。てか、この世界に顕微鏡は無いのかな?


 あとで聞いてみたら、顕微鏡は無いそうだ。

 でも、丸眼鏡をかけている人は見かけるから、ガラスレンズの加工技術はあるんだよな。

 対物レンズと接眼レンズを2枚組み合わせるだけだし、そんなに難しい仕組みでもないのだから、顕微鏡くらい作れると思うのだが…。

 この王都にも眼鏡店はあるから、話を聞きに行ってみようかな?

 ちなみに、望遠鏡は存在するらしいよ。…って知らなかった。今度買いに行こう。


 ナナの説明は続く。

「次に治療法ですが、特効薬はありません。対症療法的になりますが、水分を十分に摂取して安静にしておくのが一番だと思います。あ、解毒ポーションや【光魔法】の【レッサーキュア】は有効ですね。ベロ毒素の無害化のためにも…」

「なるほどなぁ。治癒ポーションによって症状が悪化するのは、患者だけでなく『O-157』なる細菌も活性化させてしまうからか…。ふむ、理屈に合っているな。しかし、現時点の対症療法としては、下痢の悪化を防ぐためにできるだけ水を与えないようにしているのだが、それは間違っているということかね?」

「はい、脱水症状を防ぐためにも水分を()ることは重要です。できれば経口補水液を与えるのがベストですね」

「ん?けいこう…なんだって?」

経口補水液(けいこうほすいえき)です。ただの水に塩と砂糖を加えたものですね。体内へ吸収されやすいという特徴があります」

 おいおい、ナナのやつ、まじで詳しいな。

 俺も一応、名前を聞いたことくらいはあるが、塩や砂糖の分量までは知らないぞ。


「君はその作り方を知っていると?」

「もちろんです。水1リットルに対して、塩3グラムと砂糖40グラムを加えて溶かしこみます。というか、それだけです。誰でも簡単に作れますよ」

「うーむ、素晴らしい。この件が解決したら、王宮厚生部に来ないかね?ぜひ、スカウトしたい!」

 おっと、ナナがヘッドハンティングされそうになってるよ。

 まぁ、冒険者でいるよりは良いのかも…。王宮で働けるなんてことになったら、平民にとっては大出世だもんな。

「謹んでお断りさせていただきます。私の一生は兄と共にありますので…」

 …って、(おも)っ!なんだよ、一生って…。


「それでは、お兄さんも一緒ならどうだ?」

「えっと、それは兄次第ですね」

 アリスさんとナナの目が俺のほうを向いた。いや、ここにいる全員が俺を注視していた。

 仕方なく、俺はこう言った。

「申し訳ありませんが、王宮勤めなど我々兄妹(きょうだい)には無理です。将来的には、様々な外国にも行ってみたいと思っておりますので…」

 王宮どころか普通の勤め人(サラリーマン)ですら俺には無理だろう。なにしろ、この世界の常識に(うと)いってのを十分に自覚しているからね。


「うーん、そうか…。それは残念だな。まぁ、良い。とりあえずはこの案件を先に片付けよう。今からスラムの治療院に行くのだが、付いてきてくれるか?」

「はい、もちろんです。俺とこの子は【光魔法】が使えますので、多少はお役に立てるかと思います」

 オーレリーちゃんの肩に手を置きながらそう言うと、アリスさんの目が輝いた。

「それは素晴らしい。神官連中にも頼んでいるのだが、スラムなんぞに行きたくないと駄々をこねる(やから)が多くてな。治療に必要な人員集めに苦労していたのだよ。よしっ!さぁ行こう。すぐ行こう!」

 アリスさんの右手が俺の左手首を握って、強引に引っ張っていこうとしている。さすがに振り払うのも躊躇(ためら)われたため、そのまま大人しく引っ張られていったよ。

 てか、美人のお姉さんに手首を握られているのは、ちょっと照れる…。

 そして、その手を繋いだ箇所をアンナさんやナナが無表情でガン見していたのだが、それに気付いた俺はアリスさんの手を振り払うべきだったのだろうか?

 いやいや、この程度のスキンシップは問題ない、問題ない…。てか、無表情で(にら)まれるのって(こえ)ぇ~。


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