133 裁判の結果
「ツキオカ殿、また命を助けられたな。心から感謝する。ナナ君もサリー嬢もありがとう」
アインホールド伯爵様が、ほっとした表情で俺たちにお礼を言ってくれた。
いえいえ、この事件に巻き込んだのは俺たちですから…。
「閃光で被疑者を硬直させたその魔道具は何だね?【フラッシュ】を発動する魔道具だと思うのだが…」
警部さんが興味深げにナナに質問していた。
その質問にナナが答える前に、アインホールド伯爵様が口を挟んだ。
「その魔道具はそこにいるツキオカ殿が作成したもので、僕が所持の許可を出している。攻撃魔法を発動する魔道具ではないから、免許は不要だと判断した」
「伯爵様。それは、犯人逮捕や暴徒鎮圧などにかなり有効な魔道具ですぞ。できれば警吏本部への大量配備をお願いしたいところですが…」
警部さんの要望を聞いた伯爵様が俺に向かって問いかけてきた。
「ふむ、どうする?ツキオカ殿は冒険者だから、大量生産には関わりたくないだろう?魔道具製作の業者に作り方を教えて貰っても構わないだろうか?」
「はい、問題ありません。権利料なども不要です。ただし、この魔道具が悪人の手に渡らないように、警吏本部内で厳重に管理してください」
俺のこの言葉を聞いて、警部さんは深く頷いた。
「もちろんだ。約束する」
まぁ、予算の問題もあるから、これはそんなに急ぐ話でもないだろう。
国の今年度予算を使って、すぐに大量生産とはいかないはず…(予備費を使ったり、補正予算を計上する可能性もあるけど)。
ただ、来年度(4月以降)の予算には閃光銃の調達費用が計上されることになるかもしれないね。てか、アインホールド伯爵様には国の行政府へ意見を具申する伝手でもあるのかな?
暗部を動かせるような影響力を持っていることもそうだけど、割と謎な人ではある。
こうして『フセ村青年団』との出会いから始まった今回の事件は終結した。
最後にまさか命の危機に陥るとは思ってもみなかったけど、全員が無事で良かったよ。あ、ライオネル氏だけは無事じゃなかったね(右手の手首から先が失われた)。
・・・
ライオネル氏に対する厳しい取り調べと、様々な罪状に関する裁判が行われた結果、最終的には以下のように決着した。ギルドで行われた事情聴取の日から数えて、一か月後のことだった。
・『詐欺罪』に関しては言うまでも無く有罪(スマホの映像がその証拠だ)。
・『所得税法違反』(要するに、脱税)についても裏帳簿という決定的な証拠が存在するため、もちろん有罪。
・『贈賄』に関しては『収賄』と合わせて、今後も捜査を継続する。
・爆発の人工遺物による自爆テロに関しては、証拠が存在しないため不問とする(俺の【アイテムボックス】から証拠となる人工遺物を取り出せないため)。
・娼館5店舗の経営権を同業他社へ譲り渡し、その収益を慰謝料や追徴課税に充てる。
・現時点の債権(他者に貸している金)は全て放棄する(違法性が疑われるため)。
・娼館の従業員へは、一人あたり1,000万ベルの慰謝料を支払う。その総額は、10億2千万ベルとなる。
・脱税額は約5億3千万ベルであり、重加算税込みで約16億ベルを追徴する。
・ライオネル氏に対する刑罰は、懲役10年とする。ただし、氏の全ての資産を合わせても(慰謝料及び追徴課税の)支払いに足りない額が約15億ベルもあるため、犯罪奴隷として鉱山での労働を課す。
犯罪奴隷としての鉱山労働ってのは、実質的には死刑と同じだ。ほとんどの犯罪者が1年以内に病没するらしいからね。
多くの女性の人生をめちゃくちゃにしてきたわけだから、この判決も納得だな。実際、苦界に落とされた女性たちにとっては、慰謝料を貰ったところで自分の人生を取り戻せるわけでもないし…。
なお、ライオネル商会の債権放棄によって、ギルド受付嬢のマリーナさんの父親の借金は無くなった。もちろん、『フセ村青年団』の借金10万ベルも返済不要になる。
大きな問題として最後に残っているのが、マリーナ嬢の処分をどうするのかってことだ。
信頼を失った受付嬢を以前と変わらず雇用し続けることはできないから、ギルドを解雇されることは確定している。ただ、詐欺罪として起訴するかどうかが悩ましいところだそうだ。
以前から何件も同様の詐欺(冒険者パーティーを罠にかけて、違約金を得ようとしたこと)を繰り返していたのなら、間違いなく捕縛して起訴することになる。でも、そうじゃないみたいなんだよな。
つまり、『フセ村青年団』に対する詐欺が初犯であり、しかも早い段階でのマリーナ嬢の自白によって、実質的な被害は生じていないのだ。
もちろん、厳密に法を適用すれば詐欺未遂罪なんだけど、情状酌量の余地は大いにあるよね。自分の妹を守るための緊急避難的な行動と言えなくもないし…(ちょっと苦しいけど…)。
…ってなことを俺は顔見知りになった警部さんから聞かされた。いや、なぜ俺に言う?
「君の意見を聞かせてくれないか?」
「そうですね…。もしも俺の仲間に被害が及ぶようなことを彼女がしたのなら、たとえそれが未遂であっても俺は許しませんよ。ですから、意見は被害者であるタロン君たちに聞いてみてください。彼らが『許す』と言えば、起訴猶予処分でも良いんじゃないでしょうか?」
「いや、彼らは既に『許す』と言っているのだよ。他人の悪意にあまり触れたことが無いのだろうな。気持ちの良い青年たちだよ」
うーん、それで良いのか?『フセ村青年団』…。
今回はたまたまうまく転がったけど、下手したらアリちゃんとサラちゃんは今頃多くの客の相手をさせられていたかもしれないんだよ。そう、あのときタロン君が俺たちに声をかけてこなければ…。
「俺としては『起訴した結果、執行猶予判決が下る』という展開がベストだと思いますけどね。前科は付きますけど…」
「うーん、そうだよなぁ。将来、同じような状況になったとき、全く同じ間違いを犯す可能性が高い以上、有罪判決は出しておくべきだろうな。うん、君の意見を聞いて良かったよ。起訴することにしよう」
ちなみに、警部さんが起訴の有無を判断しているのは、この国には検察という制度が無いためだ。つまり、警吏本部が警察と検察の両方の機能を担っているってことだね。
てか、何で俺に聞いたのか?
「いや、君がアインホールド伯爵と昵懇の間柄みたいだからだよ。あの人に睨まれるのは、正直言って怖いんだ」
いや、本当に正直だな。それより、『怖い』ってどういうこと?俺たちにとって、伯爵様の印象は『優しくて良い人』ってだけなのだが…。
「あのお方は今の国王陛下が王太子殿下だったときの王立高等学院の同級生で、さらに言えば無二の親友だったらしい。もちろん、今でもその関係は続いているらしいがね」
「な、なるほど…。それは確かに『怖い』ですね」
「だろう?暗部すら簡単に動かせる、絶対に怒らせてはいけないお方なのだよ」
うーん、色々と腑に落ちることが多いよ。
うん、俺たち『暁の銀翼』も伯爵様とは絶対に敵対しないようにしよう。そう、固く決意した俺だった。




