013 菓子パン①
結局のところ、今日中にデルトの街に着くことはできなかった。
あと10キロメートルくらいって話のようだが、日が落ちてしまったので仕方がない。夜に馬車を走らせることは危険なんだそうだ。
街道脇の休憩所(道の駅みたいなイメージ)には、俺たちのほかにも商人らしき人の姿がチラホラ見える。
ただ、捕虜である盗賊たちをどうするかが悩みの種のようで、いっそのこと『デルト役場職員』であるゴラン以外の人間は斬首刑に処そうかという話も出た。
これを聞いてブルったのが盗賊たちで、口々に命乞いをしていたよ。曰く、『逃げません』『大人しくします』『お役に立ちます』などなど…。
奴隷契約を行う『隷属魔法』なんてものは無いのだろうか?それがあれば簡単なんだけどな。
侍女のアンナさんの話では、『闇魔法』の中に相手の自由意志を奪うような上級魔法もあるらしい。…が、スキルレベルが90以上でないと使えないので、そんな人材は領都にすら見当たらないそうだ(この国の王都には居るかもしれないとのこと)。
最終的な解決方法は、たまたま同じ休憩所にいた商人さんからもたらされた。
強力な睡眠薬を売ってもらったのだ。一錠で8時間はぐっすりらしい。それを盗賊たちに飲ませて解決です。
まぁ、それでも騎士さんたちが交代で不寝番を行うのは当然なんだが…。
え?俺?俺はゆっくり寝させてもらいます。馬車の中にいるエイミーお嬢様と侍女のアンナさんを守るように、馬車の周囲に雑魚寝って感じになるけどな。
固い土の上なので眠れるかどうか心配だったけど、朝の太陽光に起こされるまではぐっすりと眠ることができた。俺って自分で思っていたよりも図太いみたいだ。
なお、昨日は朝食を摂ってから夜まで何も食べていなかったんだが、その日の夕食は伯爵家ご一行様にご馳走になった。と言っても携帯用の保存食みたいなもので、パッサパサの黒パンみたいな固いパンとビーフジャーキーみたいな干し肉だけだったが…。
これはこの世界に日本食を普及させろという俺へのお告げなのだろうか?まぁ、料理のできない俺にとってはハードルが高過ぎるけど…。
「おはようございます、ツキオカ様。よくお休みになられましたか?」
「ええ、ありがとうございます。騎士の皆様のおかげで問題なく休むことができました」
マックス隊長に朝の挨拶を返していると、エイミーお嬢様が馬車から降りてきた。フラフラと公衆トイレのほうへ歩いていってるが、あれって寝ぼけてないか?
侍女のアンナさんが慌てた様子でお嬢様のほうへと小走りで近寄っていった。アンナさんは少し離れたところで、すでに朝食の準備を始めてくれていたのだ。
うーん、朝食でもあの固くてちょっと酸っぱいパンを食うのだろうか?食事を貰っておきながら失礼な話ではあるが、正直あまり美味しくないんだよな。
そう言えば、アイテムボックスに菓子パンを入れてたな。
アイテムボックスの中で時間が経過するのかどうかを検証するために入れていたんだけど、よく考えたらビニール袋で封をされてるし、あまり意味が無いかもしれない。
もう、食っちゃおうかな?…うん、食おう。大事に取っておいても仕方ないし…。
ビニール包装はオーバーテクノロジという可能性もあるので、見せられないな。
俺はアイテムボックスから取り出した三つの菓子パンの袋をこっそりと開けて、中身だけを取り出した。オーソドックスなクリームパン(カスタードクリーム)、ツナとコーンがどっさり載ったパン、ピザっぽい感じの丸くて平べったいパンの三つだ。
大学の授業で使うA4サイズのノートを一枚破ってからそれをテーブルの上に敷いて、その上にパンを置いた。ペットボトルはPET容器を見せられないので、出すのはやめておこう。
自ら水魔法の【ウォーターストリーム】で出した水で両手を洗い、これで食事の準備は万端だ。
『さて食おうか』ってタイミングで周りの視線に気付いた。いや、気付きたくはなかったよ。
エイミーお嬢様もアンナさんもマックス隊長も俺の菓子パンをガン見ですよ。
「ツキオカ様、そ、それは何ですか?白パンなのですか?いえ、一つは確かに白パンのようですが、他の二つは?」
お嬢様が俺に質問してきた。てか、目が爛々と輝いているし、口元からよだれがたれそうだ(まだ、たれてはいない)。
「あー、俺の故郷のパンで『菓子パン』という分類に入るものなんですが、よろしければ少しお食べになりますか?」
本来は高貴なお方に全て献上すべきなんだろうけど、別に俺はこの国の民じゃないしな。まぁ少しおすそ分けするくらいなら…。
俺はクリームパンを半分に割って、片方をエイミーお嬢様に差し出した。あ、毒見とか必要無いのかな?
お嬢様は中のカスタードクリームをまじまじと見つめて、人差し指でクリーム部分をつついたあと、その指をパクっと口に咥えた。えっとその仕草って貴族としてどうなんですかね?
アンナさんが思わず注意しようとした機先を制して、お嬢様が叫んだ。
「甘~い!なにこれ?なにこれ?こんな甘い食べ物、今まで食べたことがないわ」
この世界にだって甘味はあるだろうに、大袈裟だな。
続けて、はむっとパンにかぶりついたお嬢様…。少しずつちぎって食べるのが貴族としての作法じゃないのだろうか?かぶりついて食べたりして良いのかな?
「はわわわぁ、パンも柔らかくて美味しい!これは天上の食べ物ですか?」
いえ、コンビニで買った100円のクリームパンです。
アンナさんが俺の左手に持っているクリームパンの半分をガン見しながら言った。
「お嬢様、マナー違反でございますよ。私がお手本を見せて差し上げたいのですが…」
うっ、くれってことか…。ま、まあ良いか。俺は仕方なく自分の分のクリームパンをアンナさんに差し出して言った。
「よろしかったらどうぞ。半分しかありませんけど」
アンナさんが恐縮した風で、でも素早く俺の手からパンを奪い取り、小さくちぎった欠片(もちろんクリーム付き)を口へと運んだ。
「!!!」
どうやら絶句しているようだ。いや、そこまでのものか?
まぁ俺も好きだから買ったんだけどな。クリームパン美味しいよね。




