129 冒険者ギルドでの一幕 ~第三者視点~
その日、冒険者ギルド『エベロン支部』の一角で、ある男がほくそ笑んでいた。
男の名前はライオネル。
まだ40代という若さながら、王都の繁華街に娼館を5店舗も展開するやり手の経営者だった。
20代の頃は優秀な女衒(女性を娼館などに斡旋する仲介業者のこと)として名をはせたものだが、ライオネル商会の会頭となった現在でも、店の従業員のスカウトを自ら手がける勤勉な男だ。ただし、その勧誘方法については、法に触れるか触れないかギリギリのところを見極めているのだが…。
今日は、新たに目を付けていた女の子二人が所属する冒険者パーティー『フセ村青年団』、その様子をこっそりと窺うためにここにいる。
作戦としては、このパーティーに金を貸し付け、その返済のために女の子たちを自分の店で働かせるつもりなのだ。これまでも成功してきた手口であり、ライオネルはその成功を確信していた。
依頼達成受付の窓口でトラブルが発生し、知り合い(?)の冒険者パーティーと共に奥の部屋へと去っていった彼ら彼女らを見ながら、実は内心で驚いていた。
なにしろ、ターゲットである『フセ村青年団』とは別の冒険者パーティーには、ものすごい美人が一人と可愛い女の子が二人、あと前髪で目元を隠した野暮ったい子供が一人、見た目が平凡な男が一人所属していたのだ。子供と男はともかく、次のターゲットはこの女たちだな…そう心に決めたライオネルだった。
青い顔で奥の部屋から出てきた『フセ村青年団』四人に近づいて、ライオネルはこう声をかけた。
「やあ、タロンさんじゃないですか。ライオネルです。憶えてらっしゃいますか?」
「は、はぁ。お久しぶりです」
「憶えていただけているようで光栄です。以前にもお伝えしましたが、私は若者を支援するのが趣味でして、もしもお金がご入用なら貸付させていただきますよ」
困惑した表情のタロンを見ながら、ライオネルは女の子が一人増えているのに気づいた。別の冒険者パーティーに所属している子だとばかり思っていたが、もしかしてこのパーティーの新たなメンバーだったのか?
「こちらの方は初めましてですよね」
その女の子は黒い板状のものを左手に持ちながら、こう言った。
「フセ村から出てきて冒険者になったばかりのナナと言います。『フセ村青年団』に入ったばかりの新人です。よろしくお願いします」
ライオネルは内心で喜んでいた。これで三人の娼婦が確保できた、と…。しかも三人とも可愛いのだ。店の売れっ子になること間違いなしだろう。
ナナという女の子が続けて発言した。それは現在の窮状を訴えるものだった。
「依頼の失敗で違約金が必要になったのですが、10万ベルなんて大金、到底払えません。どうしたら良いんでしょう?」
「あなたは字が読めますか?」
「いいえ。自分の名前だけは書けますが…」
『フセ村青年団』の四人が字を全く読むことができないのはすでに知っている。この女の子も字を読めないのならば、騙すのは簡単だ。そう内心でほくそ笑んだライオネルだった。
「10万ベルですか…。なかなかの大金ですね。うーん、そうですね。ここは一つ、私が一肌脱いで差し上げましょう。ええ、お貸し致しますよ、無担保で…」
ライオネルはカバンから取り出した借用書にささっと100,000という数字を書き入れて、下のほうにサインをするように伝えた。数字くらいはさすがに読めるだろうと思い、そこだけは正確に記入したのだ。
しかし、小さな文字で記されていた様々な条件の部分については特に説明しなかった。
そこには、こう書かれていた。
・利息は年10%とする。
・返済期限は一週間後とする。
・期限内に元本と利息を合わせて返済できない場合、貸主の指定する店で労働によって返済することを了承する。
・上記の条件はパーティーメンバー全員に適用される。
利息制限法に違反することも無く、合法的に店の従業員(つまりは娼婦)を確保できる文言だ。Fランクの冒険者たちが、たった一週間で100,192ベル(利息は日割り計算)を返済できるはずもない。
「ここには何が書いているのですか?」
ナナという女の子が質問してきた。少しは頭が働くようだな、ライオネルはそう思った。
「利息が年10%であることや、あとは特に返済期限を定めないことなどですね」
「え?返済期限が無いんですか?」
「もちろんです。若者を支援するのが私の趣味ですから」
ナナが首を傾げながらこう言った。
「本当にそれだけですか?もしもあなたの説明とこの書類の記述が違っていたら大変なので、ギルドの人に聞いてみても良いですか?」
それはマズイ…、ライオネルは立腹したフリをすることにした。
「私を疑うのですか?ならば、この話は無しですね。10万ベルは別の方から借りてください」
貧乏な村出身の新人冒険者に金を貸してくれるような知り合いなどいるはずがない。ライオネルは、そう確信していた。
案の定、ナナという女の子は焦りながら謝罪してきた。
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ…」
ライオネルは、ここで大人としての度量を見せてあげることにした。
「まぁ、警戒するのは当然でしょう。そうですね。この借用書の文言と私の口頭での説明に差異があった場合は、借金そのものを無効にしても良いですよ。つまり、10万ベルは差し上げる形になるわけです。まぁ、返済期限無しですから、同じようなものですがね」
ライオネルは知らなかった。この会話が録音されていることを…。
そして、ナナの口元が綻んでいたことを…。




