127 依頼書の罠
「へ?ダイアウルフ討伐?いえ、僕たちが受けたのは薬草採取依頼ですが…」
タロン君がうろたえながらも受付嬢さんにしっかりと主張していた。
「そう申されましても…」
受付嬢さんも困り顔だ。
俺は見かねて後ろから声をかけた。
「ちょっとその依頼書を確認させてくれないか?」
タロン君が窓口から返却された依頼書を俺に手渡してくれたのだが、たしかにダイアウルフの討伐に関する依頼書だった。ぱっと見で、すぐに分かったよ。
しかも討伐期限が今日で、達成できない場合は10万ベルの違約金を支払わなければならないと記載されていた。そんな変な依頼って、あり得るか?
「君たち、この依頼書を読まなかったのかい?」
「恥ずかしいのですが、僕たち四人とも字が読めません。でも依頼の受付窓口のお姉さんは、これは薬草採取だって…」
ああ、識字率の低い世界だからな。でも受付嬢さんは、必ず依頼書の内容を口頭で説明してくれるはずだけど…。
まぁ、とにかく、タロン君たちが嘘をついているとは考えづらい以上、その受付嬢に話を聞いてみるしかないだろうね。
それよりもこの依頼をどうするか…。
「なぁ、ダイアウルフ3体って、今日中に狩れそうかい?」
「いえ、無理です。というか、今まで一度もダイアウルフを狩ったことが無いです。…って、え?今日中?」
「ああ、この依頼書によると、期限は今日中で、未達成の場合は違約金10万ベルの支払いだそうだ」
「じゅ、10万…。そんな大金…」
顔面蒼白で呆然としているタロン君ほか三名…。Fランク冒険者にとって、10万ベルは大金だからね。
一応、俺の【アイテムボックス】にダイアウルフ3体は収納されているから、それを提供すれば解決はする。でも今後のことを考えると、対症療法での解決よりは根本的な病巣を取り除いたほうが良いだろう。
同じことが起きないようにね。
「とにかく、君たちが依頼受付をしたときの受付嬢を探して、話を聞くしかないだろうな。その受付嬢の顔は覚えているかい?」
「はい、大丈夫だと思います」
こうして俺たち『暁の銀翼』とタロン君たち『フセ村青年団』は、依頼受付の窓口のほうへと移動し、問題の受付嬢を捜索した。
そして、件の受付嬢はあっさりと見つかり、胸元に付けている名札から名前も判明した。マリーナという名前だったよ。
ただ、そのマリーナ嬢は窓口業務中だったので、俺はカウンターの奥にいた知り合いに声をかけた。
「主任さん、お久しぶりです。ちょっと良いですか?」
ちょっと前にオーガ討伐依頼の件を相談した相手だ。あれ?そう言えば、名前を聞いてなかったな。
「ん?あぁ、君たちか。また、何か相談事かい?」
「ええ、ここではちょっと…」
すると、主任さんは少し考えたあと、こう言った。
「前に使った応接室を覚えているよね。その部屋でちょっとだけ待っていてくれないか。こっちの仕事を片付けちゃうから…」
「了解しました」
本当に気さくで良い人だよな。フットワークが軽いというか…。
俺たちの先導で『フセ村青年団』の四人も応接室に入り、主任さんがやってくるのを大人しく待つこと約10分…。
主任さんがノックの音と共に入室してきた。
「待たせたね。で、今日は何かな?」
「はい。実は…」
俺はこの奇妙な状況を主任さんに説明した。もちろん、細かいところはタロン君自ら説明してもらったんだけど…。
「うーん、職場の仲間を疑いたくはないのだが、その子に話を聞いてみるしかないね。ただ、君たち『フセ村青年団』が背伸びした依頼を受けて、達成できそうにないから嘘をついているという可能性も無くはない。あぁ、可能性の話だよ。双方の主張を吟味すべきと考えているだけだから…」
主任さんはいったん部屋を出たあと、当事者である受付嬢(つまり、マリーナ嬢)を伴った状態で再び現れた。
そのマリーナ嬢を交えて、もう一度こちらの主張を述べたあとの彼女の言い分がこうだ。
「私はダイアウルフの討伐依頼であることをご説明しましたよ。再三確認したはずです。本当に大丈夫なのかと…」
困惑した表情の彼女はとても嘘をついているようには見えない。これが演技だったら、名役者だ。
「そ、そんな…。いつもの薬草採取だって言ってたのに…」
愕然とした様子のタロン君の呟きにも、顔色一つ変えないマリーナ嬢だった。
これは水掛け論でしかないよな。公衆の目がある受付カウンターなんだから、目撃者を探せば真相は判明するかもしれないけど、時間がかかりそうだし見つかるかどうかも分からない。
同席していた俺は一つ提案してみた。
「どちらかが嘘をついているか、勘違いしているかってことですね。ここは双方に【闇魔法】の【ウィークネス・オブ・マインド】をかけてから尋問してみたらどうでしょう?」
これは心神耗弱状態にする魔法で、よく警吏本部などで取り調べに使われているものだ。
これを聞いたマリーナ嬢は途端に目が泳ぎ出したよ。
「い、いえ、そんな犯罪者みたいな扱い、断固拒否致します。主任は私のことを信じてくれますよね?」
「疚しいことが無いなら別に良いんじゃないか?双方の主張が食い違っている以上、それが一番の解決法だと思うが…」
マリーナ嬢の顔に焦りの表情が浮かんだ。汗が一滴テーブル上に落ちたのが見えたよ。うーん、これはもはや自白しているのと同じじゃないか?
「あなたがたがライオネル商会からの申し出を断ったりするから…」
ん?どういうこと?




