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110 スラム街

 それからの数日間は王都観光に費やした。この観光自体は俺たちにとって最初からの目的だったからね。

 冒険者活動は休止しているので、冒険者ギルドにも顔を出していない。ただ、お屋敷の裏庭で魔法や体術の訓練は(おこな)っている。午前中のみだけど…。

 で、午後からは四人連れ立って王都の様々な場所を歩き回っているよ。主にお店巡りだな。

 ここエーベルスタ王国の王都エベロンは、規模で言えば(東京の)山手線の内側くらいはありそうで、かなりでかい…。

 徒歩だけでは移動に時間がかかり過ぎるため、縦横無尽に張り巡らされた石畳の道を馬車がひっきりなしに走っているという大都会なのだ。


 俺たちも近場は徒歩だけど、遠方は自分たちの幌馬車で移動している。

 例えば、渋谷駅から秋葉原駅までを徒歩で移動することを連想してみてほしい。できなくは無いけど、歩きたくはないよね。

 今日は少し遠くまで行ってみようかということになって、街壁のほうへと馬車で向かった俺たちだった。あ、すでに俺は御者を務められるくらいの技術は身に着けているよ。いつまでもアンナさん一人に頼りきりじゃないのだ。


 御者台には俺とアンナさん(手綱(たづな)は俺が握っている)、荷台にサリーとナナが乗って、王都の街並みを見物しながらのんびりと進む馬車。

 天気も良くて、のどかな冬の一日だ。

 王城も見えなくなるほどの外縁部までやってきたのだが、このあたりにはどうにも貧乏くさい雰囲気が漂っていた。外縁部であっても四方にある街門付近は活気があって賑わっているのだが、門から遠く離れたこの場所ではそういう喧騒は見られない。

 するとアンナさんが言った。

「この辺りはスラム街ですね。私も来たのは初めてです。あまり治安が良くないという噂もありますから、引き返しましょう」

 まさか襲われたりするのかな?いや、まさか…。


 まぁ、『君子危うきに近寄らず』なので、Uターンしようかと馬車をいったん停車させた。

 …っと、そのとき俺の視界の端っこに二人分の人影が映った。大柄な男性が子供を無理やり路地裏に引っ張り込んだ感じだった。

 このまま見ないふりをするのも俺の精神衛生上良くないので、おせっかいだとは思ったけど様子を伺ってみることにした。

「子供が大人に拉致されていったように見えたから、ちょっと見てくるよ。君たちはここで待っていてくれ。いや、サリーだけは一緒に来てくれないかな?」

 馬車の留守番はアンナさんとナナに任せて、【索敵】や【罠感知】を持つサリーの同行を願った俺だった。

「もちろん、一緒に行くよ。えへへ、やっぱこういうときの相棒は私だよね」

 アンナさんとナナが少しだけ悔しそうな顔になっていたけど、気付かなかったフリをした。これもまた『君子危うきに近寄らず』ってやつだ。


 サリーと俺はさっき人影が消えていった路地裏へと進み、気配を探った。

 少し進むと路地が行き止まりになっていたのだが、そこで大柄な男が子供を殴りつけたところにちょうど出くわしたよ。

 悲鳴を上げて倒れ込む子供…。

 殴った男は突然現れた俺たちに驚いたようで、急いで言い訳を始めた。

「こ、こいつは俺の娘だ。最近、稼ぎが悪いから折檻していただけだからな。べ、別に虐待じゃないぞ」

 俺は男と子供の間に割り込んで、【アイテムボックス】から取り出した十手を男に突きつけた。

御用(ごよう)(すじ)である。暴行罪の現行犯で貴様を逮捕する。大人しくお縄につけ」

 路地は行き止まりなので、男が逃げるには俺たちを倒すしかない。

 殴りかかってきた男の首元を十手で軽く()でてやったら、あっさりと倒れ伏したよ。うん、正当防衛です。

 ちなみに、現行犯であれば(警察官ではない)民間人であっても犯人を逮捕することができるよ(刑事訴訟法の私人逮捕規定)。おっと、これは日本の法律か…。


 俺は殴られた子供の容態を確認する前に【光魔法】の中級【グレーターヒール】を発動して、この子の怪我を完全に治癒してあげた(初級の【レッサーヒール】で十分だったかもしれないけど…)。

「君、大丈夫か?この男は本当に君の父親なのかい?」

 あれ?この子…。どこかで見覚えが…。

 前髪で目元が隠れているため表情は分かりにくく、さらにやせ細った身体つき。この子は…。

 【鑑定】してみると、やはりAランクパーティー『勇者の斬撃』に所属しているオーレリーちゃんだったよ。

「はい。お父さんです。二人きりの家族なので、どうか逮捕は勘弁していただけないでしょうか…」


 俺は無言で【水魔法】初級の【ウォーターストリーム】を発動し、気絶している男に水をぶっかけることで強制的に覚醒させた。

「おい、お前。まじでこの子の父親らしいから今回だけは勘弁してやる。だが、二度とこの子に暴力をふるうな。二度目は無いからな」

 十手で男の頬をピタピタと叩きながら言ったところ、男はすごい勢いで何度も頷いた。

警吏(けいり)の旦那、申し訳ございやせん。もう二度と殴ったりしやせんから、どうかお許しくだせぇ」

 警吏の人間じゃないんだけどね。まぁ、勘違いさせておくか…。

「オーレリーちゃん、詳しい事情を聞きたいから同行してくれるかい?」

 名乗ってもいないのに自分の名前を呼ばれたせいで少し驚いていたオーレリーちゃんだったけど、【鑑定】スキルに思い至ったのだろう。動揺したのは一瞬で、すぐに頷いてくれた。


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