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104 イザベラ・ハウゼンの回想①

 私が前世の記憶を思い出したのは5歳のときだった。

 頭の中にかつて生活していた日本の光景が(よみがえ)る。前世の私はシステム開発を行う会社(中小企業だ)にSE(システムエンジニア)として勤める社畜だった。

 最後の記憶は三日間の徹夜のあと、ゆっくりと床に倒れ込んで、天井に(とも)っていた蛍光灯の明かりを眺めていたというものだ。

 おそらく、そのまま死んだのだと思う。まぁ、過労死だな。享年(きょうねん)は27歳。

 あるプロジェクトがデスマーチ状態だったので、仕方ないね。(いさぎよ)く諦めよう。転生できたことだし…。


 まぁ、この世界に来ても神様には出会っていないし、特別なチートスキルも貰ってない。何なの?チート能力の一つくらいくれよ、ケチ!

 ただ、ここで大変なことに気付いたのだ。自分の名前が前世でプレイしていたある乙女ゲームの悪役令嬢に酷似(こくじ)していることを…。

 その悪役令嬢の名前は『イザベラ・パウゼン』で、私の今世での名前は『イザベラ・ハウゼン』だ。

 『ハ』と『パ』の違いだけだよ。

 しかも、鏡に映った容姿は貴族令嬢らしくて可愛いんだけど、少しだけ目元が吊り上がっていて、人によってはキツイ印象を与えるかもしれない。ゲームでは15歳から18歳までのスチルしか無かったから、5歳の容姿で判別はできないものの、何となく悪役令嬢っぽい。


 そのゲームにおける『イザベラ・パウゼン』は、王立高等学院で主人公を(いじ)める役柄で、もちろん王子様の婚約者だ(現在の私に婚約者はいないけどね)。

 ステレオタイプな悪役令嬢だな。何のひねりも無い。

 しかも、18歳で(のぞ)んだ卒業パーティーでいじめ行為を断罪され、実家の侯爵家も何かの犯罪に関与していたとかで没落してしまうという悲惨な役回り…。

 いや、いじめなんてしないよ。いじめダメぜったい…。


 順調に歳を重ね、断罪劇も実家の没落もまだまだ先の話だと思っていた13歳の私…。没落を避けるための手を何も打たなかった過去の私を殴りたい。

 なんと三人いる兄のうち二人が犯罪行為に関わっていたとかで、隣の領の伯爵率いる騎士団が屋敷に雪崩(なだ)れ込んできたのだ。まじかよ、没落が早過ぎるだろ!

 てか、この世界は乙女ゲーム『暁の片翼(ベターハーフ)』略して『アカベタ』の世界じゃなかったのかよ。

 自分が悪役令嬢じゃなかったことにはホッとしたけど、貴族の犯罪は連座制らしい。つまり、身内の犯罪は一族に及ぶという超理不尽な世界なのだ。うえぇぇ、酷すぎる。


 アインホールド伯爵に我が身の有用性をアピールして減刑してもらおうと、前世の知識チートをかましたわけだがどうにも話が通じない。

 すると伯爵は『他国人で面白い冒険者を呼ぶから少し待て』と私に言った。

 で、来たのがツキオカ氏だった。なんとニッポン人らしい。…って、日本人じゃん。


 黒髪で黒い瞳の20歳(はたち)くらいの青年で、清潔感があって感じの良い男性だった。イケメンじゃないけど、私は好きだな。

 彼の妹のナナさんも(まじ)えて、三人で話し合いをすることになった。

「はじめまして…ではないですが、ご挨拶するのは初めてですね。Fランク冒険者のサトル・ツキオカと申します。こっちは妹のナナ・ツキオカです。単刀直入に聞きますが、イザベラお嬢様は

日本からの転生者ですよね?」

 今世で初めて出会った同郷の人だよ。心から嬉しい!

 このあとサトル君やナナ君と話した結果、サトル君が転移者でナナ君が私と同じ転生者だと分かった。


「伯爵様にいったい何を言ったんですか?」

「ああ、議会制民主主義や経世済民(けいせいさいみん)の考え方なんかを…」

「経世済民って、あれですよね?『()(おさ)(たみ)(すく)う』という『経済』の語源となった考え方ですよね?」

「よく知ってるな。だが、マクロ経済学や行動経済学を講義したわけじゃないぞ。あくまでも政治学の分野だ」

「いや、王制のこの国で民主主義ってのは過激思想でしょう。伯爵様もさすがに心が広い」

 やはりまずかったか…。なにより私自身が貴族であり、自分自身を否定するような思想だしな。


 ここでナナ君がぼそっと(つぶや)いた。

「イザベラ・ハウゼンって、イザベラ・パウゼンみたいだな」

「ナナ君、きみはアカベタを知っているのかね?」

「え?イザベラお嬢様も信者なんですか?」

 信者…。そう、アカベタつまり『暁の片翼(ベターハーフ)』のファンは自らを『信者』と呼ぶのだ。

「うむ、かなりやり込んだぞ。攻略対象者は全員クリアしているが、きみの()しは誰だね?」

「えっと、黒髪の賢者『サティ・ルナーク』様ですかね。メインキャラの第三王子はちょっと合わない感じでした」

「ほほう、なるほど。なかなか良い趣味をしているな。私は騎士団長の息子で赤髪の脳筋野郎『ティアード・サジタリウス』が一推(いちお)しだよ。薄い本を出したこともある生粋(きっすい)の信者だ」

 うーん、まさか転生先でアカベタ談義ができるとは…。正直、楽しい!


 ここでサトル君が不思議そうにナナ君に質問していた。

「アカベタって何だ?」

「えっとね。『暁の片翼(ベターハーフ)』という名の乙女ゲームがあったんだよ。片翼と書いてベターハーフと読みます。だから省略してアカベタだよ」

「は?俺たちのパーティー名って、まさか…」

「えへへ、アカベタから取りました」

 パーティー名?興味があるな。

「きみたちのパーティー名って何だい?教えてくれたまえよ」

 私の質問にサトル君が答えてくれた。

「はい、パーティー名は『暁の銀翼』です。最初は二人だけだったので『暁の双翼』だったんですが…」

 あー、そりゃめっちゃ影響受けてるよな。まぁ信者なら当然か。


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