001 異世界転移
『異世界転移』という現象があるらしい。
古来よりある『神隠し』がそうだという人もいるが、俺にはよく分からない。いや、そういうものに関わりたくないとは常々思ってきた。
世間では『なろう系』などと呼ばれる小説や漫画の分野もあるらしく、そこにはやたらと『異世界』というものが登場するらしい。読んだことが無いから良く知らんけど…。
どうでも良いが、俺の友人の一人がそういうものに詳しくて、そいつに一言でも質問すると嬉々として百言くらい返ってくるのだ。余程仲間を増やしたいらしい。いや、読まんよ。
一応、マルチバースというかパラレルワールドというか、俺たちの宇宙のほかにも様々な世界があるという考え方は理解できなくもない。
ただし、そういう別世界に行きたいとはこれっぽっちも思わない。…なのに、なぜ今、俺はここにいるのだろう?
・・・
俺はある無名大学の大学生(3年生)だ。今日の講義は2限目からなので、朝は余裕をもって家を出た。いや、出ようとした。
驚いたことに、家のドアを開けたらそこには森が広がっていた。もちろん俺が一人暮らしをしているアパートは、森の中ではなく街中にある。
しかもだ。いつの間にかドアが消失し、振り返ってみると俺の部屋も消え失せていた。まじかよ。これって瞬間移動ってやつか?
最初に考えたのは地球上のどこか別の場所にとばされたのかってことだ。オカルト話でそういうのを読んだことがある。
しかし、これこそが『異世界転移』だったなんてまさか想像もしていなかったよ。
とにかく、現在地がどこなのかを把握せねばなるまい。もしも外国だったら厄介だな。パスポートなんて持ってないし…。
現金は財布に入れてポケットに突っ込んでいるし、取得したばかりの運転免許証も財布の中だ。胸ポケットにはスマートフォンも入っている。
俺はたすき掛けに肩にかけている大き目のショルダーバッグの中身を確認してみた。とりあえずは気を落ち着けるためにも、持ち物確認からだ。
授業で使う薄型のノートパソコン、百均で買った電卓、教科書とノート、筆箱の中にはシャーペンと消しゴム、昼食にするつもりだった菓子パンが三つ、500mlの紅茶のペットボトル(未開封)。
なお、パソコンの充電器は無いが、スマホ用のソーラー充電器は入っていた。
スマホのアンテナは『圏外』になっていて、周りにはWi-Fiのスポットも無いようだ。GPSも働いていないみたいだし、現在地が全く分からない。
せめて方位磁針があれば東西南北が分かるんだけどなぁ。
鬱蒼とした森の中には太陽の光もあまり届いていない。しかし僅かな木漏れ日から太陽の位置はかろうじて分かる。
さて、どうしよう?
結構落ち着いた精神状態なのが我ながら不思議だ。普通パニックになるところじゃないか?
まぁ、俺が行方不明になっても、心配するような家族がいないってのが一因かもしれないな。家族と不仲ってわけじゃなく、両親はすでに他界しているってだけなんだけど。
心配してくれる友人たちは少ないながらも存在しているが、所詮は他人だしな。
付き合っている女性はいないのかって?くっ、いねぇよ。言わせんな。彼女いない歴=年齢だよ。
さて、いつまでもここにじっとしていても状況は改善されないだろう。
森の中には道は無く、太い木の根が地面に露出していて歩きにくい。家を出るところだったため、スニーカーを履いていたのが不幸中の幸いか。
…っと、悲鳴が聞こえた(ような気がした)。最初は鳥の声かとも思ったのだが、続けて争うような物音と野太い男性の声と思しきものも聞こえてきた。
俺は自ら積極的に危険に近づくような人間じゃない。当然、声がする方向とは逆方向へ進むべきだろう。
しかし、誰でも良いから人に会って、現在地を確認したいという欲求のほうが勝った。
俺はゆっくりと気配を隠しながら物音がするほうへと近づいていった。
とりあえずストックがある限りは、毎日2回、13時と21時に予約投稿します。
追加分の執筆が間に合うか、ストックが尽きるのが早いか…(笑)