遺書を残した姉と、残された妹の話
姉の遺書には、会社でどんなつらい目に遭ったのかということと、最後に家族や友人への感謝の言葉が綴られていた。
『自殺する私は天国に逝けないけど、みんなが幸せでいてくれることを願っています』
強くて優しすぎる姉の最後の言葉に、私は何日も泣き続けた。意識が途切れ数時間ほど寝た後まぶたを開くと、目がかすんで何も見えない。一向にピントが合わない視界では自分が生きている実感さえ持てなかった。泣き続けるとこんなに目が疲れてしまうということを私は初めて知った。
姉のスマホにはロックがかけられている。暗証番号はたった四桁の数字だ。解除しようと生年月日や単純な文字列を入力してみるが、すべて弾かれてしまった。姉のSNSではいつも元気な姿しか見ることができなかったが、もしかしたらスマホの中には何か本心を書き残しているかもしれないと思った。
生前の姉と会った時、姉はスマホのロックをどうやって解除していただろうか。指の動きは単調ではなかったはずだ。同じ数字や並んでいる数字列だったら、もっと簡単な指の動きをするはずだ。確か最初は右の辺りをタップした。次は左辺りをタップして、次は下辺りだっただろうか。そして最初の指の位置辺りまで戻って……。何気なく見た姉の指の動きを再現してみると、そこにはロック画面からホーム画面へと切り替わったスマホがあった。
「嘘でしょ……」
久しぶりに私は笑ってしまった。姉の動きを覚えていた自分自身にも驚いた。その細かな姉の動きまで好きだったことに気付き、また胸が苦しくなってしまった。
SNSアプリのアイコンを開く。オープンにしている本アカウントとは別に、私の知らない鍵アカウントがあった。私の知らない姉を覗いてしまうことに胸がざわつく。本当に見てしまっていいのかと罪悪感もあったが、私は姉の鍵アカウントに向き合うことにした。
アイコンをタップし、アカウントを切り替える。そのアカウントは、フォローもフォロワーもゼロだった。何を書き綴っているのかスクロールをする。
それは会社で何があったのかを示す動画、画像、あらゆる証拠だった。見るに耐えられないその数々に、心臓がうるさいくらいに激しく鼓動した。
プロフィール欄に書かれていたのはこんな言葉だった。
『もし私の身に何かが起きたら、このアカウントを誰かが見つけてくれるでしょう。その時はよろしくね』
その言葉が姉の声で再生された。私は強くて優しい姉が大好きだった。お姉ちゃん、私は大丈夫だから。この証拠を持って私は戦うよ。あのクソみたいな会社をぎゃふんと言わせてやろう。
訴訟の準備をするため、私は弁護士を探すことにしたのだった。