第9話 触れ合い
那岐の予想通り、6日は大津へ遊びに行く事になった。
「っしゃーーー!」
「さすがだな」
真一は拍手をした。
「またストライクかよ。追いつかねぇよ」
隼人のスコアが高すぎて全然勝負にならなかった。
「あー惜しい」
真一は1ピンだけ残った。
「帰宅部には負ける気がしないな」
「ハンデ欲しいくらいだな」
別に勝負をして何か賭けている訳ではないが、やはり1番は気持ちが良いものだ。
「隼人上手すぎ」
那岐は時々マークが付くものの、数が圧倒的に違った。那岐も真一もかなり良くて150辺りだが、隼人の場合は調子が良いと170近くまで取ってしまう。
那岐達は安く遊べる限界まで投げ続けた。
「あーさすがに疲れたな」
真一がボヤいた。那岐も真一も結構投球に乱れが出てきて、数字として表われてきた。隼人もスコアが段々と落ちてきていた。
「じゃ、このゲーム終わったらカラオケ行くか」
「そうだな」
最後まで投げ切り、ボールを片付け、受付に行くと聞いた事のある声がした。
「あ」
受付には那美達が居た。
「おーお前らも来てたのか」
隼人が3人に声を掛けた。
「隼人君達も来てたんだ」
珠々葉は少し意外そうな表情をしていた。
「偶然だな」
「そうだね」
「これからどうするの?」
「俺達はカラオケ」
「私達も同じだよ」
「じゃぁ、皆で入ろうよ!」
「良いよ。那岐も真一も良いよな」
「あぁ」
「那美も伊雪も良いよね?」
「うん」
那岐は天命の強さに驚いた。
6人でのカラオケはかなり盛り上がった。那美は少々恥ずかしそうにしていたが、那美も楽しそうに歌っていた。
「じゃ、また明日」
隼人が珠々葉と一緒に先に電車を降りた。
「おう」
「またねー」
珠々葉は手を振っていた。
次の駅で那美と一緒に降り、真一と伊雪を見送った。2人共、隣の駅で降りるらしい。
「じゃあねー」
「また明日」
電車がホームから居なくなってから那美の手を繋ぎ、駅を出た。
「まさか会うとは思わなかったぞ」
「私も――」
まだ那美と付き合っている事をあの2人には言っていない。那美にどうするか訊いてみる事にした。
「まだ、あいつらには付き合った事言ってないんだけど、どうする?」
「私は別に、どっちでも良いよ。那岐君に任せる」
「じゃぁ自然にしておこうか」
「うん」
一緒に帰りながら今日あった事や、連休中の事を話題にした。最初の頃と比べて、那美からも話をしてきてくれて、那岐は嬉しかった。
「じゃ、また明日」
「またね」
那美を家まで送って、今日はこれで別れるのかと思ってしまい、急に抱きしめたくなってしまった。
しかし、急に抱き締めたりしたらビックリしないだろうか。那美なら受け入れてくれそうだが、もしも時の事を考えてしまい、思い留まった。勿論、その先の事だってしてみたい……。
那岐はその場で固まってしまった。
「どうしたの?」
色々と考えていると、那美が心配してくれた。
結局那岐は「何でも無い」と言って、神社を後にした。
那岐はすっきりとしない気持ちを持ちながら、帰宅した。またベッドに倒れこみ、悩んだ。
那美とはまだ付き合って数日だ。抱き締めるくらいならまだしも、キスはまだ早いのだろうか。那美は素直に言えば受け入れてくれると思う。でも、それで良いのだろうか。那美だって人間だ。那美の気持ちを無視して、好きにして良いとは思わなかった。
連休明けの授業程、憂鬱な物は無い。昨日のすっきりとしない気分も晴れていなかった。
「ういーっす」
今日は普段より遅くなってしまった。
「おう遅かったな。ダレてるな」
隼人は元気そうだ。
「しゃーねーだろ。ちょっと寝付きも良くなかったしな」
「どうした?」
「いや、大した事じゃない」
那美の事を考えていて、眠れなかった――なんて言えるか。この面倒臭い男に。
那岐は自分の席に着いた。
「おはよ」
いつも通り先に来ていた那美に挨拶をした。
「おはよう」
「ふあぁ~」
「大きな欠伸だね」
「ちょっと眠れなかった」
「大丈夫?」
「多分ね」
「頑張って」
「じゃぁ、頑張ったら、何かくれる?」
那岐は冗談のつもりで言った。
「私、何も持ってないよ?」
那美は素で返してきた。想像していた答えではなかった。
那岐は思い切って、自分のして欲しい事を言う事にした。
「じゃぁ、ハグしてほしいな」
那岐は周りには聴こえないよう、顔を少し近付けて小声で言った。
「えっと――」
那美は返答に困っていた。
「ごめん。調子に乗りすぎたかな」
「あ、ううん。それで良いなら」
那美が了承してくれた。
「よし、じゃぁ頑張ろう!」
那岐は那美からのご褒美で、一気に気合が入った。そのお陰で居眠りせず、授業をしっかり聴き、今日の授業を終えた。
那美と一緒に学校を出て、神社へ向かって歩いた。
那美の部屋に入り、那岐はいつも座っている場所に座った。
「喉、渇いたな」
「ちょっと待っててね」
いざとなると、何を言えば良いのか分からなくなった。那岐は落ち着かなかった。
那美はすぐ戻って来て、グラスに液体を入れ、那岐に手渡してくれた。
「はい」
那岐は「ありがと」と言って、持ってきてくれた飲み物を飲んだ。グラスはあっという間に空になってしまった。緊張で味が分からなかった。
「ごめん。もう1杯」
那美はグラスと一緒に持ってきていたピッチャーから、茶色い液体を注いでくれた。
「はい。少なめで良いよね」
「うん」
今度は味が分かった。ただの麦茶だった。
「朝言った事だけどさ――」
「うん」
「良いよね?」
那岐は一応確認をした。すると、那美は黙って頷いた。それを合図に那美の傍に寄った。それだけで那岐の心臓は速くなった。緊張で息苦しくなってきたので深呼吸をした。
「正直言うと、昨日もしたかった。でも急にして嫌がられたりしたら――とか思って、止めたんだ。だから昨日は――ごめん」
そこから先は上手く言えなかった。
「謝らなくていいよ。急にされたらちょっと驚くかもしれないけど、嫌じゃないから。だって那岐君の事、好きだから」
那美は照れ臭そうに言った。
「那美ありがと。好きだ」
那岐はそう言って、優しく抱き締めた。すると、那美も腕を背中に回してくれた。那美からは良い匂いがした。香水の香りではない。これがフェロモンというものなのだろうか。那美の体温や息遣いも感じる。しかも、那美の柔らかい胸が身体に当たっている。那美の部屋に居るのは頭で分かっているが、そんな実感はまるで無かった。
那美が優しい声で「那岐君、嬉しい」と言ってくれた。
那岐は自分の身体の一部分の変化に気付き、身体を離した。
「どうしたの?」
唐突にこんな事をしたものだから、那美が困っていた。
「もう、いいの?」
「いや、もうちょっとしたい」
那岐はもう1度抱き締めた。しかし、さっきとは違う体勢で抱き締めた。
今までこんなに幸せな時間は無かったような気がする。好きな人と触れ合う事がこんなにも良いだなんて、知らなかった。
あまりにも心地良いので、暫くそのまま那美の体温を感じていた。その間、那岐から時間の感覚は無くなっていた。
「那岐君……」
急に那美が口を開き、現実に戻された。
「何?」
「ごめん。ちょっと、疲れてきた――」
「あ、ごめん」
那岐は謝り、身体を離した。
「ううん。私も那岐君とこうしたかったよ」
那美は首を横に振り、紅潮した顔でそう言った。
「そうか――」
那岐は恥ずかしくなり、その位しか言えなかった。
「私は別に嫌じゃないし――那岐君の彼女なんだから、断らなくても良いんだよ」
「あ、おう。でも、嫌な事はしたくないから、正直に言ってほしい」
「うん……」
その後は、連休中に勉強で詰まった所を那美に少し教えてもらった。
終わった所で良い時間になってきたので、帰る事にした。
「じゃぁ――今日もありがとな」
「また明日ね」
那岐はまだ少し名残惜しくて、その場から動けなかった。
「ねぇ――」
「ん?」
「あれ、何だろ」
那美は指を差し、遠い所を見た。
「んー?」
那美が指差した方向をに首を回して見てみた。すると、頬に柔らかく、温かい感触を感じた。
「え?」
「今日はこれで――」
那美は目を合わさずに、それだけを言った。
「あ――うん」
「じゃあね」
「またな――」
那美は相当恥ずかしかったのか、初めて見送らずに直ぐに家の中に入って行った。
那岐は唇が触れた頬を触り、少しの間その場で固まっていた。その後はふわふわと宙に浮いたような気持ちで家に帰った。
那岐は帰宅後直ぐ那美にLimを送った。
「今日はありがと。また明日な」
暫くしても返事が無かったが、夕食を挟んだ後にスマホを見ると返事が来ていた。
「私こそ、ありがとう。おやすみ」
那美からの返信はシンプルだった。
「おやすみ」
それだけ送り、スマホを閉じた。
那美との関係は始まったばかりだ。焦らず、自分達のペースで歩んでいこうと思った。
那美は自分の部屋に入り、ドアの前に立ったまま、さっきのやり取りを思い出していた。
「はぁ――」
那美は大きく息を吐いた。まだ心臓が早く脈打っている。顔も熱い。落ち着かないので、ベッドに横たわった。
「那岐君――」
那岐の身体の大きさを思い出していた。身長は一回り那岐の方が大きい。しかも男だから、結構しっかりしていた。部活に入って無いって言っていたが、触れた背中が逞しかった。
那美はこの先の事を想像してしまった。すると、更に顔が熱くなった。
しばらくベッドで悶々としていたら、千沙子の手伝いをする時間になっていたので、少し慌てて台所に行った。
晩ご飯を食べ、部屋に戻ると、スマートフォンがチカチカと光っていた。画面を見ると那岐からメッセージが来ている事に気付いた。どう返そうか悩んだ挙句、シンプルな内容にした。
那美は恥ずかしさが込み上げてきて、那岐の顔を見れるか不安になった。