第4話 隼人と那美
昨日の夜はノートを写し、進められるだけ勉強を進めて、ちゃんと寝た。今日はかなり調子が良い。
「おっす! 隼人」
「おう! 今日は元気だな。よく寝れたのか?」
「まぁな」
「昨日も行ったのか?」
隼人は少し声を抑えて訊いてきた。
「行ったぞ」
「脈有りだろ、それ」
「そうなんだろうか?」
経験が無い事なので、よく分からなかった。
「普通、嫌いな奴と一緒に勉強しねぇよ」
「そりゃ、そうだけど――だからって、付き合えるとは限らないだろ」
「那岐君、嫌われていないって事は、幾らでもチャンスはあるって事。もっとアプローチしてみたらどうだ?」
「もうちょっと……多賀の事、知りたいって気持ちはあるな」
正直に答えた。
「素直で宜しい。後は、お前の頑張り次第だよ」
隼人も、珠々葉と同じで、那美と付き合ってほしいようだ。
「うーっす」
「おはよー」
教室に入り、挨拶をすると、珠々葉が反応してくれた。那美の事を知るなら、珠々葉だと思い近付くと「ねぇ、昨日はどうだったの?」と、珠々葉の方から話掛けてきた。
「どうって、普通だよ。普通に勉強を教えてもらってた」
「そうなんだ。でも、那美が男子と一緒に居るなんて、珍しいよ~」
「やっぱ、そうなのか」
那岐は隼人の言葉を思い出し、少し驚いた。
「うん。私が知ってる限り、居ないね」
「えっと、多賀って前からそうなのか?」
珠々葉の前で那美と言いそうになってしまい、少し詰まった。
「うーん。全然浮き足立った話、聞かないんだよね」
珠々葉は少し考えているような仕草を見せた。
「好きな人が居るとかも?」
「全然。でも、興味が無い訳では無さそうなんだよね。普通に恋愛モノの漫画とか、小説を読んでる事もあるし、ちゃんとお洒落にも気使ってるし……」
それは見ていれば分かる。化粧をしているかどうか分からないレベルだが、那美は髪も肌も綺麗だ。
「那美は那岐君の事、結構気に入ってると思うんだけど、那岐君はどうなの?」
珠々葉は那岐に少し顔を近付け、訊いた。
「どうって?」
「何かあるでしょ。可愛いなーとか」
「ん、確かに可愛いと思うよ。頭良いし、優しいし」
「でしょ!? 那美って結構良い子なんだよ。でも、影が薄いというか……あまり喋らないというか……」
珠々葉が嬉しそうに喋り始めた。
「多分、那美の方から積極的に動いたり、喋ったりするのが少し恥ずかしいんだろ」
「慣れていけば、もうちょっと積極的になってくると思うよ。あと、那美って言ってる」
「あ――」しまった。今まで本人の前以外や学校では、一応苗字で言うように気を付けていたが、珠々葉に釣られてつい言ってしまった。
「あはは」珠々葉は那岐のしまったという顔に笑った。「那美から、そう呼んでって言われたんでしょ」
「あぁ――」
「私は最初、那美子って呼んでたんだけど、何か少し言い辛いなって思って、思い切って那美って呼んでみたの。そしたら、那美が気に入っちゃってさ。それから仲良くなった人には、そう呼んで欲しいって言ってるみたい。だから那岐君、相当気に入られてるよ」
「やっぱそうなのか。隼人も、結構気があるんじゃないかって言ってたぞ」
「隼人君も那美の事、知ってたんだ?」
「何かあったみたいよ。隼人から告った事があるのかも」
「そうなんだー。知らなかったな……」
珠々葉はこの件については、何も知らないようだった。
「じゃぁ、那岐君頑張ってね」
「何を?」
「色々だよ」
珠々葉は昨日と同じ事を言って、ウィンクをした。そしてクラスの他の女子の所に行ってしまった。
仕方なく那岐は自分の席の方へ移動した。
「おはよ」
「おはよう。昨日はちゃんと寝た?」
「あぁ――ノートありがとな」
バッグからノートを出して、那美に返した。那岐はこの流れで連絡先を訊こうと思っていたので、少し緊張しながらも、口を開いた。
「あのさ、那美もスマホ持ってるよな? LimのID教えてよ」
「うん。良いよ」
那美は、あっさり了承してくれた。
早速互いにスマートフォンを取り出して、QRコードを使って登録した。
「ありがと」
「うん」
これでまた更に那美と近付けた気がした。
午前の授業が終わり、昼休みになった。
「隼人、行こうぜ」
「おう」
真一は、今日もあっという間に居なくなったので、隼人と2人で学食に行く。
「今日は何にするんだ?」
隼人はまだ決めていないようだった。
「カツ丼」
「良いねー。それ聞いたら、俺もカツ丼の口になった」
「単純な奴……」
いつも2人以上で行くので、最低1人が席の確保で、後の人が注文を取りに行く事にしている。
今日は那岐が席の確保をする事になった。カツ丼を2つ持った隼人が見えたので、こちらに誘導した。
「いただきまーす!」
誰がこんなに美味い物を考えたのだろうか。丼物では最強の組み合わせだと思う。まさに革命だな……。
あっという間に食べ終わった。
席を確保した那岐が食器を片付ける事に決めているので、那岐は食器を重ねて立ち上がった。
「隼人、何にする?」
「コーヒー牛乳」
「おっけー」
ついでに、食後の飲み物を買うのが、那岐達の間での決まりだ。隼人から小銭を預り、食器を片付けに行く。
「ごちそうさまでした!」
「はーい。ありがとね」
学食で働いて下さっているおばさん――いや、お姉さんに挨拶をして、自販機に向かった。那岐はいつもカフェラテだ。コーヒー牛乳と似ているが、ちょっと違う。コーヒー牛乳は牛乳にコーヒーや砂糖を入れて、かなり甘い仕上がりになっているが、カフェラテはエスプレッソという特殊な抽出方法で淹れたコーヒーに牛乳を混ぜたもので、コーヒー牛乳より、苦い飲み物だ。
「ただいま」
「おかえり」
隼人にコーヒー牛乳を手渡した。
早速2人共一口飲んで、ため息を吐いた。
「隼人──多賀と何があったんだよ」
気になっていた事を、訊いてみる事にした。
「ぐっ。ここでそれを訊くのかよ――」
隼人は少し嫌そうな顔をした。
「だって、お前部活あるだろ? 昼休みだと時間長いから、丁度良いかなーと思ったんだよ」
「場所、変えないか?」
「良いよ」
隼人と中庭の座れる所に移動した。
もうすっかり桜は散り、中庭には少しだけピンク色の花びらが残っていた。
丁度空いているベンチがあったので、そこに座った。
「どこから言おうかな」
「じゃぁまず、生い立ちから・・・」
「なんでだよ!」
隼人は笑いながらツッコんでくれた。
「冗談だ。で? 何があったんだ?」
「そうだな――1年の時、実は多賀って隣のクラスだったんだよ。俺、噂には聞いてたんだよ。容姿良くて、頭の良い女子が居るって」
「お前、そういう話はすぐ耳に入るんだな」
「うるせぇ……そんで、視察がてら時々隣のクラスに行ってたんだよ。で――いつだったか、女3人が多賀に突っかかってた時があったんだよ」
「マジかよ」
「あぁ。こりゃ大事になるかなと思ったら、多賀が何か言ったんだろうな。何事も無く帰ったんだよ。遠くて声は聞こえなかったから、何があったかは分からんが……」
「意外に見えたんだな」
「今のは、俺にとったら更に興味を持っただけの事なんだよ。その後からじゃないかな? 呪いが掛けられる巫女って噂が出たのは」
那美は誇張も混ぜて、伊邪那美命の話を言ったのではないだろうか。一応有名な話だし、ある程度筋は通っている。余程でないと平静では居られないだろう。
「成程。で? それだけじゃないんだろ?」
「えっと、5月か――校外学習でたまたま、多賀の居る班を見掛けてさ。何してんのかと思ったら、多賀が迷子の面倒見てたんだよ。俺、それまでに多賀の笑顔なんて1度も見た事なかったんだけど、普通に笑顔で子供に話掛けてたんだぜ」
「ギャップか――」
「まぁ、それもあるけど……校外学習が終わってすぐ位だな。俺が隣の教室で怪我をした事があっただろ。その時、近くに居た多賀を巻き込んでしまってさ、あいつはほんの少しの怪我で済んだんだが、俺が結構やっちまっててな」
「あん時か」
隼人は1年の時、隣の教室でふざけていて、強い打撲を負った事を思い出した。
「痛みに耐えながらも、謝ったなぁ――でも多賀に、そんな事より隼人君の方が酷いから、動かないでって言われたんだよ。自分も巻き込まれてるってのに。しかも、介抱までしてくれたからな」
「そこまでされると、好きになるわ」
「普段は消極的――と言うのは言い過ぎだな。控えめって言うべきか。だけど、その時に必要な行動はちゃんとやるタイプだな。その後にお礼って名目で、デートに持ち込めたんだけどな」
「マジか。全然知らなかったぞ」
今更の告白に驚いた。
「お前にいちいち報告するかよ」
「で、ダメだったんだな」
「あぁ。雰囲気は良かったんだが、告ったら断られた」
「何て言われたんだ?」
「私の事、ちゃんと見てくれててありがとう。でも、隼人君の事は好きになれない。ごめんね。だったかな」
「よく覚えてるな」
「俺から告った1人目だからな」
「そうなのか――」
少し意外に思った。モテる要素を持っているのに、那美に告白したのが初めてとは思わなかった。
「でさ、誰か好きな人居るの? って聞いたら、居るとは答えたんだけど、誰とは教えてくれなかったな。ひょっとしたら、お前の事じゃないの?」
「んな訳ないだろ。俺、1年の時なんて全然知らなかったぞ……」
「そうか……」
ふと、今朝珠々葉と喋った事を思い出した。
「そういや、辻が言ってたんだよ。全然恋愛話を聞いた事がないって。でも、居るって言ってた……お前を振る為の作り話じゃないのか?」
「その可能性もあるな……。さて、もういいか?」
隼人はもう終わりという感じで言った。
「あぁ」
「ま、お前らは勉強し合う仲だし。ふとした事で、恋愛に発展するかもよ」
「そんなもんかね」
「お前に今その気が無くても、いつ何が起こるか分からんからな。恋愛感情なんて、そんなもんだよ」
「いつの間にか、好きになっていたってやつか」
「それ。では、頑張りたまえ。那岐君」
隼人はそう云って俺の肩を軽く叩き、歩き出した。
「何を?」
「色々とだよ」
「お前もか」
「ん?」
隼人が振り返った。
「辻も同じ事を言ってたんだよ」
「そうなのか」
「美紀が居るのに、辻と一緒に何か企んでるのか?」
美紀はわりと独占欲が強い。何度か隼人が美紀に怒られているのを知っている。
「何もしてないからな。あと、美紀に何も言うなよ」
「そういう言い方したら余計怪しいな……」
「何も言うなよマジで」
「分かってる。冗談だ」
軽く隼人をからかって、那岐は満足した。
教室に戻って席に座ると、真一が話掛けてきた。
「那岐、何処行ってたんだよ。学食かと思って探してたんだぞ」
「隼人と中庭で喋ってた」
「いつもなら学食の所に居るのに、珍しいな」
「学食は少し騒がしいからな。ちょっと、そういう所じゃ話せない内容だったんだよ」
「何だよ~気になるだろ」
真一は軽く小突いてきた。
「俺が喋って良いかどうか微妙だから、隼人に聞いてくれるか? それに知っても特に意味は無いと思う」
「そうなのか」
「あぁ――で、何か用だったのか?」
「別に用って事は無いよ。いつも居るはずの所に居なかったから、ちょっと気になっただけだ」
「Lim使えば良かっただろ」
「気付いてないだろ」
「む?」
スマートフォンを開くと、通知があった。
「すまん」
「気にすんな。さて……寝るか」
真一は身体を伸ばした。
「昼寝タイムじゃないからな」
「冗談だ」
真一の場合、寝ていても大丈夫だと思う。真一は結構勉強が出来る方なのだ。
今日の放課後も那美と勉強をした。
那岐は帰宅しながら、那美に何かお礼をしようと考えた。しかし、良案が思い付かなかった。そもそも那美の事をまだ良く知らない。だったら、珠々葉に訊いてみようと思った。本人に訊く方が確実だが、それでは面白く無い、と考えた。