第3話 引き寄せ
昨日は熱が入って、家でも勉強をした。やれば出来るものだ……。
今日は家を少し出るのが遅くなったが、まだ間に合う時間帯だ。いつものペースで学校に向かった。
「おーっす」
教室に入ると、隼人が声を掛けに来た。
「うっす。今日は遅かったじゃん」
「昨日、寝るのが遅くてな。昨日というか、今日だけど」
「何やってたんだ?」
「勉強だよ。勉強」
「え……お前、多賀と夜まで?」
隼人が驚いていた。
「んな訳ねぇよ。それは夕方まで」
「というか、何処でやってたんだ? 自習室か?」
「多賀の家だよ……」
那岐は迷ったが、隠しても仕方が無いので正直に言った。
「マジか――ステップアップし過ぎだろ」
「だよな……」
「で、自分の部屋でもやってたのか?」
「あぁ」
「げー。よくやるよ」
隼人が呆れていた。
「いや、俺ら受験生だからな」
「あまり現実を突きつけないでくれ」
「やっぱ大学は出ないとね~」
「確かにな。那岐は何処の大学に行くか決めてるのか?」
「まだ特には――家から通い易かったら良いかなと思っててさ」
「一番近いの、国立だもんな」
「そうなんだよねぇ」
「おはよう」
乙女がチャイムとほぼ同時に来た。皆あっという間に席に着いた。
「全員来ているな。今朝の連絡だが、今日のロングホームルームの事だ。委員会のメンバーを決定するので、考えておいてくれ。あと、進路希望調査がある。以上だ」
それだけ言い、乙女は教室を出て行った。
授業まではまだ少し時間があるので、各々好きな事をし始めた。さすがにこの時間帯に騒ぐと、後から乙女の雷が落ちるので、皆控え目になっている。というのも、怒ったら怖いという話を聞いた事がある。しかし、ちゃんとしていれば全然怒らないし、いつも生徒の事を見ていてくれている。凄く良い先生だ。
午前の授業を何とか乗り切り、昼休みを消化した。午後の授業一発目は強い眠気に襲われ、一部分ノートが取れなかった。
そして6時限目のロングホームルームを迎えた。委員会は今までの経験で続けてやる人が多く、あっさり決定した。予定通り進路希望調査を書いて、提出した。
「時間あるし、校外学習の班も決めておこうか。男女3人の6人で6組の班を作るように。じゃ、学級委員頼んだ」
「はい。それでは男子で3人ずつ。女子で3人ずつでまとまって下さい。最後にアミダクジでランダムに決めます。異議ありませんか?」
「異議なーし」
多くのクラスメイトが声を揃えて言った。
「それじゃぁ分かれて、各組で代表1名来て下さい」
那岐と隼人と一ノ瀬真一の3人で組んだ。真一は2年の時からの友人で、これまでに何回も一緒に遊んでいる。真一は結構あっちこっち動き周るので、ここ数日はあまり休憩時間中、一緒に過ごす事が少なかった。
那美はどうしているのかと周りを見たら、笑顔で他の女子達と喋っていた。
「じゃぁ、代表は那岐で宜しく!」
「え? 何、勝手に決めてんだよ。いつも通り隼人が行けよ」
大体いつも隼人が前に出るというのに、今日は珍しく退くようだ。
「今日の運勢は俺、最悪だったからな。頼んだ」
「頼まれてもな――」
那岐は前に出て、学級委員が作成したアミダクジの片側に名前を書いた。アミダクジの間は、分からないように紙で隠されていた。
那岐は名前を書き終え、2人の元に戻った。前を見ていたら、那美が前に出て名前を書いていた。
「じゃぁ、発表するので教室の後ろの方に集まって下さい。呼ばれた所は、適当な所に固まって班長を決めて下さい。決まったら紙にメンバーの名前と、班長が分かるように印か何か書いておいて下さい」
学級委員が班を発表し始めた。
「次は……畝迫君と多賀さんの班です」
まさか、那美と一緒の班になるとは思わなかった。この時、那岐は那美の台詞を思い出した。やはり、これも天命なのだろうか……。
那美とは席が隣同士なので、机を引っ付けて固まる事にした。
「誰にする?」
いつも通り、隼人が喋り始めた。
「やっぱ隼人だろ。いつも通り」
那岐は言い出しっぺの隼人に振った。
「たまには那岐君もやったらどう~?」
隼人は悪戯っぽい顔をしていた。
「俺か? まぁ、別に良いけど――」
「私は那岐君で良いと思う」
那美が突然言った。那岐は那美の発言に少し驚いた。
「那美がそう言うんなら間違いないっしょ!」
「うん」
ほとんど絡んだ事がない辻と戸倉は、那美に賛成のようだった。
「じゃぁ那岐で決定だな」
隼人がそう言い、真一が頷き、満場一致で決まった。
「はいはい」
那岐は教壇まで紙を取りに行った。集まった場所に戻り、早速自分の名前を書いた。
「ほい」
隼人に紙を渡した。
「名前だけかよ。分かるように何か書くようにって、言ってただろ」
「適当に書いといて」
隼人が書き終わり、真一に手渡された。
「ほい」
「くっ――」
真一が僅かに噴いた。
何を書いたのかと覗き込んだら、バカみたいに目立つように書いていた。
「さすが隼人だな」
那岐は皮肉たっぷりに言ってやった。
「ありがとな」
「褒めてないからな」
次々と名前を書いて行き、全員書き終わったので、那岐は学級委員へ渡しに行った。
「はい」
「なにこれ――」
学級委員は笑いを堪えていた。
「文句なら隼人に言ってくれ」
「はいはい」
他の班も決まったらしく、ぞろぞろと持って行っていた。
「じゃぁ、残りの時間は好きにしても良いぞ。ただし、騒ぎ過ぎないようにな。今日の連絡事項は特に無い。それじゃぁ、また明日」
そう言って、乙女は教室を出て行った。
その後、隼人と真一と一緒にソーシャルゲームで時間を潰した。放課後になる前に中断して、帰る準備を始めた。
「那岐。今日も受験勉強か?」
隼人が今日の事を訊いてきた。
「あぁ、多分な」
「多分?」
「毎日するって話になってないし、今日はまだそんな話すらしていないからな」
「出来るだけ毎日の方が良いんじゃないか? 多賀と付き合えるチャンスだぞ。幸いにも、お前とは相性良さそうだしな」
「そりゃ、俺も彼女欲しいけど――」
気になっている事を悟られるのが少し恥ずかしかったので、少し演技をした。
「お前は何か特別っぽいから、いけるんじゃないかと思うぞ」
「特別ね――」
那岐は那美の言葉をまた思い出した。
「どうした?」隼人が俺の顔を見た。「まぁ最初はとっつき難いけど、顔面偏差値は高いし、頭良いし、優しい奴だよ。良い物件だぜ」
「物件って――」
那岐は、もう少しマシな言い方があるだろう、と思った。
「ただ、男が勝手に好きになって、自爆するんだよ」
「成程。お前も、その1人だったと」
那岐は笑いながらそう言った。
「それは少し違う!」
隼人は強く否定した。
「あぁ、まぁ――触れないでおこう。すまん」
右の掌を隼人の方に向けた。
「おい、ちょっと待て。違うからな」
その時タイミング良く、終業のチャイムが鳴った。
「もう時間だ」
「くっ――」
「その話は、また今度な」
教科書などなどをバッグに詰め込んで、帰り支度をした。
「帰ろうぜ。今日も勉強良いよな?」
那美に声を掛けた。
「うん」
那美と一緒に帰ろうとしたら、辻珠々葉が声を掛けてきた。
「お? 那美ぃー今日も那岐君と何処か行くの?」
珠々葉は班分けの時に一緒に居たうちの1人だ。珠々葉は那美とは対極的で、積極的な性格だ。口数も多い。しかし、嫌な感じが全く無く、凄く気が合いそうな感じがする。背丈は那美よりも低い。女子の平均位だ。髪は短めで、雰囲気と合っている。
「うちで一緒に勉強するの」
「勉強?」
珠々葉が首を傾げた。
「那岐君が教えて欲しいって言ったから」
「ほうほう。今までそんな事、一緒にする人なんて居なかったのに――遂に、那美にも春が来たか」
珠々葉は悪戯っぽい顔をしながら那美をいじった。
「違うよ。一緒に勉強してるだけ」
那美は冷静な感じで返していた。
「ふーん。そっか。じゃぁ、お邪魔虫は退散するとしよう。またね」
珠々葉は那美の言葉に対して、あまり納得をしていないようだった。
「うん。またね」
珠々葉の横を通って行く時、「頑張ってね。色んな意味で」と、すれ違う時にささやかれた。
色んな意味で――か。那美と付き合えとでも言われたような感じがした。
那美の家に行く道中、今日は珍しく那美から話掛けてきた。
「那岐君。昨日、遅くまで勉強してたんだね」
「あぁ。聞いてたの?」
「うん。勉強するのも良いけど、睡眠も大切だよ。短くても、7時間くらいは寝ないと」
「そうだな。で、あのさ――5時間目の授業、少し寝落ちしちゃってさ。ノート見せて欲しいな」
「良いよ。ノートは帰る時に貸してあげる。明日、返してね」
「うん。ありがとな」
那美の家にあがらせてもらい、紅茶を待っている間に準備をしておいた。
「じゃぁ、やろっか?」
「おう」
昨日やった数学の続きからだ。
「そこ、ちょっと違うよ」
那美の綺麗な指が、間違えていると思われる箇所を指してくれた。
「う――」
「あのね――」
隼人の言う通り、那美はとても優しい。何が間違っていてどうすれば良いのか、丁寧に教えてくれた。1つ前の設問と似たような間違いをしても、嫌な顔とか一切しない。まるで女神だ。
「あぁーそうかそうか」
「数学は解き方に慣れるしかないよ。公式をただ覚えていても、どう使えばいいかちゃんと理解してないと使えないからね」
「ん……」
那美に解き方を教えてもらいながら、数学の問題を解いていった。
何度も繰り返しているうちに、少しずつ問題を解く事に慣れてきて、気持ち良くなってきた。
気付けば、そろそろ帰る時間になっていた。那岐は那美ともう少し一緒に居たいな、と思うようになった。
「今日もありがとな」
「うん――はい、ノート」
「あぁ、忘れそうになってた」
那岐はノートの事がすっかり頭から消えていた。
「じゃ、明日な」
「またね」
那美は今日も柔らかい笑顔をし、手を振って那岐を見送ってくれた。
家に向かって歩いている最中、那美と連絡先の交換をまだしていない事に気付いた。那岐は明日、学校で那美に聞こうと思った。