第2話 勉強
今日から早速授業が始まる。那岐は登校しながら、ふと受験に向けて頑張らないといけないな――と考えていた。しかし、那岐の成績はそれ程良く無い。至って普通だ。苦手な教科は、たまに赤点になりそうな具合だ。
「はぁ――」
那岐はつい溜息を吐いてしまった。
「何、溜息吐いてんだよ」
隼人の声が後ろからして、背中を軽く叩かれた。
「受験とかテストの事考えるとさ」
「あんまり嫌な事を言うなよ。俺までテンション下がるだろ」
隼人は那岐よりも成績が良く無い。ただ、隼人はサッカーが結構上手い。スポーツで学校からの評価をプラスマイナスゼロにしている。隼人はスポーツ推薦で大学に行くつもりらしい。
「隼人ー!」
「おはよ」
隼人が光坂美紀と挨拶を交わした。
「おはよー。那岐君、おはよ」
「おはよ」
美紀が笑顔で挨拶してくれた。美紀は隼人の恋人だ。同期だが、クラスが違う。2年の時に一緒で、隼人とは半年位の関係だ。
「さてさて、俺は邪魔者になりそうだな」
那岐は、その場から離れようとした。
「そんな事ないよー。ね、隼人」
「あぁ」
「何か暑くなってきたな。気のせいか?」
「気のせいだよー」
「那岐、すまんな」
「半分冗談だ」
3人で2階まで一緒に歩き、美紀は自分の教室へ向かって歩いて行った。。隼人と一緒に教室に入ると、もう那美が来ていた。那岐が自分の席に座ろうとすると、那美が口を開いた。
「那岐君。おはよう」
「おはよ。那美は結構朝早いのか?」
那美に挨拶をしながら椅子に座った。
「うん」
「そうか。那美って、部活に入ってるのか?」
那美は首を横に振った。
「家の仕事があるのか」
「うん。那岐君は部活してるの?」
「俺もしてない。興味のある部活が無いんだよな。今は、それより勉強しないと」
那美は相槌を打っていた。
「せめて大学には行って、卒業しないとね……」
「大学、何処に行くか決めてるの?」
「近い所が良いんだけどな」
「あの大学は、ちょっと難しいよ」
確かに、この学校の偏差値で真ん中程度なら、少し背伸びしないと届かないレベルだ。
「そうなんだよな――そういや、那美って勉強出来るって隼人が言ってたんだけど、何位くらい?」
「学年1桁には入るよ」
「すご――じゃぁ、教えて欲しいな」
もしかしたら、もっと距離を縮められるかもしれないと思い、那岐は軽い感じで言ってみた。
「良いよ」
「え?」
那岐はあっさり受け入れられた現実を、受け止められなかった。
「教えてあげる」
那美は柔らかい笑顔で応えてくれた。
「良いのか?」
「うん」
「じゃぁ――お願いします」
那岐は突然の展開に、つい敬語で言ってしまった。
「うん。放課後、うちでやろっか」
「あぁ」
那美との会話はこれで終わり、1時間目の授業が始まった。
次の休憩時間、隼人に目と合図で呼び出された。
「おい那岐。多賀と何話してたんだよ。あいつが男とあれだけ会話してるの、珍しいぞ」
「そうなのか」
「あぁ――で、何話してたんだよ」
隼人がニヤついた顔で詰め寄ってきた。
「一緒に受験勉強しようって」
那岐は正直に答えた。
「はぁ? お前ら、いつの間にそんな仲になってんだよ」
「席隣だし……」
他に適当な理由が見つからず、下らない嘘を吐いた。
「関係ねぇよ。多賀は席が隣ってだけで、あんなに男と会話するような奴じゃないよ」
隼人が那美の事をよく知っている事に、疑問を抱いた。
「そういやさ、何でお前そんなに――多賀の事、知ってんだよ」
すっかり名前で呼ぶ事に慣れてしまい、つい那美と言いそうになった。しかし、本人の前以外で使うのを躊躇い、引っ込めた。
「ん――」
何かあったのだろうか、隼人は口篭った。
「まさか、告って振られた1人か」
那岐は、もしやと思って訊いてみた。
「だって――美人だし。口数は少ないけど、冷徹って訳では無いしな。基本的に優しい奴なんだよ」
どうやら本当のようだ。隼人はいつもの勢いが無く、若干照れが残ってそうな言い方をした。
「部活のエースで、顔も悪くないお前が撃沈するとはな。頭は悪いけど」
普段のやり返しにと、つい悪口を含ませた。
「うるせぇ!」
そこで話は一段落し、後は雑談をした。
今日の授業を全て消化し、放課後になった。
「那岐、お疲れー」
「またな」
隼人は今日から部活なので、見送った。
「行こうぜ」
「うん――」
那美が少し照れているように見えた。
昨日と同じく、那美からは何も喋らなかった。話掛けたら会話は成立するが、あまり那美から喋る事は無かった。
鳥居を潜り、家にお邪魔し、紅茶が出てくるまでは昨日と同じだった。
「じゃぁ、お願いします」
「うん。苦手な教科は何?」
「数学」
「分かった」
那美はそう言って、数学の教科書を集めて持ってきた。
「どの辺りから躓き始めたの?」
「実は、数Ⅱの三角関数辺りから――」
「これはね――」
那美は丁寧に教えてくれた。気付いたら、もう1時間半程経っていた。
「今日は、この辺にしておこうか」
「あぁ――にしても、凄いな。頭良いって聞いてたけど、滅茶苦茶分かり易かったぞ」
「あ、ありがと――」
今度は明らかに那美は照れていた。
人に教えるには、3倍以上は理解していないと出来ないと言われている。那美の理解力に驚かされた。
「この調子ならテストで赤がちらつく事は無さそうだ」
「那岐君、結構危ないんだね」
今度は那美の顔が緩んだ。
那岐は、那美の指摘に苦笑いした。
「苦手な教科はな」
「大丈夫。今日の勉強を見てたけど、頑張れば出来るよ」
「そうか。ありがとな」
那岐は那美に素直な気持ちを伝えた。
「――うん」
素直にお礼を言うと、那美は少し戸惑った表情を見せた。恥ずかしいのだろうか。
「じゃぁ、そろそろ帰るよ」
荷物をバッグに詰め、立ち上がった。那美も立ち上がり、昨日と同じように玄関まで見送りに来てくれた。
「じゃぁ、また明日。学校でな」
「うん。またね」
那岐は帰宅しながら今日あった事を思い返していた。那美は会話をしてみたら割と普通だし、喜怒哀楽もはっきりしている。あと、照れた表情が可愛い。
那岐は昨日の今日で那美の事を結構意識していた。