第92話「ハロー アローン」
実行委員の女子の名前ですが、第87話では「みーちゃん」と表記しましたが、第91話では「きょーちゃん」と書いてしまいました。この子の名前はきょーちゃんでいきたいと思います。
(おっと…ミスに気づかなかった読者のみなさん!「へぇ~、そーなの、どこかな?」とかいって、わざわざ探したりしないでください)
僕は嘘つきではないのです。間違いをするだけなのです……。
結論から言って、俺の立場が急激に悪くなることはなかった。もともと失うものがないからか、クラスの奴らの視線に多少冷ややかなものを感じる以外には、特にこれといった変化はなかった。
「私は、あまりそういうの感心しませんけど」
なんてこともない休み時間のこと。俺と飴宮さんは廊下を歩いていた。
「いや、だからあれだよ、交通量が多い道ではちゃんとイヤホン外して――」
「おろ、孤羽氏ではないか」
すると、木藻男軍団と鉢合わせた。キモオタの木藻男が挨拶代わりに敬礼をしてきた。生憎俺はお巡りさんではないのでそれに返す義理はない。
「昨日――」
「……」
木藻男が雑談の口火を切る。まぁその話だろうな。木藻男たちも朝練最古参勢だったので、昨日の一件は彼らを裏切る形になってしまった。
「――面白かったでござるよ。やっぱり合唱祭といえばあの手の修羅場は必須でござるからな。乙カレー孤羽氏」
「……は?」
面白かった、だと? 肩透かしを食らった気分だが、なるほど、そういう視点もあるか。確かに、俺が木藻男の立場だったらすごい楽しいかも。
「木藻男ニキ、祭りだ祭りだってめちゃくちゃ笑ってたからな。あれは不謹慎すぎて草を禁じえなかった」
「俺も、ぐう正論で本田を論破したときなんて『やりますねえ!』って言いかけたもん」
「誤用だからなそれ。810年ROMって、どうぞ」
「……」
またいつものうっとおしいやり取りが始まってしまった。特にこれといって話したいこともないらしく、俺たちは頃合いを見計らってその場から逃げ出した。
「なんだありゃ」
「愛されてますね……」
俺のぼやきに、飴宮さんは苦笑した。すると、
「!」
逸部が、向こうの曲がり角から現れた。一瞬だけ俺と目が合った逸部は驚きに目を丸くしたが、ぷいっと斜め上を向いてしまう。
「……」
逸部はそっぽを向いたまま、俺の存在を認めることなくすれ違った。変わらぬ日常の例外が、ひとつだけ。
このままずっとすれ違い続けて、気まずさから疎遠になって、うざ絡みされてくだらない話をすることもなくなるんだろうか。仕方ないか。俺が昨日したことは、そういうことなのだ。
「……孤羽」
互いに背を向けると逸部に名前を呼ばれた。こちらとて立ち止まらないわけにはいかなくなる。
「あたしは、あんたのこと、口悪くて性格も歪んでるけど、根は良いやつだと思ってた」
「……」
「あんなひどいこと言って、女の子泣かすようなやつじゃないと、思ってた」
「っ、それは――」
飴宮さんが反論しかけたが、俺はそれを手で制した。
「そんなこと言いにわざわざ引き止めたのか?」
「こ、孤羽くんまで、そんな言い方……」
不安げに俺と逸部を見回す飴宮さん。そんな彼女をよそに、逸部は自慢の金髪をぐしゃぐしゃとかき乱した。
「なんだよ。あたし、もうあんたのことわかんないよ……あたしのうざ絡みにいつもかまってくれて、休みの日は映画とか付き合ってくれたじゃん……今までみたいな、優しかった孤羽はどこ行ったんだよ!」
逸部は半ば叫ぶように俺に訴えかける。感情的になったからか、両目が充血して口元が震えている。そして、そんな顔を俺に見せまいとそっぽを向いた。
俺も強がっている彼女の顔をあまり見ないようにしながら、彼女にポケットティッシュを差し出した。
「鼻水拭けよ」
「……」
逸部は、濡れた目を丸くして俺を見つめた。たしか、初めて泣かれたときもこう言ってティッシュを渡した記憶がある。逸部という人間は、外見や普段の言動こそ派手に飾っているが、心の中は人並み以上に繊細なんだと思う。だから、昨日の俺の変貌にショックを受けたんだと思うのだ。
冷たさも熱も落ち着いたところで、すかさず飴宮さんが入ってくる。
「あのですね、実は孤羽くんは――」