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第90話「十面相」

 

 放課後は居残りして、今日も今日とて合唱祭の練習。


「……」


 相変わらず、3パートで分かれてCDプレーヤーを囲んで音取り。放課後練は朝ほど参加率は悪くないが、サボるやつはサボるので、練習にいまいち緊張感と危機感が欠けていた。


「孤羽氏、なんだか今日はやけに集まりが良いでござるなぁ」


「そうだなー」


「拙者たちだけで練習してた頃が嘘みたいでござる……餅月氏も心なしか表情が明るくて生き生きしてるでござる。デュフフ」


 ……でも、それは過去の話。今となっては、女子の参加率は100%、男子も、一部のくそったれ以外はちゃんと練習に参加している。これも俺がクラスを影から操った結果だ。いや、最大の貢献者は俺じゃなくてあの人物か。


 やる気のないうちのクラスに何が起こったのか。その種明かしのために、時間を少し遡る――




 * * *




 昼休みのこと。狼月がものすごい数の数学のプリントを抱えてやってきた。


「頼む」


 そして、出さないと赤点なので力を貸してほしい、というような趣旨の発言をしてきた。提出期限は学年末試験の前であまり余裕もなく、こんなことを頼めるのは俺しかいないらしい。


「まぁいいけど。数学嫌いじゃないし」


 普段なら「知ったことか」と突っぱねるところだが、今日は力を貸すことを許可した。


「ふざけんなよこっちは真剣に……え? 嘘? 今なんて?」


「だから、手伝ってやるって言ってんだよ」


「うわマジ恩に着る。心の友よ。購買のプリン買ってあげる」


「……慣れないこと言うなよ。ただ、そのかわり、ちょっとした頼みごとしてもいいか?」


「なんでもこい」


「合唱祭の練習、来てくれ。あーいや、無理に真面目にやらなくてもいい。ただ存在してるだけでいいから、狼月眞白という人間が放つオーラでクラスの士気が上がるからさ」


 オーラとか言われて、狼月は分かりやすく嬉しそうな顔をする。


「そんな簡単なことでいいのか? なら早速放課後練出るけど、お前サボんなよ」


 狼月は調子よく俺に釘を刺し、帰っていった。俺は狼月の後ろ姿に、指で作った銃を向ける。


「頑張ろうぜ、お互い」


「……なにやら、良からぬことを考えている……」


 隣の席の飴宮さんは、俺の腹の中に黒いものがあるとでも言いたげな、とても不本意な発言をした。




 * * *




「――ユズ、あの話ってホントなの?」


「うん、まぁ、ちらっと聞いただけだから100パーホントかどうかはアレだけど。情報元もアレだし」


「でも、それがホントなら狼月くんが急に練習来るようになったのも説明つくよね」


「だよねぇ。彼女さんにふられて傷心中でもない限り、狼月くんがこんな練習真面目にやるわけないもんね……」


「いつものクールな感じと違ってどこか弱々しいとこがまた……ぐふふ」


 逸部とその友達の会話が耳に入ってくる。何度だって言ってやるが、狼月に彼女がいるというのは、異性が苦手な彼が女子と距離を取るために流した嘘であり、存在しない彼女と別れたところで狼月が傷つくはずがないので、もし普段より弱々しく見えるなら、絶え間なく注がれる女子たちからの視線に困惑しているからだ。


 狼月が彼女と別れて傷心気味……そんな噂話を逸部は()()から聞いたらしい。彼女に話した……いや、彼女がそれを聞いたのは昼休みのことだった()()()が、放課後練がはじまる頃にはクラスどころか学年中の女子に知れ渡っていた。まぁそんなわけで、クラスの女子の大半はフリーの狼月を見守るために練習に集まるようになったのだ。アイツほんとすげーな。くたばれよ。


 全員をターゲットにしなくても、多数派を味方につけさえすれば、じきに同調圧力でみんな多数派に染まる。女子の多数派を練習に来るように仕向け、結果女子全員を染め上げ、男子までも多数派に呑み込み、とりあえず一応の体裁は整った。


「ほらほら、練習するよ、実行委員!」


「……うぃ」


 餅月さんにどやされ、名ばかりの実行委員の本田は渋々従う。ちゃんとやってるように見せかけて、餅月さんが場を離れた途端に友人との雑談を再開させた。ろくでもない奴だ。


 体裁が整ったので、餅月さんが各パートを回って指示を飛ばしたり、一緒に歌ったりしている。やる気に溢れているのは結構だが、実行委員の仕事を実質ひとりでこなしているので大忙しだ。いつか喉が潰れるんじゃないかと心配になってくる。


 一抹の不安を感じながらも、放課後練は解散した。俺も例によって場を後にする。


「孤羽」


 と、後ろから声をかけられた。振り向くと、実行委員の女子が俺のボールペン片手に俺を見上げていた。


「落としたよ」


「……ども」


 よそよそしく会釈してそれを受け取った。そのまま帰ろうとしたが、「なんかさ」と、その女子は俺に話しかけてきた。


「孤羽とか木藻男たち、毎日、練習ちゃんと来てくれてるよね。餅月さん目当てとはいえ、真面目で意外だった」


 そのくくりで扱うのか。あとなんか真面目に参加してるはずの俺たちの扱い雑じゃない?


「……俺は別に」


「え、じゃあなんで毎日練習来てるの?」


「悪いか?」


 少々ぶっきらぼうな物言いをしてしまった。まるで俺がやる気を持ってはいけないみたいな、決めつけるような言い方がカンに触ったんだと思う。言っとくけど合唱祭の貢献度、今のところ実行委員のお前より上だからな。


「や、別に、いいんだけどさ」


 俺の反応に面食らった様子で、慌てて目をそらす。


「真面目にやってくれる人がいるのは、嬉しい。私、餅月さんが助けてくれるっていうから、誰もやりたがらない実行委員やらされてんだけど、やっぱりやるからには私も頑張らなきゃ、って思えるし」


 前向きに微笑し、彼女とはそこで別れた。確かに最近は彼女も指示を出したりして、餅月さんに任せっぱなしではなくなってきている。それはともかく今度こそ帰ろうとすると、今度は、CDプレーヤーの片付けを終えた餅月さんがにやにやしながらこっちに来た。


「上手いこと考えたね。狼月くんの話、あれ全部嘘でしょ」


 全てを見抜かれていることをこそっと告げられ、少しだけぎょっとした。


「さぁ、なんのことやら」


「だって、孤羽くん、狼月くんと仲良いから、女子のやる気上げるために、一芝居うってくれたんだよね?」


「……別に仲よかねえよ」


「否定するのそこなんだ……あと、練習初めの頃も、私がチョコくれるっていう噂流して男子の参加率上げてたらしいじゃん」


「すいませんね、こざかしい真似しかできなくて」


「ごめん、そうじゃなくて、影でいろいろ頑張ってくれてありがとう、ってこと。私みたいに正攻法で考えてたら、こうはならなかったから」


 餅月さんは頼りにしてるようふふと笑い、彼女とも別れた。自席に帰ると、おそらく一部始終を見ていたのであろう飴宮さんのじとっとした眼で迎えられる。


「さすが真面目な孤羽くん。モテモテじゃないですかー」


「いやそんなんじゃないから」


「またまた、ご謙遜を」


「……なんか機嫌悪い?」


「別に」


 そういうものの、飴宮さんはぷいっとそっぽを向いてしまった。


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