第89話「ギミチョコ!!」
いや、もうホントすみませんでした。お久しぶりです。
1部改稿したのでよければ読んでみてください。
「見せて」
それが、帰宅してリビングのソファに腰をおろした俺に対する双葉の第一声だった。
「……?」
なんのことやら眉をひそめて首をかしげると、3つ下の愛しの妹こと双葉ちゃんは、言わすんじゃねえよとでも言いたげな眼で察しの悪い俺を見て、ため息をついた。
「もらったんでしょ。あの、友達の子から。ほら……バレンタイン」
その単語を言うのが恥ずかしかったのか、双葉はそっぽを向いてごにょごにょと言った。ちなみに、双葉は面識こそないが飴宮さんの存在自体は知っている。
「あぁ。……いや、見てどうすんだよ」
納得と同時に新たな疑問が浮かんだ。
「別に」
双葉はぶっきらぼうに言い捨てるが、俺が女の子にもらったチョコがどんなのか見てみたいと素直に言えないことくらいお兄さんの俺は分かっているので、部屋着のパーカーのポケットに忍ばせておいたそれを取り出してやった。眼前に掲げてやると、双葉は袋を凝視しながら「うーん……まだ判別しがたい……」と、なにやら小さな声で呟いている。
「……中は、なに入ってたの?」
双葉は次にそう言った。
「ん、あぁ、なんだっけ、チョコ」
「あん?」
「いや、あれ……」
ホワイトチョコの画像は脳に浮かんでいたのだが、最重要ワードを省略してしまっていた。俺ったらお茶目。だからホワイトを見逃したんだろう。
「ホワイトチョコ?」
「そうそれ。よく分かったな」
「ホワイトチョコ作ってくるんだ……そういえば、その子って、どんな子なの? 写真とかない?」
「見てどうすんだよ」
「べっ、別に」
双葉は弾かれたようにそっぽを向いた。さっきは流したが、そんなに反応されるとちょっとからかってやりたくなる。
「いや、ほんとにどうすんの? まさか、愛しのお兄ちゃんを奪ったやつがどんなツラしてるか拝んでおきたいとかそういうこと?」
「そ、そんなわけないでしょ! 別に、もういい。見たくない」
「スネるなよ」
俺はポケットからスマホを出して飴宮さんの写真を表示させた。いつぞやプール行ったときに撮った、ホットドッグ食べてる写真。
「ふーーーん」
「なんだよ」
「どういう人なの?」
「良い人」
「どういう意味それ」
「別に?」
「いつも何の話してんの?」
「大した話はしてないよ。天気の話とか、とりとめのない世間話を、垂れ流すように」
「……ど、どういう感じで渡してきたの? その、チョコは」
「……放課後、一緒に帰ってたら、話の流れでくれた」
「その話をできるだけ詳しく」
「さっきからなんなんだよ。もういいだろこの尋問タイム。そんなに興味あるなら一回会ってみるか?」
「いや、うーん……ちょっと見たい」
そんな怖いもの見たさみたいに言われてもなぁ。
「ところで、お返しはどうするの?」
当たり前のような口調で、双葉は質問した。
「……」
そうだった。今までバレンタインなんてもらったことなかったから、お返しのことなんて考えてもいなかった。
「お返しに渡すお菓子にも、クッキーは軽い付き合い、マカロンは本命、みたいにそれぞれ意味がある、って話は知ってるでしょ?」
……初耳だ。
言葉にするより先に態度に出ていたらしい。双葉は呆れたように頭をゆらゆらと振った。
「お兄ちゃんは小学生の頃友達となにを話してたの? あ、そうか友達いないんだった」
「ひどくね?」
生意気なクソガキめ。
* * *
翌日の朝。未だ集まりが悪い合唱祭の朝練が解散し、自由が許された俺は自席についた。
「……おはよ」
「おはよう、ございます」
「昨日、ありがと。ごちそうさま」
「お粗末さまでした」
「うん……」
「……」
改めてお礼をしようと思ったのだが、昨日の話をするとどうしても昨日の情景が脳裏に浮かんでしまう。目の前に差し出されたリボンのついた小さな袋。桜色に染まった飴宮さんの頰。すがるように向けられた儚げな眼。切なさでどうしようもなく締めつけられた胸の痛み。どれもこれもが、この先ずっと消えることのない記憶として脳に刻み込まれていた。
「あ……あれなんだね。上手いんだ、料理」
「どうも。毎日お弁当作ってるので、人並み程度には」
会話が一区切りついたところで、飴宮さんは急にぺこりと頭を下げてきた。
「あの、き、昨日は、ほんと、ごめんなさいっ。孤羽くんを、困らせてしまいました」
「なんのことやら。普通に嬉しかったよ。チョコ美味かったし」
「そう言ってもらえると、嬉しい、です、けど……」
飴宮さんは、昨日チョコをくれたが、あんなタイミングで渡すのは、今まで曖昧にしてきた気持ちを俺に伝えることと実質的に同義で、むしろ渡さなければ今までの曖昧な関係を変えずに済んだものを、それでも渡してきた。このどうしようもない気持ちを、受け取ってほしい、と。
でも、彼女は、それでも今の関係のまま、友達のままでいてほしい、とも求めてきた。
向こうだって俺の気持ちは薄々勘づいているはずなのに、そんな都合のいい話があってたまるかと言いたいところだが、俺はとうとうそのわがままを聞いてしまった。退けられるはずもなかった。他ならぬ飴宮さんが、あんなにすがるような眼をして頼んだのだ。
「それより」
……この話はもう終わり。とめどなく思考が溢れてくる自分に言い聞かせるように言い放つ。
「もらいっぱなしはアレだし、合唱祭練お疲れ、ってことで」
そう前置きして、ポケットからはちみつレモンのど飴スティックタイプ10粒入りを出して、飴宮さんに差し出した。女の子が喜ぶお菓子を選ぶ美的センスがこの俺に備わっているはずもなく、肝心の双葉は「自分で考えろ!」となぜか半ギレだし、合唱祭練で酷使しているであろう喉を癒してほしくて、実用的なものを選んだ。毎日真面目に練習に参加している彼女を労う意味でも、これが俺の最適解。
「あら……あ、ありがとう、ございます。ありがたく、いただきます」
飴宮さんは意外そうな顔をしたが、それを受け取ってくれた。キャンディを認識してからお礼を言うまでに一瞬の間があったので急に不安になってくる。そんなつもりはなかったのだが、コンビニに売ってる100円くらいのキャンディでお返しを済ませるケチな奴と思われたのかもしれない。
「いや……もし、こんなんじゃなくて、もっとちゃんとした、デパ地下に売ってるゴディバの詰め合わせとかがよければ、遠慮なく言って。見ての通りこういうの初めてだから、よくわからなくて」
「いえいえそんな! 孤羽くんらしくて、とても素敵です。それに、こののど飴、孤羽くんがよく食べてるやつ、ですよね」
「そうだけど、よくそんなん覚えてるな」
「あ……いや、たまたま。引かないでください」
申し訳ないがちょっと引いてしまい、少しだけ微妙な空気になっていると、飴宮さんは「そうだ」と話を変えてきた。
「知ってますか、孤羽くん。ホワイトデーのお返しに渡すお菓子には、それぞれ意味があるらしいんですよ」
間を埋めるように、軽い話のネタ程度に振ってきたが、飴宮さんの眼の奥には、どこか俺の内心を探るような光が少しだけあった。
「へー、そうなんだ……全然知らなかったわ」
俺はその罠を踏まないように、いつも通りのトーンで嘘を吐く。そうせざるを得ない。レモン味のキャンディの持つ意味を知った上でそれを飴宮さんにあげたなんて、そんなこと、言えるわけがない。
「京都のぶぶ漬けみたいですよね。意味も分からずマシュマロを贈ってふられた人とか、たまったものではないでしょうね。あ、マシュマロの意味は、口の中で溶けてすぐなくなることから『嫌い』というらしいんですが」
「『ホワイト』デーっていうくらいなんだから、マシュマロにそんな意味付けなくてもなぁ……」
「そう、まさにその通りで、ホワイトデーの起源は、男の人がバレンタインのお返しにマシュマロを贈ること、だったそうですよ。それなのに、時代が流れて真逆の意味にとられてしまって、いやはや……」
それもこれも全部、昨日ネットで調べて知っている。俺は嘘つきだが、それで守れるものがあるなら、それで構わない。
「あーなんか、ひさびさにマシュマロ食いてーなー」
「ふふ、私も」
意見が合った飴宮さんと顔を見合わせて、ふたりで脱力したように笑った。




