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第87話「ロキ」

 

 自由曲は第2候補の「信じる」に決まり、今日から合唱祭の練習が始まった。


「……」


 事前に決まっていたソプラノ、アルト、テノールの3パートに分かれ、輪になってCDプレーヤーを囲み、各自のパートの音源を聴いて音取りをする、という練習をしているらしい。


 俺も当事者にもかかわらず、らしい、と付けたのは、練習の姿勢はあまりに凄惨で、クソと言わざるを得ないものだったからだ。


 俺含めほとんどの男子が集まるテノールは、CDプレーヤーから流れる歌声をBGMに一軍の陽キャどもは丸めた楽譜でじゃれあい、赤信号を大手を振って渡る彼らに触発されたのか、真面目にやるのがダサいというこの空気を敏感に感じ取ったのか二軍どもにも不真面目が伝染している。木藻男や俺みたいなタイプの人間はなんとなく楽譜に目を落としてボーっとしている。比較的まともな奴らはアルトの男子枠にまとめて移籍されてしまっているので、理性を取られた搾りカスどもの無法地帯と化してしまっていた。


「……」


 狼月なんて壁にもたれてうつろな眼で窓から外を眺めている。


 女子は真面目かと言われれば決してそんなことはない。アルトは男女間を見えない壁で隔てられて意思疎通が断絶されているし、女子だけのソプラノも正直男子テノールとどっこいどっこいの風景だった。目の前のCDプレーヤーなど眼中にないとでもいうように、世間話で高笑いが起こる舐め腐ったグループ、その空気に流されるグループ、真面目に細々とこなすグループ、やる気はありそうだけど同調圧力で真面目になれないグループ。


 実行委員は何をやっているんだ、と言いたくなるが、本当に何もしていないのである。


 実行委員はふたりいて、ひとりは男子に注意なんてできそうもない気の弱い女子、そしてもうひとりは委員決めの日に欠席して半ば悪ふざけ的なノリで決められた、今も友人たちと騒いでいるサッカー部の本田なのだった(もうこの時点で合唱祭に対するこのクラスの姿勢がうかがえる)。そして、実行委員の女子も別に大してリーダーらしいことはせずに世話焼きの餅月さんに任せっきり。そんなんだから舐められてるんだ。


 まぁ、合唱祭がどうなろうと知ったことではないし、協力的でない分うっとおしくなくて良い。




 * * *




 そう、昔の俺なら思っていた。


「……ひどかったね」


「……」


 放課後、帰るために廊下を歩いている俺の隣で餅月さんが呟いた。先日、言葉の綾で餅月さんに協力することになってしまってからというものの、俺をあたかも実行委員側の人間として扱ってくるようになった。


「こんな調子で、明日からの朝練、ちゃんと来てくれるかな……誰も来なかったり、して」


 餅月さんは軽い冗談のつもりで言ったのだろうが、今日の練習の様子を思い出したのか表情が曇っていた。


「……俺は合唱祭が嫌いだ」


「はは……迷惑、だったかな。巻き込んでごめん」


「だから、奴らの心理は俺の方が知ってる。さっきの練習中に、ちょっと仕込んでおいた。明日の朝練は絶対に人集まるから、頼んだぜリーダー」


「……?」


 餅月さんはポカンとした顔をしたが、俺は「じゃあ、まぁそういうことで」と適当にあしらって別れた。




 * * *




 第1回の朝練は8時から始まった。俺はいつもより30分ほど早起きして、時間ギリギリに教室に着いた。


「おはよ!」


「よ」


 餅月さんの快活な挨拶に一文字で返し、寝ぼけ眼をこすりながら鞄を自席に置き、代わりに楽譜を取り出した。今回も音取りだろう。


「……遅いでござるよ、孤羽氏」


「なーに張り切ってんだ……いや、マジで全員来やがったのか」


 俺を咎めたのは、CDプレーヤーのまえで楽譜を広げて完璧に練習する準備のできた木藻男だった。木藻男と共にプレーヤーを囲むのは、文化祭で一緒に戦ったおなじみのダメンズたち。イカれたメンバー紹介するぜ。ROM男の木村、ホモガキ鈴木、無口の水戸部、プリキュアおじさん小野、エロゲマスター山根。とりあえず頭数を確保することは成功した。質についての要望は受け付けない。


「と、ところで孤羽ニキ。昨日言ってた()()()はガチなんやろな?」


「さぁ。あくまで噂だからな……でもまぁ印象は良くなるから損はないんじゃねーの」


「デュフフ……餅月氏からバレンタインチョコをもらうためなら、いくらでも徳を積むでござるよ!」


 木藻男が餅月さんに聞かれない程度に宣言すると、一同はグッと拳を掲げた。すごい結束力だ。おい山根てめーは3次元の女子に興味ないんじゃなかったのか。餅月さんは次元の壁すら越えてくるらしい。


「マ、マジか……練習ちゃんとやったら餅月さんから労いのチョコもらえるらしいぞ……」


「やるしかねえ……」


 結局集まったテノールメンバーはこいつらと、ワルになりきれない2軍の数人――いつぞや戦った卓球部の浜崎じゃねえか――だけだった。とりあえず、積極的にサボりたい訳ではない奴らに、餅月さんのチョコのために頑張るという『建前』と『仲間』をくれてやった。これで真面目に練習する際の羞恥心を正当化できるので、今後サボるようなことはないはず。


「……」


 しかしどいつもこいつも餅月さん好きすぎだから。俺の適当な嘘に簡単に踊らされやがって。そんなに好きならハナから真面目に練習しろや。


 まぁそんなわけで、朝練には上記のテノールの他に、真面目なソプラノの女子数人とアルトは半分くらいが集まった。


「いやぁ、結構集まったね、みーちゃん」


「そうだね……餅月さんのおかげだよ」


 餅月さんは実行委員の女子とお気楽な会話をしているが、こんな浅いところで満足してはいけない。合唱祭というのは結局、男子が協力的なクラスが強いのだ。それも、俺たちみたいなのじゃなくてカースト頂点のやつら。そこが変わらないことには、優勝なんて狙えない。


「……うわ、朝練やってる」


「メンツすごいな」


 登校してきたサッカー部の奴らが冷やかしの目を向けてきた。


 全てが俺なんかの思惑通りに進むとは思ってないけど、次の手はもう考えている。というか、何で俺がこんな役引き受けてんだよ。まぁ今更戻れないから最後までやってやるけど。


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