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第8話「融解」


 休み時間になっても狼月との雑談は続いていた。


「俺、別に不良でも一匹狼でもなんでもなくて、ただテンションの低いぼっちなんだよな……。同じようなテンションでノリが合いそうな奴に話しかけても、大体この見た目のせいで拒絶されるし」


 狼月の言うノリが合いそうな奴とはオタク系のことだろう。無理もない。いきなり不良が「何のアニメ好き?」とか訊いてきたら『仲良くなりたい』より 『バカにしてる』と解釈してしまうのが人情だろう。特に俺みたいなカースト上位の人間に良い感情を抱かない奴にはこの傾向が強い。多分。


「つまりお前がイケメンだからか。ナメてんのか」


「うるせえ。お前に俺の苦労が分かるかよ。全然ノリが合わない倉科くらしなとか本田辺りに絡まれる半端者のつらみが」


 狼月は冗談めかして情けない声を上げた。クールな一匹狼キャラはどこに行ったんだよ。外見と発言の温度差で、頭が混乱しそうになる。


 ちなみに倉科といえば、このクラスの実質トップの爽やかイケメン。サッカー部のエースで、友達100人のいわゆるリア充。()()()()誰にでも優しいが、日陰者に対する風当たりの強さには定評のある人物だ。そいつに気に入られているとは、コイツはなかなか得なポジションにいるのではないだろうか。


「構ってもらえるだけ良いじゃねーか……その程度でぼっちアピールとか片腹痛いわ」


「なんだよ、お前もめっちゃ拒絶するじゃん……孤羽とはノリが合いそうだったんだけどな」


 俺から視線を外し、狼月は寂しげに苦笑した。流石にちょっと可哀想になったから、フォローしておこうか。


「いや、お前が本当にテンション低い奴ってのは分かった。分かったけど、こう、なんか違うんだよ……あー分かった。お前、彼女いるらしいじゃん。それだそれ。そもそも、彼女持ちがぼっちアピールとか片腹痛いわ」


 言ってるそばから何のフォローにもなっていないことに気づいてしまったが、よく考えたらフォローする必要なんてないよな。


「彼女なんていない。あれは嘘だ」


「へ」


「この見た目のせいで女子から言い寄られることも結構あるから、彼女持ちってことにしとけば敬遠されるかなと……いや、だって、女子と話すの緊張するじゃん」


「ハゲろカス」


「え?」


「いや、こっちの話……変わってるなお前」


「そいつぁお互いさまよ」


「なるほど、違いない」


 狼月と目が合い、同時に笑った。確かに、マジョリティに混じらずに孤高を貫く偏屈な俺が、誰かを変人呼ばわりするのはあまりにナンセンスだ。


 ま、世間一般の俗物と認識されるよりは異端児と思われたいお年頃ですし?


「ハハ……やっぱりお前とはノリが合うわ。こんなに何も考えずに喋ったのは久しぶりだな」


 狼月は俺に笑いかける。口の端から鋭い犬歯が覗いた。男の俺が言うのもなんだが、狼月より犬歯が似合う男は見たことがない。そう思わせるほどに、狼月はカッコ良かった。


「俺との会話に思考する価値を見出せなかっただけだろ」


「そーかもな。でも、そのくらいの適当さって、理想的だと思わないか?」


「し――」


「――おーい狼月、英会話室行こーぜー」


 俺の言葉を、よく通る声が遮った。声の主は、教室のドアのあたりでたむろしている一軍――倉科グループの奴だ。俺と狼月のツーショットが珍しいのか、野郎どもはニヤニヤ笑いながら好奇の目を向けてくる。


「やれやれ……」


 狼月は困ったようにため息をつき、場を後にした。道中、俺のことが話のネタにされるんだろう。やだ、リア充に噂されるとか、俺ってばカリスマすぎない?


「……」


 俺は鼻を鳴らして机の上の現代文を片付けた。教科書を持って英会話室に向かうと、後ろから遅れて飴宮さんがついてきた。最近、たまにこうしてついてくるのだ。鬱陶しいわけでもなく、なんなら小動物っぽくて可愛いので好きにさせている。


 横目で飴宮さんがいるのを確認して、さりげなく歩調を緩めた。


「よかった、ですね。お友達、出来て」


 飴宮さんは少しぶっきらぼうに話しかけてきた。飴宮さんがこんな喋り方をしたのは初めてなので少し驚いてしまう。この程度では俺に嫌われない、という距離感を彼女なりに掴んだのだろうか。まぁ何にせよ心の距離が縮まった感じがして悪い気分ではない。


「あんなのを友達とは言わんよ……」


「そんなこと、ないです……私と話してるときより……楽しそう、でした」


「俺はあんまり楽しくなかったけどな」


「そーですか」


 控えめにツンツンしてる飴宮さん。これはアレだろう。アイツは一番の友達だと思ってたのに他の友達といる方が楽しそうなのを見てちょっとジェラシー感じちゃう現象だろう。この現象、よく起こるどころか俺の人生これしかないまである。いや、俺友達いなかったわ。


 それはさておき、ツンツンしてる所が妹の双葉に似てるからか、ちょっと意地悪したくなるという黒い欲望が俺の胸の内に渦巻いた。


「飴宮さんって俺にそんな態度取るんだ」


「――」


 口が半開きのまま硬直する飴宮さん。あまりに素直な反応に、吹き出したくなるのを必死でこらえる。


「嘘。その反応を見たかった」


「も、もう……やめてくださいよぉ……」


 軽く笑ってネタバラシすると、飴宮さんはへなへなと背中を丸めた。一瞬、長い前髪から涙目になった左眼が覗く。なんかごめんね。俺の中に眠る黒羽が暴走しちゃって。


「孤羽くん、性格悪い、です……」


「ごめんって。泣かないで」


「泣いてません」


 飴宮さんは短く言い捨て、ぷいとそっぽを向いた。本当に怒らせてしまった。


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