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第82話「休み明け」

 

 楽しい冬休みも終わり、今日から3学期だ。学期の始めとか長期休暇明けは、薄まった自分のイメージを塗り替えるべくイメチェンする奴がいたりするが、休みがそう多くない冬休み明けにするような奴はまぁいないだろう。


 正月気分が抜けきらない頭で考えごとをしながら、窓際最後列の自席についた。隣の席には飴宮さんが座っている。久しぶりの日常。


 俺の存在に気づいた飴宮さんは、にこりと微笑んだ。この笑顔を見るのも久しぶりだ。


「おはー、孤羽っち。あけおめー」


 ……夢でも見てるんじゃないかと本気で疑った。開口一番、飴宮さんのイメージから遠くかけ離れた台詞をかけられた。な、なんだ、冬休みの間に飴宮さんがフワちゃんみたいになってる……!


「……」


「……?」


 面食らって身動きひとつ取れずにいると、飴宮さんは小首を傾げて微笑んだ。黙ってると普段の飴宮さんなんだけどな……。


「……久しぶり」


 とりあえずその5音節と引きつった笑みを絞り出し、自席でぼーっとスマホを見ている逸部の方に早足で歩き寄った。


「逸部てめぇ飴宮さんに何吹きこみやがった? 飴宮さんたぶらかすのも大概にせえや」


「……は? 急になに?」


 スマホから顔を上げた逸部は、意味が分からないといいたげに眉をひそめた。なんか本当に知らなそうだけど原因はお前以外考えられないんだよ。


「や、ごめん、それたぶん私」


 すると、近くにいた餅月さんが申し訳なさそうに手を挙げた。


「……え?」


「あれはそう、飴宮ハッちゃんと一緒に初詣に行ったとき……」




 * * *




『ハッちゃん、熱心にお願いしてたけど、なにお願いしたの? 私はまぁ無病息災だけど』


『そ、それは……今風に垢抜けたい、というか……えへへ、神様にお願いするものではないですけど』


『それならさ、少し言葉使いを崩してみるのはどう? それだけで結構雰囲気変わると思うけど』


『えぇ……む、難しいです。いや、難しいかな……それは』


『まぁ、少しずつ、少しずつでいいから。孤羽くん相手ならできるんじゃない?』


『いやいや……』




 * * *




「……」


 餅月さんから事情を聞いた俺は自席に戻った。飴宮さんは机に突っ伏して頭を抱えていた。まぁ推理するまでもなくイメチェン爆死して恥ずかしさに悶えてるんだろう。ほんとなんなんだろうねイメチェンしようとした過去の自分の謎の勇気。迷ったら行動とかいう成功者の戯言に俺の人生は狂わされっぱなしだよ。


「あけおめ」


「……や、やめてください……うう……舌噛みきって自害します……」


 飴宮さんは机に突っ伏したまま弱々しく応えた。こちらと顔を合わせるエネルギーすら尽きてしまったらしい。自害なんて言葉を聞いたのは歴史の学習まんが以来だ。


「や、別に俺はなにも」


「なにも言わずとも……あの沈黙と困惑しきった目が全てを雄弁に物語ってました……黒歴史です……やっぱり私なんて……」


「いやいや。中学の頃ゴールデンウィーク明けに不良デビューした俺よりだいぶマシだから」


 どぎつい黒歴史を暴露しつつフォローすると、飴宮さんは伏せた状態から少しだけ顔を上げて、眼だけこちらに向けてきた。俺のレベル99の黒歴史エピソードで多少は気を引けたらしい。


「……ゴールデンウィークって。休みとはいえたった数日じゃないですか。なに考えてるんですか……いや、あんまり笑えないですけど」


「中二病って恐ろしいよな……コンビニでよくわからんワックス買ってリーゼントっぽくセットして、学ラン前全開で寒いのにシャツも第二ボタン開けてウォレットチェーンじゃらじゃらやってめちゃくちゃイキってた。思い出すだけで死ねる」


「うわぁ……」


 飴宮さんはいたたまれなそうな声を漏らし、姿勢を戻した。言葉には出さないものの、沈黙と困惑しきった目がドン引きしてるのを雄弁に物語っていた。


「それに比べて何だ? 俺なんかにタメ口きいただけのことがそんなに恥ずかしいのか? 俺なんてクラス全員に痛い醜態晒したんだぞ……どんなあだ名つけられたと思う? ……あ、やべ……なんか、景色が滲んで……見えねえや……」


「わ、わかりました、もういいですから、それ以上自分の傷を広げる真似はやめてください」


 飴宮さんはあたふたと両手をもたつかせる。


「あと、別に……いんじゃないの。タメで。てか最初からそう言ってんじゃん」


「そ、そうですか? まぁ、前向きに検討させていただきますね。当分は黒歴史思い出して無理、ですけど」


 飴宮さんは控えめに苦笑した。それでいい。今すぐは無理でも、なりたい姿にゆっくり近づいていければいいのだ。


「タメ宮さん」


「誰がうまいこと言えと……」


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