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第81話「買い食い」

 

 終業式の放課後。雪でも降りそうな寒い帰路。冷たい風が頰を撫で、肌が切れるような感覚がした。


「さみ……」


 俺は身震いし、コートのポケットに手を突っ込んだ。


「日に日に寒くなってきますね……もう、スカートの中、タイツじゃなくてジャージ履きたいです……男子だけスラックスなの、ずるくないですか?」


 一緒に下校していた飴宮さんは、俺のぼやきに答えて、不満そうに自分の足元を見た。


「夏は地獄だぞ」


「季節で履き替えればいいのです」


「性別不詳キャラみたいになるだろ……っていうか制服をなんだと思ってやがる」


 飴宮さんの意味不明な冗談を軽くあしらいつつ、駅までの道を一緒に歩く。歩いているとコンビニののぼりが見えてきた。


「肉まん……」


 それを見て、飴宮さんはひとりごとのように呟く。


「なに、結構買い食いとかするの?」


 イメージになかったので少し驚きながら訊くと、飴宮さんはどこか悲しそうに首を横に振った。


「いえ……憧れはしますけど、行動に移せたことはないです。店員さんとのコミュニケーションが、大きな壁になるので、軽い気持ちで買い物できないんですよね、はは」


「わかるわそれ。でも、そのくらいの方が、無駄金使わずに済むから得な生き方だと思うよ」


「そうですけど……もし、よければ、その……」


 飴宮さんは俺とコンビニを交互にちらちらと見る。


「まぁ別に付き合ってもいいけど……寒いし」


「やった」


 肩をすくめて話に乗ると、飴宮さんは手を合わせて喜んだ。飴宮さんとコンビニに入った。レジ横のショーウィンドウみたいなのに中華まんがいくつか並んでいた。


「どうしようかな、ピザまんいっとくか」


「じゃあ、私は肉まんにしますかね」


 注文は俺が代表して、バイトのにーちゃんから肉まんを受け取って店を出た。外にベンチがあったのでそこに並んで座った。


「あっつ……」


 俺は火傷しないようにピザまんが入った包み紙を開いた。ほわっと湯気が立ちこめる。中華まん特有のほのかに香る甘い匂いと、手から伝わってくる痺れるような温もりをたまらなく身体が欲して、無意識に口を開けていた。


「孤羽くん。待て」


 なぜか飴宮さんにおあずけをくらった。俺は口半開きのまま彼女のほうを振り向いた。


「……俺は犬か」


「これ。どうぞ」


 飴宮さんは自分の包み紙の中の、半分に割れた肉まんを差し出してきた。


「い……一回、やってみたかったんです。こういうベタなやつ」


「じゃなに……俺はこれを半分に割って飴宮さんにあげればいいの?」


「よければ、ぜひ、半分こください」


 別に食い意地が張っているわけでもないので、素直にピザまんを割って飴宮さんにあげた。これで気兼ねなく食べられると大きく口を開けたら、隣で飴宮さんが、いただきます、と小さく呟いた。1秒ほどの逡巡の末、俺もそれにならい、今度こそピザまんを食べた。


「うわ。肉まんって買い食いするとすげーうまいな。家で食べるのとはまた違った魅力がある」


「外でごはん食べるの、新鮮で楽しいです。やっぱり、寒い日は肉まんですね」


「間違いないね。いや俺さ、ピザまんとかあんまり食べられないんだよ。朝起きるの遅いから、妹にそういうレアネタ先に取られて」


「へぇ……でも、今度からは、ピザまん食べたくなったら、ぜひ誘ってください」


「その台詞そっくり返すよ」


「ふふ、どうも。まぁ、明日から冬休みですけど」


「まぁそうだけど」


「冬休みということで、突然ですが、住所、教えてもらってもいいですか?」


「え、急になに……ウチ来るの?」


「そんなわけないでしょうが。年賀状です、年賀状」


「あぁ。出す相手いないから存在自体忘れてた……まぁ、じゃ後でLINEで送っとく」


「よろしくお願いします」


 後でとは言ったものの、別にピザまん食べながらでもスマホで文字くらい打てる。忘れる前に行動すべく、ブレザーの内ポケットからスマホを取り出した。


「……あ」


 それを見て飴宮さんは小さく声を漏らした。視線はスマホにぶら下がったストラップに注がれている。クリスマスイブに飴宮さんからもらった――


「……」


 俺は咄嗟にスマホをコートのポケットに突っ込んだ。外であんまりスマホを見ないから、つい油断してしまった。まさか飴宮さんからもらったストラップをスマホにつけて大切にしてる、だなんてそんな恥ずいこと誰にも知られたくなかったが、よりによって当の本人にバラしてしまった。


「な、なんで隠すんですか。見ましたよ。ちゃんと使ってくれているんですね、ふふ」


「あーもう。だからやなんだよ。こっち見るな、恥ずい」


 しっしっと手で視線を払うが、飴宮さんは俺を見たままにこりと微笑んだ。


「安心しました。ストラップ、酷評されて本気で落ち込んだんですからね、あのとき」


「ちゃんと使ってるよ、このなんかわけわかんないクマ」


「え、それうさぎじゃないんですか?」


「まぁパッケージには犬って書いてあったけど。なんだよ、飴宮さんも割と適当だな」


「いや、これは、見た目を特定させないファジィな造形が想像力を刺激するのが魅力なんです」


「一歩間違えればただの手抜き製品だけどな」


「な、なんでそんなに人の贈り物を悪く言えるんですか。ひどい」


 飴宮さんはスネたようにむくれてしまった。照れ隠しとはいえ、イジるのはこのへんにしといてやるか。


「でもまぁこの適当な感じが意外と嫌いじゃない。改めて、その、ありがと」


「……わ、分かればいいんですよ」


 飴宮さんはふいとそっぽを向いたが、すぐに視線を戻し、照れくさそうに笑った。さて、今年の冬休みには飴宮さんに年賀状を送るという予定ができてしまったが、あまりに人のセンスをからかってしまったために、年賀状のデザインのハードルが上がってしまった。いらんことはするもんじゃないな、と少し後悔する俺だった。


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