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第80話「クリスマス」

 

 明日が終業式なので学校は午前で終わった。予約していたチキンを受け取るために街に繰り出すクリスマスイブの昼下がり。街の景色はサンタだツリーだメリクリだとクリスマス色に染まり、そこら中でリア充のつがいどもがイチャイチャしやがる。独り者には肩身が狭く、ついつい危険思想を抱きがちな時期になった。


「……」


 特製クリスマスパックが入ったクソデカ袋が重い。ケンタッキーがあるのは、オシャレな服屋や雑貨屋やらカフェが、己が発するオシャレオーラに惹かれ合うように集いしオシャレストリート。その光に惹かれた虫の如くリア充カップルどもがそこら中に沸いていて、歩いているだけでなんだか魔界の瘴気にあてられたような息苦しい気分になる。


「……」


 サンタクロースのオブジェを見て軽く息をつく。まぁ、そうは言っても、別にクリスマスをどうこうってことじゃない。それ自体は、純粋な子供たちに幸せをもたらす一年に一度の素敵なイベントだ。ただ、そんな聖なる日の名を口実に平然と街中でイチャついてるリア充どもが目障りでたまらないのだ。あのうっとおしい破壊力はもはや暴徒。愛のテロリストだ。いや、それだとなんかカッコいいから公然わいせつ罪軍団でいこうか。


「……」


 やれやれ。だがこの辛い仕事も、家で待っている可愛い妹のためだ。今夜はチキンパーティーなのだから。骨なしチキンの俺もたまには頑張らないとな。


「ふっ」


 自分で発した自虐に、乾いたようなひとり笑いが漏れる。すれ違ったリア充カップルに二度見された。振り返るタイミングも息ぴったりだねじゃねえんだよ末永く爆ぜろ。……やべぇなんか急に心折れた。今すぐ家に瞬間移動して永遠に引きこもってたい。


 なけなしの虚勢でなんとか気張ってきたが、それも尽きた。クリスマスに浮かれた街の空気からひとりだけ隔絶されたように、はぁ……とため息が出る。


「……」


 歩調が遅くなったからだろうか。後ろを歩いていたのであろうお姉さんが足早に俺を追い抜かしていった。


「……」


 数メートルほど離されたところで、お姉さんはなぜかこちらをちらっと振り向いた。紺色のコートに、黒のロングスカート。ハンドバッグに、マフラーを巻いていて、右眼を隠す長い前髪――


 お姉さんは飴宮さんだった。私服が大人っぽくて顔を見るまで気づかなかった。飴宮さんは口元を覆っていたマフラーをずり下げ、にこりと微笑んだ。


「やっぱり。孤羽くんじゃないですか」


「なんだ。奇遇じゃん」


 まさかこんなところで飴宮さんに会うとは。なぜだかほっとして、死んでいた表情がほぐれていくのが自分でもわかる。


「お使いですか? お疲れさまです」


「どーも。そっちはなに? よくこういうとこ行くの?」


「いえ、全然……しかし、時が経つのは早いですね。体感では2学期が始まってまだ18話くらいしか経っていないですけど」


「やめてあげて。まぁ弁解の余地はないけど。……いや確かに、歳取ると時間の流れ早く感じるよな」


「はい。昔は、クリスマスの一ヶ月くらい前から『クリスマスまであと17日!』とかカレンダーにバツ印つけてワクワクしながら待っていて、1日が経つのが遅すぎるくらいに感じていたのに……いけませんね、歳を取ると。あの頃のときめきなんて、すっかり忘れていました」


「なついな、カレンダーにバツ印とか」


「ふふ。やっぱり、みんなやりますよね」


 飴宮さんは楽しそうに笑った。なんてことない会話だが、不思議なもので、飴宮さんが隣にいるだけで、さっきまで気分が悪かったリア充ストリートの空気もさほど気にならなくなる。


「このあたりに、リア充たちが多く出没する理由のひとつに、このあたりでイルミネーションがやるらしいから、なんですって」


 言われてみれば確かに、近くの街路樹にLEDライトの電飾が巻きついていた。


「というか、リア充たちはなんであんなものありがたがるんですかね。ただの電球じゃないですか。信号機に向かって綺麗綺麗と言っているようなもの――」


 16時半を回り薄暗くなってきていた街に、街路樹やポール、大きなクリスマスツリーに巻きついたLEDライトがぱっと光った。


 イルミネーションに対して不満げな飴宮さんの顔も、7色の光に照らされた。その顔がにわかにほころぶ。


「……わぁ。綺麗ですね」


 鮮やかな光に彩られた街の風景を見て、飴宮さんは無邪気にはしゃぐ。


「ちょろすぎない?」


「実際に目の前にして、考えが変わりました。これを見て表情ひとつ変えない孤羽くんの方がどうかしてるんですよ」


「いや辛辣」


 そんな会話を交わしながらイルミネーションストリートを歩く。周りには、光に群がる虫のように、リア充カップルどもがわんさか沸いてやがる。どいつもこいつも写真撮ってインスタにあげるんだろうか。純粋な思い出を、刹那的な承認欲求を満たすためのネタに昇華させるとは、なかなか大したコンテンツだ。


「な、なんだか、こうして歩いていると……」


 そわそわと周りを見回しながら飴宮さんは呟く。周りにはリア充カップルどもがわんさか沸いて以下省略。


「……」


「カ、カップルと見間違えられたり、なんちゃって」


 冗談っぽく飴宮さんは言うが、そう言われると確かに、俺たちは周りからどう思われているんだろう。


「まぁ、うん……」


 そんなことがやけに気になり、適当な返事をしてしまった。


「あの、か、軽い冗談なので、そんなに真面目に受け取られると……」


「いや別に真面目に考えてないけど」


「む、それもそれで……いえ、ときに、孤羽くん。孤羽くんは、いつからサンタさん来なくなりましたか?」


 飴宮さんは急にそんなことを訊いてくる。また昔の思い出話だろうか。


「あーどうだったっけ。中学入ってから疎遠になったかな。プレゼントなんて何年ももらってないなぁ」


 視線を斜め上にして昔を思い出していると、飴宮さんは唐突にハンドバッグに手を突っ込み、中から小綺麗に包装された小さな布袋を取り出した。


「め、メリークリスマス」


 そういってそれを俺の前に差し出してきた。緊張やこっぱずかしさからか、若干頬が赤い。


「……は? まさか俺に?」


 状況を理解しきれず自分の顔をバカみたいに指さすと、飴宮さんはこくりとうなずいた。


「たまたま、なんとなく、気まぐれに、このあたりのお店を回っていたら、面白いものを見つけて、明日、学校で、と思ったんですけど……お、重かった、ですかね、こういうの。すみません。今まで友達いなかったから、よくわからなくて――」


「ありがとう」


 感謝の言葉とともに、プレゼントを受け取った。素直な気持ちで心からそう言えたのはいつぶりだろう。飴宮さんにプレゼントをもらえた喜びが自然と俺を笑顔にさせていた。


「そ、その笑顔は……ずるいですよ……」


 飴宮さんは、真っ赤になった顔を隠すようにマフラーを鼻先まで持ち上げる。


「いやー、悪いね。俺もなんかお返ししないとな。チキンなら今すぐあげられるけど」


「それ、孤羽くんの夕食じゃないですか……いえ、お返しなんて、ほんとにいいんです。私が勝手にあげただけというか、もう十分すぎるものをもらったというか……」


「よくわかんないけど、開けていい?」


「どうぞ……ふふ、目の前で開けられると、なんだか恥ずかしいです」


 俺が袋を開けるさまを恥ずかしそうに見守る飴宮さん。袋から出てきたのは、よくこんなの見つけたなというようなクッッッッソダサいストラップだった。


「ほーん」


「……気に入らなかったのはよくわかりました」


「いや、嫌いじゃないよ? ただ、こう……部屋に飾ってたい感じ。間違っても鞄につけたくはないかな」


「酷い!」


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