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第79話「冬」

 

 冬本番。昨日の天気予報では冬将軍が日本上陸とかなんとかいっていたが、未だに冬将軍が何の擬人化なのかよく分からない。それはさておき、冬将軍とやらのせいで朝から冷え込んでいるので、今シーズン初めて学校指定のPコートに袖を通して登校することになった。


「さみー……」


 ぼやきながら教室に入り、寒い空気を吸って冷えきった鼻先に手の甲をあてて暖める。教室内の気温は外に比べたらいくぶんマシだが、冷えきった空気はやっぱり寒い。


「寒いっすね」


「まったくです」


 隣の席の飴宮さんと挨拶代わりに軽く言葉を交わし、自席につく。


 コートを脱ぎながら飴宮さんを横目で盗み見る。背もたれには着てきたのであろうコートがかかっており、幅広のマフラーをひざ掛けがわりに使っていて、萌え袖セーターから指先をちょっとだけ出して本のページを押さえている。寒そう。


「……」


 それよりなにより、飴宮さんはタイツを履いていた。確か、冬になると決められた厚さの範囲内でタイツの着用許可が下りてた気がする。女子はスカートだし防寒目的での措置だろう。見るからに寒がりな飴宮さんも例に漏れず……いやしかし飴宮さんタイツ似合うな。並の人間なら芋くさくなる厚手で透け感がないタイツを、大人びて清楚な感じに着こなしていた。太ももから足首に至る華奢な黒の曲線美は、飴宮さんの女性的な儚い魅力を際立たせるようだった。


「な、なんですか。私の脚にゴミでも付いてますか? よもや、こんな脚に劣情を抱いているわけでもあるまいし……」


 飴宮さんはおどけた調子で自虐した。気づかないうちに飴宮さんのタイツにばかり視線がいってしまっていたらしい。冗談っぽく言ってくれているものの、まぁ、あんまり人様のことをじろじろ見るのは褒められたもんじゃないな。


「や、悪い。似合ってたから、つい」


「えっ」


 正直に謝ると、飴宮さんは動揺した声をあげた。かあっと顔が赤く染まる。


「こ、これは別に……可愛いやつじゃなくて防寒用の厚手なやつなのですが……こ、こういうの、好きなんですか? 似合ってますか?」


 そんなふうに顔を真っ赤にしながら改めて訊かれると、とても恥ずかしい発言を期待されているようでなんだか答えづらい。


「同じこと何回も言わせるなや……」


 俺は視線を逸らして期待から逃げてしまった。ぶっきらぼうな台詞になってしまったが、飴宮さんは俺の内心の動揺を見透かしたように、素直じゃないですね、とでも言いたげに微笑した。


 このままでは分が悪いので、何か話のネタはないかと思考を巡らす。飴宮さんの姿を思い出して1秒足らずで考えついた。


「飴宮さんって冷え性?」


 話を振ると、飴宮さんは「まぁ、いわゆるそういうやつです……」と手元のカイロを両手で握りしめた。


「暑さに強い代わりに、寒いのがほんと苦手で……この季節は毎日が憂鬱です」


「末端冷え性ってあれ指先の毛細血管が収縮してて血液が流れてないからなんだってね」


「ふうん。死人のような冷たさ、というのもあながち間違いではないんですね」


「収縮した血管のことをゴースト血管っていうらしいからな」


「……なにちょっと上手いこと言ったみたいな顔してるんですか。あと、なんでそんなに詳しいんですか?」


「無駄なこと覚えるのが趣味なんだよ」


「なるほど。では、私も孤羽くんがタイツフェチという無駄な知識を頭の片隅に入れておきましょう」


「蒸し返すな蒸し返すな。せっかく話題変えたのに」


「ふふ、冗談です」


 人の性癖をおちょくった飴宮さんは、おかしそうに萌え袖で口元を押さえた。




 * * *




「……」


 というようなやり取りが昨日あった。なぜ、今朝登校して飴宮さんの姿を見るなりそれを思い出したかというと、飴宮さんのタイツの色が昨日より薄くなっていたからだ。美脚効果とおしゃれ度数がグンと上がり、それこそ最近のJKみたいになっていた。


「あれ、タイツ変えた? ……あ、いや、そういうと俺が人のタイツの厚さを逐一覚えてる変態みたいになるか……」


 無意識に軽いセクハラをかましてしまった。頭をかきながら弁解の方法を考えていると、飴宮さんは頬を赤らめてそっぽを向いた。


「た、たまたま、家にこれしかなかったので」


 そう言いつつも、飴宮さんはずっとこのタイツを履いてくるようになった。


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