第7話「狼」
「ずっと座学ってのも気が滅入るだろうからな、今日はグループで教科書の読解をしてもらう。4人くらいでグループ作れー」
現代文教師のオッさんは、授業か始まるなりそう言った……えぇ、そんな、俺は座学好きだよ……グループ作るのが面倒くさいだけだけど。俺たちが飽きないように色々と工夫を凝らしているのだろうが、この手のエンターテイナーな教師はぼっちにとって敵だ。
あと、「4人くらい」という曖昧な設定もいただけない。これがキッチリ「4人」だったら、外れ者は自動的に3人グループに組み込まれるだろう。
……ただ、これが柔軟性の高い「4人くらい」になると、3〜5人が範囲になるため、外れ者の受け入れ先が消滅する。マジでグループ制度は滅びろ。トラウマは日常にも転がってんだよ。
まぁ、ぼっちにとって憂鬱な出来事でも、クラスの連中からすれば楽しいイベントなのだろう。オッさんの言葉を聞いた連中は席を立ち、いつもの仲間同士でわいわいとグループを作り始めた。
「……」
めんどくせ。
欠伸しながら立ち上がり、隣で硬直している相棒に改めて挨拶する。
「じゃ、よろしく飴宮さん」
「……よろしく、お願いします」
飴宮さんは俺の方を見て、ぺこりと一礼した。こういうとき、隣がぼっちで良かったと思う。4人組でもなんでも、とりあえず2人組さえ作っておけばなんとかなる。あとは俺たちみたいなはぐれ組を見つけて吸収合併してしまえばもう終わりだ。このままふたりで強行するという選択肢も増える。
教室を見回してはぐれ組を探していると、教科書を抱いた餅月さんが現れた。
「孤羽くん達ふたり? 一緒にやろ」
「お……よろしく」
友達の多い餅月さんがはぐれとは意外だな……4人組を作るのくらい苦労しないだろうに。
「私、今日はハッちゃんと一緒にやろうって決めてたから」
そんな疑問が俺の視線から漏れ出ていたらしい。餅月さんは、飴宮さんに向かってにっこり笑ってみせた。どうやら俺は眼中に無いらしい。別に良いけど。
「うぅ……餅月さん……」
感嘆の声を漏らし、飴宮さんは頰を染めた。餅月さんはそれを「可愛いなぁ」とか言いながら、飴宮さんを抱き寄せる。なに、百合展開なの? ガールズラブなの? 俺は蚊帳の外で見守ってれば良いんだね?
「……空いてる?」
仲睦まじいふたりをボーッと見ていると、どこからか出てきた男がぶっきらぼうに尋ねてきた。思わず二、三歩たじろぐ。
「お、おう……」
狼月 眞白。クラス内では一応一軍ボーイグループと付き合っているものの、基本的には俺と同じく一匹狼。クールな性格で、表情の変化に乏しく、常に仏頂面なので何を考えているのか全く分からない。過去に暴力沙汰で停学食らったとか、ここら一帯の裏番長とか、実は狼男なんじゃないかとか、黒い噂が絶えないミステリアスかつクラス一の危険人物。
全体的にウェーブがかかった、銀にも見える明るめの黒髪を無造作に伸ばしたヘアスタイル。能力アニメの主人公かっつーの。長身痩躯で、スタイル抜群。何より、男の俺から見てもかなりのイケメンだ。噂では他校に彼女がいるらしい。いろんな意味で俺とは違うタイプのぼっち。
「よろしく」
「お、おう……」
短い挨拶を交わした狼月は、ポケットに手を突っ込み、ぼんやりとクラスの様子を眺め始めた。好き好んで俺たちと一緒にいるわけではないということだろう。
「よろしくね、狼月くん!」
そんな近寄りがたい狼月にも、餅月さんは持ち前の明るさで気さくに話しかける。怖くないのだろうか。まぁ俺に話しかけてくるくらいだし、狼月に話しかけてもなんら不思議ではない。
「……え、あぁ」
自分が話しかけられると思っていなかったのか、狼月は間が抜けた声を出した。それから、罰が悪そうに頭をガリガリとかいている。
「よーし、全員グループ組んだかー? じゃあ適当な机にグループで固まって座れー」
教科書の読解はつつがなく進行された。現代文が得意な飴宮さんが意見を出して、餅月さんがそれを上手くまとめる。俺? 俺は現代文が苦手だから、下手に口出しして混乱させても悪いし基本的には黙ってる。いや、これは俺なりの優しさね。まぁ、得意だったら嬉々として女子二人の会話に混じっていくのかと言われるとまた別の話だけど。
「――だと思うんだけど、どうかな、孤羽くん?」
ずっと黙っている俺に気を使ったのだろう。餅月さんが俺に意見を求めてきた。
正直、何の話をしていたのか全然分からないし、何についての意見を求められているのかも見当がつかない。だが、餅月さんは本気で俺の意見を参考にしたいのではなく、これはずっと黙っている俺を話し合いに参加させるための社交辞令なので、ここで餅月さんに詳しく説明させて話の腰を折るのは違う。
ここまで0.2秒。これから、この問いかけに対する最適解を導出する。
「あぁ、そんな気がする」
100点。
「ふーん。じゃあ狼月くんはどう思う?」
「……え、いんじゃね」
外の景色を見ていた狼月も、同じような反応を示した。お前も絶対話聞いてなかっただろ。
「ふたりともホントに私の話聞いてた? 顔とか反応が上の空だったんだけど?」
餅月さんは悪戯っぽく俺たちの目を覗き込んだ。このまま流せばいいものを、非常に絡みにくい俺たち相手でも友達のように自然にふるまうあたり、餅月さんのコミュ力は本当にすごい。実は俺のこと好きなんじゃないか、などとうっかり勘違いしそうになる。
「いや、俺現代文よく分かんないから……」
「どこらへんが分からないの? 私でよければ教えてあげるよ」
なぜか教える体勢に入った餅月さんの後ろで、飴宮さんもスチャッと教科書を構えた。
「分からない所……アレ、現代文の存在意義だな。余計な世話なんだよ。日常会話が出来ればそれで良いじゃねえか。作者の意図なんて知るかよ。そもそも、私立理系を志望したら国語なんて受験で使わないし」
「うわぁ……ひねくれてる……」
現代文を完全に論破したな……と確かな手応えを感じていると、餅月さんが素で引いていた。後ろで飴宮さんも引いててちょっと傷ついた。
「いや、まぁとにかく、得意な方たちが頑張ってください、ってこと。適材適所って言うだろ」
「上手くまとめたつもりなのかな……」
「そうには見えないです……」
渾身の力説を餅月さんと飴宮さんに否定されてちょっと悲しくなった。いや、いいんだ別に。俺みたいな奴のことを理解しろなんて無理な話だよな……。
「――孤羽」
と、今まで沈黙を守ってきた狼月が口を開いた。全く感情を読み取れない語気。……な、なんか怒らせちゃったか? コイツ、暴力沙汰を起こしたって噂だし、クールに見せかけて案外沸点が低いのかもしれない。「くだらねーこと言ってんじゃねえ! きめぇんだよ!」とか言われるんだろうか。
「なんだよ……?」
全身の汗腺から放出される冷や汗を知覚しながら、相当の覚悟をして呼びかけに応えた。殴りかかられることを想定して、逃げられるように椅子を軽く引く。
「分かる。現代文ダルいよな」
怒るでも殴るでもなく、狼月はそう言って微笑した。初めて見る彼の笑顔は、風貌に似合わず、くたびれたように脱力したものだった。
「……だよな」
思いもよらない答えに、思わず拍子抜けした。どのくらいかというと、「だよな」の3文字を絞り出すのに苦労した程度には拍子抜けした。今まで狼月のことを危険人物とばかり思っていたが、 その人物評価には修正が必要なようだ。
そんな俺たちを、餅月さんがニコニコしながらこっちを見ている。余計な世話だ。飴宮さんも頰を染めてこっちを見ている。BLとか考えているんだろうか……やめてくれ……。