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第76話「趣味」

 

 今日から冬服だ。しばらくぶりのネクタイは巻き方を忘れてしまい、とりあえず俺流セミウィンザーで横着した。セーターを着ているとまるで毛布に包まれているように暖かく、思わずあくびが出てしまう。


「おはよ」


「おはようございます」


 隣の席の飴宮さんと挨拶し、自席につく。飴宮さんも冬服のセーターを着ていた。袖余らせるやつしててなんかすごい最近のJKっぽい。現役JKに向かって言う感想ではないけど。


「もうめっきり寒いっすね」


「そうですね。長袖の季節、です」


 軽く言葉を交わすと、飴宮さんは「むっ」と唸って自分の胸元をちょんちょんと指差す。


「ネクタイ、曲がってますよ」


「マジか。久々のネクタイは慣れないな」


 飴宮さんの指摘を受け、ネクタイの位置を手探りで修正する。そのさまを飴宮さんは物珍しそうに眺めていた。


「なんだか、大変そうですね。女子は、リボンつけるだけなので、簡単なのですが……あと、直ってないですよ、まだ」


「あ、そう……いや、それより、飴宮さんネクタイ持ってないの? 女子用の学校指定のやつ」


「任意購入の装飾品なので、いらないな、と……そんなお洒落、似合わないし……というか、孤羽くんネクタイゆるすぎですよ。見栄えがパッとしないのは、それが原因ですね」


「窮屈な格好は苦手なんだよな……」


 ぼやきながら結び目を少しだけ締める。


「全然変わってないです」


 痺れをきらした飴宮さんは俺のネクタイをつかみ、きゅっと締め上げた。その動作でふわっと良い匂いが漂う。


「……」


 不意に距離を詰められて、何も言葉が出てこなくなる。そんな俺を見て、飴宮さんはにこりと微笑む。


「うん、かっこいい」


「や……やめてくんない。そういうの」


 あの日……『Inside Identity事件』が起きてからというものの、飴宮さんはよりなついてくるようになった。あのとき俺が本音を包み隠さずぶちまけてしまったのが結果的に功を奏したんだろうか。仲良くなるのはいいことだが、たまに反応に困るようなこともされるようになった。


「……そうだ。飴宮さん、ちょっと聞いてくれない?」


「なんですか? なにか、悩みごとですか?」


 言葉とは裏腹にちょっとワクワクしてる飴宮さん。そんな顔されても困る。


「別に悩みごとってほどじゃないけど、最近、新しい趣味がほしいなぁと思ってな……なんかない?」


 訊いてみると、飴宮さんはうーんと小首をかしげる。


「読書……を勧めるのは、ありきたりですかね。では、書くのはどうですか?」


「書く……って、自分で小説を書くのか?」


「はい。自分の心の中にある物語を、この世界に映し出すんです。書いた小説は、自分の中に秘めておくのもよし、知り合いに読んでもらうのもよし、ネットに投稿するのもよし、です……どう、ですかね」


 飴宮さんは遠慮がちにこっちを見てくる。俺が小説……? 物語を創作するのは中二病ノート以来だが……。


「いや、ないないない」


 苦笑しながら首を横に振った。




 * * *




 学校から帰宅して早々、部屋に引きこもり机の上にCampusノートを広げている俺がいた。勧められたときは否定したが、小説執筆という思いもよらぬ趣味の存在を咀嚼しているうちに、だんだんと興味が湧いてきたのだ。


「……」


 小説……か。ラノベはそこそこ読んでるからそれっぽいのは書けそうだけど。一番重要なのは方向性だな。


 とりあえずタイトルを最初のページに書いてみる。


【Bloody Rain Carnival / 堕天使たちに血染めの運命を捧げし哀しき道化師ピエロは墓前に嗤う】


「……」


 首を振り、書いたばからのタイトルを消しゴムで消す。いかんいかん……これじゃ中二病ノートとなんら変わらないぞ。もっとこう、色々と知識のついた今だから書けるような……。


【魔女っ娘みるくは私立探偵! 〜探せ! カプチーノちゃんの宝物! 編〜】


「……」


 消しゴムで消し、たまったカスを吹き飛ばす。ちょっと振り切りすぎたかな。思いっきり深夜アニメのノリだ。てか、カフェにちなんだ名前のキャラクターが出てくるアニメどっかで観たことあるし。


【転生したら世界最強の種族になってた件】


「……!」


 これだ。


 一見ありがちな主人公最強系に見せかけて、さえない力士がモンゴル人に転生して相撲界の頂点を獲るという王道サクセスストーリー。そこらへんのラノベとは一味違うハイセンスな展開。いけるよこれ。マンネリ気味のラノベ業界に神風吹き荒れちゃうよ。


「ククク……」


 腹の底から沸き上がる笑いを堪えながら、夢中でペンを走らせる。最高の気分だ。やはり俺は天才なのかもしれない。


『俺こと安田たかしは、トラックに轢かれて死んでしまった。次に目が覚めると、そこは社会の教科書で見たような、いわゆるゲルの中だった。状況を把握しようと周りを見回すと、』


「……」


 ここまで書いてペンが止まる。どうしよう、ゲルの中がどうなってるか知らないし、そもそもモンゴルのこと全然知らねえ……まぁどうせ誰も読まないから好きなように世界観捏造してもいいけど、まぁちょっとだけ調べてみるか……。




 * * *




「――ということで、モンゴル人は相撲が強いんだってよ」


 翌日。飴宮さん相手にモンゴルのうんちくをひたすら垂れ流していた。モンゴルについて調べていたら、小説そっちのけで止まらなくなってしまったのだ。


「新しい趣味はモンゴル博士ですか?」


 飴宮さんは呆れたように微笑した。


ちなみに作中の中二病タイトルは、作者のリアル中二病ノートから引用してきました。原題は『泣けない道化は墓前に笑う』で、賞金狩りのガンマンと記憶喪失のシリアルキラーの二人組の話だった気がします。

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