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第75話「双葉」

 

 帰宅。


「……」


 悶々とした心情のまま、自室のドアを閉じた。飴宮さんと別れてから、同じシーンがずっと脳内でリピート再生されていた。


 ――もし、私のことなんて嫌いになっても、私は、あなたのこと、ずっと好きだから……


「……そういう意味じゃねえって。勘違いだ勘違い」


 その台詞が耳から離れず、頭がどうにかなりそうだった。邪念を振り払うように頭を振る。


 ――好きだから……


 意識から追い出そうとするとかえって意識してしまう。今にも泣き出してしまいそうだった儚げな瞳のきらめきすら、より鮮明に脳裏に浮かび上がってきた。


「……なんなんだよ」


 頭をがしゃがしゃとかきむしる。こんな日は部屋に引きこもってラジオでも聴きながらぼんやりとマンガを読んでリラックスして、昂った心を鎮めたい。


 ラジカセの電源をつけ、窓から外の景色に視線をくべていると、双葉の部屋からものすごい悲鳴が聞こえてきた。落ち着いた空気が台無しである。


 ダダダダダッ! と廊下を全力疾走する足音が聞こえたかと思うと、ドガァンッ! と俺の部屋のドアが蹴破られる。


「……」


 アメリカのアクション映画ばりのテンションで現れたのは、肩で大きく息をしている双葉。虫嫌いの双葉は、自分の部屋に虫が出るとこうして俺のところに駆け込んでくるのだ。普段は思春期特有のツンツンした調子で当たってくるのにお化けとか虫は昔と変わらず怖いままなの可愛い。


「どうした双葉、またスリッパの中にムカデが潜んでたのか?」


「は? いや、そんな怖すぎる経験一回もないから……で、出た。出たの」


「出たって、今度はなんだ? まさかゴ――」


「……ヤモリ」


「なんだよヤモリかよ。ゴキが出たときと同じテンションで騒ぐのやめてくれないかな。身構えちゃうだろ」


「お兄ちゃんも虫嫌いなのに逆になんでヤモリのときだけそんなに冷静なの……? いいから、お兄ちゃんさっさと駆除してきてよ!」


「なんだよ駆除って。いいか? アイツはな、家に住みついた虫とか蜘蛛を食べてくれる、虫嫌いにとっては家の守り神にも等しい存在なんだぞ? 爬虫類特有の怪獣チックな外見もカッコイイし、ぺたぺたぺたーって壁歩くところとか超ギャップ萌えだろ。それを駆除だなんて――」


「わーかったようっさいなぁ! ほらさっさとついてきて! ヤモリいなくなる前に!」


 必死の形相をした双葉にシャツを引っ張られ、双葉の部屋の前に連行される。


「……ひさびさだな。双葉の部屋入るの」


「やっぱいい。来ないで」


「そうか……力になれずに残念だ。それじゃ双葉、ヤモリは任せたぞ」


「うぐぐ……」


 双葉は唸りながら俺のシャツの裾を掴み、反対の手で部屋のドアを開けた。ちょろい。


「ふーん、意外と片付いて……なかったわ。そこら辺に服脱ぎ散らかすなよ。特に制服なんてちゃんとハンガーかけないとシワになるだろうが」


 女の子の部屋とは思えないようなズボラっぷりだ。とりあえず床に落ちている制服のスカートを拾い上げてシワを伸ばす。俺はおかんかよ。


「か、勝手に触るな! てか、そんなのどうでもいいからヤモリ駆除してってば!」


 双葉に怒られ本来の目的を思い出し、双葉の指差す方に視線を合わせる。ドアのすぐそばの壁に小さなヤモリが貼りついていた。あら可愛い。捕まえて俺の部屋で飼いたい。


「……」


 息を殺してにじり寄ると、生命の危機を感じたヤモリはぺたぺたぺたーっと一目散に双葉の部屋から廊下に逃げていった。ちっ、逃したか……元気でやれよ。


「ほれ」


「んと、とりあえず……ありがと」


「あぁ、じゃな」


「あ……っと、さ」


 双葉が俺を呼び止めた。


「もしかして……アレ、気にしてる? ちょっと前のやつ」


「やべえ同じ言語を操っているとは思えないくらい何言ってんのか分かんねえ」


 冗談半分に言うと、双葉は罰が悪そうにそっぽを向く。


「だから……アレだよ。文化祭終わった日、双葉が『友達とつるむなんて、お兄ちゃんじゃないみたい』って言ったの。今朝、寝坊してるお兄ちゃん起こそうとしたら、没個性を暗示した悪夢でも見てるみたいな寝言言ってたの、たまたま聞いちゃったんだけど」


「え、寝言聞かれちゃった? 恥ず……ん? 俺、今日思いっきり寝坊して遅刻したんだが? せっかくならちゃんと起こしてくれない?」


「踏んでも蹴っても起きなかったの! 悪夢にうなされてて! ……いや、だから、お兄ちゃん昔から自意識過剰だし、ただのぼっちなだけなのに一匹狼な自分カッコいいとか思ってそうだから、もし、双葉の言ったこと、気にして病んでたなら、悪いな、って……」


「そんなこと気にするくらいなら自分の制服にシワつく心配しろよ。それに、あれのおかげで大切なことに気づけたし、双葉には感謝してるくらいだ」


 そう言うと、双葉はほっと安堵のため息をついた。双葉なりに結構気にしていたらしい。


「お兄ちゃん昔から友達いないから、双葉だけにかまってくれてたでしょ。でも、友達ができて、夏休みとか、双葉の代わりにその子と遊んでるって思ったら、なんかモヤモヤしちゃって……双葉だけのお兄ちゃんが、知らない人に取られるのが、寂しかったんだ」


 双葉は少し寂しそうに微笑する。


「なにお前、普段そんなこと考えてんの? 中学生になって急に当たり強くなったから、もうお兄ちゃんなんてうっとおしいお年頃なのかなとばかり……」


「そんなことない……ただ、昔みたいに素直になれなくて、どう接すればいいか分かんなくて、こんな喋り方になる……けど、うっとおしくなんかないから」


「なるほど。ではこの現象を思春期ツンデレ略してしゅんデレと名付けようか」


「あーなんかそれ超キモいわ」


 双葉に容赦ないツッコミを入れられる。いや、で、でも……ニュアンスはなんとなく合ってるでしょ?


「……今度、新しい服買おうと思ってんだが、双葉、よければ一緒に選んでくれないか?」


 デートの誘いを持ちかけると、双葉はこくりとうなずく。


「ん」


「じゃ、今度な」


「じゃね」


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