第71話「遅刻」
思いっきり寝坊した。
「……」
登校日。イヤホンで音楽を聴きながら朝の電車に揺られていた。通勤ラッシュを見事に乗り過ごしたいつもより1時間は遅い電車。もう絶対に間に合わない。
「ふわぁ……」
絶対に間に合わない時間というのは、いくら急いだとしてもどうせ遅刻は免れないわけで、かえって諦めがついて気が楽だ。1時間も遅れてるんだからあと数分遅れても誤差の範囲、と時間に縛られない気楽さを感じる。
ガラガラの座席に座り、右から左に流れていく景色をぼんやりと眺める。働いている街の姿を見ていると、俺だけこんなにのんびりしててすいませんね、と思ったり思わなかったり。電車の揺られる感覚と、全身を包み込むあったかい暖房のせいで思わず二度寝しそうだ。
周りには制服を着た乗客はおらず、暇そうな大学生やばーさんがポツリポツリと居るだけだった。この空間においては俺だけが異端な存在。
「……」
そんな話はどうでもいい。こうして音楽を聴きながら電車に揺られていると、アニメのOPを演じているような気分になるのは誰しも一度は経験したことがあるはず。俺の場合はそんな自分に酔ってしまい物憂げな瞳を窓の景色にくれてしまう。そして窓に映った自分の顔を見て現実に戻る。
こうしている間だけは、孤独の世界の住民になれる。孤独の世界はやはり心地良い。
……飴宮さんと一緒に電車に乗ったのは、ショッピングモールに行ったときだったか。あのときも座席はガラガラだったけど、隣に座るのはなんだか気が引けて結局最後まで立ってたんだよな。
また一緒に太鼓の達人やろうって言って、まだ一回もやってねえな……誘い方が分かんないからな。誘うといえば、喫茶店で勉強してたら、誘ってもいないのに偶然来たこともあった。シロノワールのチェリーをレロレロしたら、想像以上に笑ってくれて嬉しかったな……。
「……」
孤独の世界にいながら、気づけば飴宮さんのことばかり考えていた。
「……」
駅に到着して電車を降りたが、あと5分待ってから行くとちょうど休み時間の頃に学校に着く。駅のベンチでゲームでもして時間潰すか。授業中の雰囲気を壊して教室に入っていくのってあんまり好きじゃないんだよな。悪目立ちするから。
同じ学校の奴が誰もいなくて広い通学路をゆったり歩き、学校に到着する。休み時間の廊下は俺以外の生徒も歩いているが、通学鞄を持っているのは俺だけなので遅刻してきたのだと一眼で分かる。
帰りてーなと心の中で毒づきながら教室に到着し、休み時間の喧騒に紛れて自席につく。計算通り、俺に気づいた人間は誰一人として居ない。……飴宮さんを除いて。
「おはようございます。遅刻ですよ」
本から顔を上げて挨拶する飴宮さん。遅刻を咎めるような口調だが、待ちわびたような笑みが隠せていなかった。まるで主人の帰りをずっと待っていた小動物のようで、見ていて頰が緩む。
「おはよ」
週1投稿が続いてしまいすみません。
10月14日に卓球編をさらっと改稿したのですが、特に報告した訳でもないのにそれに気づいて読み直してくれている読者さんたちの存在をアクセス解析を見て気づき、ありがたい限りです(昨日プロローグもちょっと書き直したのでよければ読んでみてください)。
現在、本作を書くにあたって避けて通ることのできない壁にぶち当たって悪戦苦闘しています。が、半端なものを出す気はないので、もう少しだけ考えさせてください。