第69話「蓼」
文化祭が終わったのでさっさと帰ろうと思ったら、飴宮さんに「打ち上げまでが文化祭、です」とファミレスに付き合わされた。
「じゃ、なに……文化祭の終了を祝して」
「それを言うなら、成功、でしょう……乾杯っ」
向かいに座った飴宮さんがコップを軽く合わせてくる。ふたりだけのささやかな祝杯だ。
「いやー、お疲れさまでした。厨房班、ブラックすぎましたね」
「あーもうマジやってらんねーよ。二度とゴメンだ。あと、飴宮さんもメイドお疲れ。似合ってた……って、狼月も言ってた」
「狼月さんも、ですか。ふふ」
「……言葉の綾だよ」
言い間違いを修正するが、飴宮さんはやたら嬉しそうな顔でニコニコと笑う。
「今頃、みんなは焼き肉食べてるんでしょう、ね」
「なにそれ、俺誘われてないんだが……てか、打ち上げやりたいなら普通に行けばよかったのに。せっかく誘われてんだし、メイド役で大活躍したならちやほやしてもらえただろうし」
「孤羽くんと、打ち上げしたかったんです」
「趣味わりーな……」
「蓼食う虫も好き好きということで、孤羽くんは、ステーキやハンバーグに付いてくるパセリは、食べる人ですか?」
「食べるな。別に貧乏じゃないけど、残したらパセリ分の金を無駄にした気になるし、癖が強い風味が嫌われて皿の隅に追いやられてるところとか見ると、つい感情移入しちゃうからな……」
「フルネーム、『孤羽芹人』ですもんね。『羽芹』に感情移入するのも、なんだか分かります。まぁ、お洒落なアイスにたまについてくる飾りのミントの葉っぱまで食べるのは、私くらいでしょうが……」
「あまり俺を見くびるなよ。そのくらい普通に食う。なんなら、刺身についてくる菊の花も醤油つけて食う」
「気が合いますね……って、文化祭の打ち上げらしい話、全然してないじゃないですか」
* * *
「……」
家に帰る頃には家族も夕食を食べ終えていた。シャワーを浴び、リビングのソファでぐだぐだしていると、双葉が隣に座ってきた。普段は俺を避けているのに、珍しいこともあるものだ。
「文化祭お疲れ。パピコいる?」
「助かる」
手を伸ばすと、双葉は真面目な顔でパピコの先端部分をちぎって渡してきた。え、いやパピコ……。
「俺が知ってるシェアと違うんだが」
思わずツッコむと、パピコをくわえた双葉は堪えきれない様子で破顔した。これはアレだろう。双葉なりのコミュニケーションなんだろう。そう思いこみ、先端に申し訳程度に詰まったパピコを一気に口に入れる。少量でもパピコはパピコだ。
「お兄ちゃん、最近変わったよね」
「分かる? 自分でも最近身長伸びてる気がする」
質問の真意が読めなかったので適当に返すと、双葉は俯いて頰を膨らませる。
「あのぼっちのお兄ちゃんが、文化祭の時も楽しそうで、打ち上げにも参加してたし、夏休みだって、友達と外に遊びに行ったりして……双葉と全然遊んでくれなかったし」
双葉はもそもそと言い、そっぽを向いてパピコを吸う。
「なーんか、お兄ちゃんじゃないみたい」
そう言い残し、双葉はソファを立った。どこかに去っていく。その様子をぼんやり目で追いかけた。
――お兄ちゃんじゃないみたい。
双葉の言葉が、時間が経っても溶けずに心の底に残る。
「じゃなんだよ、俺は誰なんだよ」
天井に言葉を投げかけ、ひとつあくびを垂れる。全身を包み込むソファの柔らかい感触に疲れきった心身が耐えられるはずもなく、俺は意識を失った。