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第62話「君が居た夏は」

 

「な、なんじゃこりゃ……」


 かき氷屋を探していると、隣を歩く飴宮さんが素っ頓狂な声をあげた。なんだよ……と訊くと、飴宮さんはゲーム機の箱を指差す。


「これ……『PS4』じゃなくて、よく見たら『P54』、でした……」


 パッケージを見ると、飴宮さんの言う通りのパチモンだった。『5』を思いっきり『S』に似せた悪意しかないフォント。射的屋で遠くで見てたときは気づかなかったが、冷静になって見ると明らかに安っぽい。原価激安だな。2日で壊れそう。


「あのオッさんのが一枚上手だったということか……騙しやがってあのハゲ」


「いいんですよ。経験と思い出を買ったんです。元を取ろう、だなんて考えるのは無粋ですよ」


「飴宮さんも俺より一枚上手だった……」


 途中で綿菓子を買い、かき氷屋を探してさまよっていると、ソースの良い匂いが漂ってきた。あそこのお好み焼き屋からだろう。それにしてもかき氷屋無いな……。


「よっ。そこの兄ちゃん。お好み焼き食ってかない?」


 頭にタオルを巻いた屋台のお兄さんに声をかけられた。


「いや別に――」


 反射的に断り文句が口を突く。そのまま素通りしようとしたが、足がピタリと止まった。この声、どっかで聞いたことあるような……。


「……狼月⁉︎ いや何してんだよ」


 お好み焼き屋のお兄さんはヤンキー一匹狼ぼっちの狼月眞白だった。白いタオルで長い銀髪をまとめ、黒Tシャツに前掛け。無骨な格好がワイルド系のイケメン顔に似合っていて腹立つ。


「親父の手伝い。後で金貰えんだよ。てかお前、何でひとり(・・・)で祭り来たの?」


「え……?」


 隣を見るも飴宮さんはいなかった。飴宮さんは俺たちに背を向けてひたすらお面屋を物色している。知り合いに偶然会うというハプニングに、咄嗟に他人のフリをしてやり過ごしているらしい。


「……それはアレ、かき氷でも食ってこうかなーと」


 嘘を吐くコツは真実を混ぜること……。


「変わってるなお前。ところで、お好み焼き食わない? ぼっちのよしみだ、サービスするぜ」


「もらうわ」


 狼月は店の奥から竹串に刺さったお好み焼きを出してくれた。


「タダで食う飯美味い……ん、なんかこれ辛くね? うわ辛っ! いや何だよこれ! 辛っ!」


「何って、唐辛子お好み焼きだが? なにお前、辛いの苦手?」


 狼月は頭をかき、クーラーボックスからペットボトルのお茶を差し出した。奪うように受け取り一気飲みする。ほっと一息。


「160円な」


 狼月は右の手のひらを差し出す。


「はぁ⁉︎ こ、これ売り物⁉︎ 普通くれたのかと思うだろ! 汚いぞお前!」


「俺が売り物だと言う前に勝手に飲んだのはお前だ。金払えよほら」


「こんのクソ外道……最初からこれが目的で唐辛子お好み焼きなんか――」


「さァ、何のことやら。普通のお好み焼きも美味いぞ! ぜひ買ってみてくれ!」


「二度と来るかバカヤロー!」


 叩きつけるように金を置いて屋台を後にした。タダより高いものはないという言葉の意味を身をもって理解した。


「……災難、でしたね」


 他人のフリをしたままさりげなく近づいてきた飴宮さんが声をかけた。


「やれやれだぜ……あ、あれ、かき氷屋だ」


 かき氷屋に着いた。例によって行列を待ち、俺はいちご、飴宮さんはブルーハワイをゲットする。少し歩き、祭りの喧騒から離れた神社の石段に腰かけた。


「なんか……もう疲れたな」


 かき氷を貪りながら、俺は隣に座る飴宮さんに話しかけた。


「ですね……ずっと歩きっぱなしだったし、はしゃぎ疲れました」


 ポツリと言い、飴宮さんはストローのスプーンを咥えた。祭りに来てからずっと興奮気味だったのか、白い頰が上気している。


「飴宮さん……」


「なんですか?」


 なぜ呼びかけたのか、自分でもわからない。いつもなら絶対にしないのに、祭りの熱に浮かされて、夏の暑さに騙されて、かき氷に視線を落とす彼女の横顔に見惚れているうちに、俺はどうかしていた。


「『夏祭り』……あれ、太鼓の達人の定番曲だけどさ、歌詞、最後まで知ってる?」


「言われてみれば、知らないです」


「……だよな、俺も知らね」


 かき氷を食べながら、ポツリポツリと言葉を交わす。火照った身体と燃えるようだったハイテンションが、冷たいかき氷によって冷やされていく。今はそれが心地よくて。


「奇跡……ですよね。人との出会いって」


 飴宮さんは透き通るような声で呟いた。


「なんだよ、ポエマーかよ」


「茶化さないでくださいよ……私たちのクラスって、本来別クラスになるべき文系と理系の志望人数が今年度はあまりに半端だから、やむなく合併したものじゃないですか。だから、もし文理選択が例年通りだったら私たちが接点を持つことは無かったし、奇跡的に同じクラスになれても、席替えで奇跡的に隣の席にならなかったら、今頃一緒に夏祭りなんて……」


「……」


「それ以前に、私が孤羽くんと同じ高校を選ばなかったら」


 ……俺が第一志望校に落ちなかったら。


「中学時代にいじめられなかったら……私はきっと友だちと同じ地元の高校に入学して、『コミュ症ぼっち』の私と孤羽くんが出会うことは永遠になかったはず……」


 逆もまた然りだ。コミュ症ぼっちの飴宮さんは、俺が非リアぼっちだからこそ、過去の俺が非リアの道を歩んできたからこそ、親しみやすさにも似た敷居の低さを感じて声をかけられたのだ。


「そう考えると、すごいことに思えてきませんか? 私たちが出会えたこと」


 飴宮さんはニコリと微笑んだ。俺の隣に飴宮さんがいるこの日常は、無数の分岐点と神の悪戯が重なり合って生まれた、奇妙であり掛け替えのない、そしていつか残酷に消えてしまう、流れるように変わりゆく人生のほんの一瞬なのだろう、と柄にもなく考えてしまった。


「ま、そうかもな……」


 俺は空を見上げた。闇に散った星々がきらきらと光る。


「――孤羽くん。こっちを、向いてください」


 諭すような艶っぽい声に、俺は思わずドキリとする。心臓の鼓動で祭りの喧騒はかき消され、世界に俺たちしかいないかのような感覚を覚える。


「なんだよ……」


 俺は恐る恐る飴宮さんと向かい合った。顔が近い。眼を合わせるのが辛い。いつもは何でもないのに。




 飴宮さんは唇を開き、ペロッと舌を出した。ブルーハワイ食べてたから色素が移って真っ青。


「ひは、はっはほへひょ、ふふ(舌、真っ青でしょ、ふふ)」


 俺に向けられた無邪気な笑顔に、ふっと肩の力が抜ける……何を期待してたんだ俺は。


「何だよそれ……」


「一回やってみたかったんです。これ」


「くっだらね……あ、そうそう忘れてた。やってみたいと言えば俺も――」


 俺はりんご飴を飴宮さんに持たせた。


「飴宮さんりんご飴似合うなー」


「似合うってなんですか」


「いやほんと、浴衣と相まって似合ってる」


「ま、またそんなことを……」


「ほんとだって。ちょっと写真撮っていい?」


「……私でよければ、ご自由に」


 照れた様子の飴宮さんを、俺はスマホカメラで撮影する。今日限りで永遠に見られなくなってしまう浴衣の飴宮さんの綺麗な姿を永遠に存在させ続けるために、俺はシャッターを押した。


「さて、今日で夏休みも終わって明日から学校ですねー」


「さらっとエグいこと言うなよ……」 


 明日から、2学期だ。


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