第61話「夏祭り」
来たる夏祭り当日。俺は、会場の最寄り駅構内の改札手前で飴宮さんと待ち合わせしていた。約束の時間より早めに着いたので、イヤホンで「夏祭り」を聴きつつ人間観察で暇つぶし。
改札を抜けていく浴衣姿の若者の群れが目立つ。1人や2人、同じクラスの奴とばったり顔を合わせるかも知れない。まぁ向こうは俺の顔なんて覚えてないだろうし、もし知ってたとしても俺のような人間が夏祭りに行くはずがないという先入観に囚われて他人のそら似と思いこむだろう。何から何まで計算づくだぜ。
ボーっと人の流れを眺めていると、改札に向かうその他大勢の足音から外れて、からんころんという軽やかな下駄の足音が、ゆっくりとこっちに近づいてきた。
「こ、こんばんは……」
浴衣を着た美少女に声をかけられた。え、誰……飴宮さん⁉︎ いや浴衣似合いすぎだろ!
赤い花が可憐に咲いた薄桃色の浴衣。紅色の帯を胸の辺りで締めて、普段は後ろで結んでいる髪はいわゆるお団子ヘアでアップにまとめられていて、花の髪飾りが揺れている。右眼を隠した長い前髪と、髪をまとめたことで際立った白いうなじが艶っぽい。
「わ……私は、別にいいって言ったんですよ。でも、私、中学入ってから友達いなかったから、友達とお祭りなんて滅多なことなので、お母さんがどうしても自分の浴衣を着せたい、と……」
そう言って、飴宮さんはちらっと俺の方を見た。さすがの俺でも何を求められているのかくらい分かる。
「生まれてくる時代間違えたんじゃないの」
「はぁ」
「いや、その……似合ってて綺麗ってことだよ言わせんな」
「そんな、き、綺麗だなんて……言いすぎですよ。前髪長いし、暗いし、私なんかが浴衣着たら、幽霊ですよ幽霊」
口ではそう言いつつ、飴宮さんは頰を真っ赤にしていた。浴衣は着付けが面倒くさいし、着たら意外と暑いし、動きが制限されて歩きづらいと、華やかな見た目に反してクソダルい服装らしい。……いや別に昨日ネットサーフィンしてたまたま見つけたサイトにそう書いてあっただけだから。苦労をねぎらう意味も込めて会ったらまず褒めてあげましょうとかそんな言葉に踊らされたわけではないから。
「なんか……隣歩くのがこんなんで悪いね。俺ももっとこう浴衣とか……が似合うイケメンに生まれたかったな」
「着てみたら、案外似合うかもしれません、よ」
何気ない飴宮さんの一言。仮に来年以降の夏祭りで浴衣を着る機会があっても、飴宮さんにその姿を見せることはないだろう。来年は受験勉強で祭りどころではないし、再来年なんて高校を卒業している。俺は理系の大学に進む予定で、飴宮さんは少なくとも文系だ。そう考えると飴宮さんに悪いことをした気になるが、これが最期の祭りなら、心火を燃やして楽しもうとも思える。
「さて……まぁぼちぼち行くか」
難しいことを考えるのはその辺にして、俺たちは改札を抜けた。夏祭り会場の神社までの大通りは、夏祭り目的の家族連れや学生の群れ、カップル、大学生風の不純な男女グループ等で混雑している。飴宮さんは危なげな足取りでちょこちょこと隣を歩いている。慣れない下駄と浴衣で歩幅が狭く、歩くのが大変そうだ。
「わたっ」
言ったそばから、飴宮さんはバランスを崩して前につんのめった。咄嗟に隣を歩いていた俺の腕に縋りつく。
「す……すみません、まだ慣れなくて」
「別に……まだ時間あるから、ゆっくり行こう」
「ですね……」
駅から歩くこと数分。神社に着く頃には、すっかり陽が沈み夜だった。ピーヒョロロと笛の高音が響く祭囃子に、活きのいい縁日の客引きの声、浮かれた人間たちの喧騒。所狭しとひしめき合う露店の照明とずらっと並んだ提灯の灯りが煌々と闇を照らし、まるで別世界に迷い込んだような感覚すら覚える。
「すごい……夏祭り、きらきらしてます……」
「よし……行くぞ英雄王、小銭の貯蔵は十分か?」
「もちろんです。さ、早く行きましょ!」
飴宮さんは俺の手を取って、小走りで露店の灯りに向かった。楽しそうに左右に揺れるお団子ヘアからふわっと髪の香りが弾ける。
光に惹かれる虫のように露店エリアに着いた俺たち。周囲は人混みでごった返し、熱気に溢れる祭りの空気を全身で感じる。
「まずはたこ焼き! たこ焼き買いましょ!」
はしゃぐ飴宮さんに押されるように、たこ焼き屋の行列に並んだ。やがて番になり、飴宮さんは屋台のオッさんに400円を渡して、たこ焼きを一舟受け取った。食欲をそそるソースの匂い。白い湯気が立ち、かつお節が躍る。
人の波から離れた所で立ち止まり、飴宮さんはたこ焼きを竹串で刺し、一口齧った。
「熱い、けど美味しい。ただのたこ焼きなのに、こうして食べると別物のように美味しいです。孤羽くんもどうぞ」
「いいのか? 悪いな、ひとつ頂こう」
俺もたこ焼きを口に入れた。
「はふ」
「猫舌、なんですね……」
その後は焼きそば、焼き鳥、焼きとうもろこしと、欲望の赴くままに食べ歩きした。腹ごしらえも済んだところで、俺は目ざとく射的の屋台を発見する。
「射的やろーぜ射的」
「いいですね」
俺たちは射的の屋台に向かった。やはり射的は定番のようで、先客が4、5組並んでいる。見た感じ飴宮さんは夏祭りビギナーな雰囲気なので、俺は少しアドバイスを垂れることにした。
「飴宮さん。射的に限らず縁日のゲームってのは、店側のオッさんが必ず儲かるように仕組まれてる。カモにならないための戦いは、並んだ時から既に始まっているんだ」
「そんなに殺伐としてるんですか……」
「射的は銃選びから始まる。ほら、あそこ、銃が3丁あるだろ? 全部同じように見えて、整備不良か故意かはさておき、あの中には弾が真っ直ぐ飛ばない外れ銃がある可能性が高い。先客のプレイを観察して優秀な銃を見極める必要がある」
順番を待ちながら、俺と飴宮さんは後ろから銃の観察。プレイヤースキルを差し引いても強いのはダントツ左の銃だな……。
と、1組前のカップルが弾を撃ち尽くしたようで、飴宮さんの番になった。飴宮さんは屋台のオッさんに小銭を渡し、銃とコルクを受け取った。……銃の横にある内部のスプリングを圧縮するレバーに手こずっているので代わってやる。
「い、意外と本格的な銃、ですね」
飴宮さんは銃を抱いてコルクを詰めた。重量もそこそこあり、オモチャっぽくないデザイン。小さい男の子はワクワクするやつだけど、飴宮さんもワクワクしているらしい。両手で構えて、ゴルゴ13ばりに照準に視線を合わせる。右眼、前髪で隠れてるけど大丈夫なのか?
少し不安に思ったが、俺は最後のアドバイスを贈ることにする。
「ゲーム機とか、これ見よがしな目玉商品なんか狙ったらまさにオッさんの思う壺だ。あんなん射的銃のパワーじゃ倒れない。ここは多少欲を無くしてお菓子の箱を――」
パン! という発砲音と、重い箱が倒れる音。
「やったぁ! ゲーム機当たった!」
「やれやれ、当てるだけじゃなくて倒さないと景品は――えぇ?」
台の上のゲーム機の箱が倒れていた。飴宮さんは屋台のオッさんからゲーム機の大きな箱を受け取っていた。「いやー参ったな、もう来んなよ」とにこやかに飴宮さんと言葉を交わすオッさん。視線が俺に移る。顔から笑顔が消える。
「ひどいよおにーちゃん、勝手な想像で人を詐欺師扱いしてさぁ……」
オッさんに小声で、物凄く凄まれた。光の無い冷たい瞳に睨まれる。ジャパニーズ・マフィア、コワイ。
「さ……さて、飴宮さん、次は金魚すくいでもやらね?」
いづらくなった俺は、飴宮さんを連れてそそくさと射的のオッさんの視界から消えた。
こんばんは。夏祭りと言えば夜ということで、今回は変則的に夜投稿です。




