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第60話「写真」

 

 プール遊びは休憩して、昼食の時間。木陰の中のレジャーシートにて。


「……」


 売店で買った昼食のカレーを食べ終えた俺は、ペットボトルのアクエリアスを一口飲んだ。ふと現在時刻が気になり、スマホのスリープを解除した。


 [どう]


 [楽しんでる?]


 [写真送ってよ]


 逸部からLINEが数件届いていた。なぜこいつは俺のLINEを知ってるんだろう。


「……」


 隣に座った飴宮さんはホットドッグを齧っている。セルフサービスだからって狂ったようにマスタードかけやがって。もはやホットドッグじゃなくてマスタードパンだよそれは。


「飴宮さん」


 スマホのカメラを構えながら呼ぶと、飴宮さんはホットドッグから顔を上げた。すかさずシャッターを切る。


「……あっ、ちょっと。今、写真撮りました、よね?」


 俺の一連の動作から何かを察した飴宮さんは、俊敏な動きで俺のスマホ画面を覗き見た。水着JKの盗撮で現行犯逮捕である。


「いや、逸部に写真送れって言われて……」


 しどろもどろに正当な理由を言うが、飴宮さんは首を横に振った。


「だ、ダメですよ、その写真は。眼、半開きですし、ほっぺにマスタード、付いてますから……」


「はいはい……あ、やべ、送信しちゃった」


「ちょ、ちょっと!」


「冗談冗談」


 俺は飴宮さんをなだめてスマホに視線を落とした。その隙に飴宮さんは口の端のマスタードを舌で舐め取る。


「……」


 ――瞬間を、すかさず待機させていたカメラで連写した。うん、思惑通りやんちゃな感じになってる。


「い、言ったそばから!」


「別によくね? こういう自然な瞬間を切り取った写真の方が、見てて一緒に居るような感覚するじゃん」


「『盗撮』を、『自然な瞬間を切り取った』とは……ものは言いよう、ですね……」


「さて……良い写真が撮れたところで、午後はどうする? どっか行きたいとことかある?」


 飴宮さんの納得を得られたかは定かではないが話を切り替えると、飴宮さんは待ってましたと言わんばかりに入り口で配布していた場内地図を開いた。


「ふふ。午後の予定は決まっています。これです」


 飴宮さんは地図の写真を指差した。


「……ウォータースライダー?」




 * * *




 ウォータースライダーは長蛇の列だった。長い長い順番待ちを経て、俺たちの番がやってきた。空に登るような階段を何段も上がって、頂上のテラスに着く。


「うお……たけえ……」


 よせばいいのにテラスから下を見て、思わず声が漏れる。プール全体が一望できてしまった。もう心臓バクバク。こんな高所から滑り落ちるなんて完全に狂ってる。


「今更、リタイア……なんて、言いませんよね?」


 ワクワクしてる飴宮さんはゴムボートに乗りこむ。円形で、ちょっとした川ならくだれそうなくらい大きく、4人乗りなのかボートの中に手すりが4箇所付いている。俺も飴宮さんと向かい合わせで座り、手すりにしがみついた。


「た、楽しみだな」


 複雑に曲がりくねった、流しそうめんのように水が流れているスライダー。俺たちを乗せたボートはまさに流しそうめんのように流され――


「行ってらっしゃーい!」


 係のお兄さんがゴムボートを押し出した。泣きごとを言う隙も与えず、憎き笑顔が見る間に遠ざかる。


「うわああああああ!」


 施設全体を一望できてしまう高さから滑走するゴムボート。景色がものすごいスピードで後ろに流れ、視界が右に左に1回転。もう自分がどこを向いているかすらわからん。暑い日差しの中、頰を切りまくる風と時折上がる水しぶきが身体を冷やす。と、ほんの少し気を抜くと、遠心力に任せて空に放り出されそうな急カーブを通過。大いに肝を冷やした。


「まっ……」


 マジでバカじゃねえの何で安全柵とかないの。コーナー曲がりきれずにボートごと真っ逆さまだよこんなん。


「きゃーすごーい! あははははっ!」


 最高にハイになった飴宮さんは楽しそうにはしゃいだ。風を浴びて前髪が流れて、前髪で隠していた右眼があらわになる。


 子供みたいに無邪気な飴宮さんの笑顔。太陽に反射してキラキラ光る水しぶき。一刹那ごとに変わる彼女の表情ひとつひとつに、俺は視線を奪われていた。カメラなんて構えていたら、今この瞬間の飴宮さんを見落としてしまう。写真には映しきれない美しさを眼に灼きつけた。




 * * *




「いやぁ、楽しかったですね」


 レジャーシートを引き払い帰り支度を済ませて、更衣室に向かう道すがら。隣を歩く飴宮さんは、そう言って俺に微笑みかけた。


「マジ疲れたわ……ウォータースライダーってあんな過激な乗り物なんだな。滑り台みたいなもんだと思ってたわ」


「ふふ。孤羽くん、意外とビビりですよね」


「いや別にビビりじゃねえし。リアクション芸だから」


 無駄とは思いつつ強がってみせると、飴宮さんに笑われた。会話が途切れる。遠ざかっていく水しぶきの音に耳を傾けていると、じきに何も言えなくなった。


「……楽しかった、ですね」


 俯きがちの飴宮さんは、どこか寂しそうに呟いた。傾きかけた陽が飴宮さんの顔に陰を作る。楽しい時間が終わってしまうのは悲しい。俺だって寂しい。


「もう、夏休みも終わりですね……」


 プールで遊び疲れたせいで、現実に抗う気力すら奪われていた。幻みたいに楽しかった束の間の夢から醒めるカウントダウンは、すぐそこに迫ってきていた。


「飴宮さん、祭り好きか」


 気づけば、そんなことを口走っていた。自分でもよくわからない。ただ、飴宮さんの笑った顔をもう一度見たくなった。それだけだ。


「お祭り……ですか? アニメとかで観て、楽しそうだなぁとは思いますが、本物のお祭りは、小さい頃に行ったきりで……」


「来週さ……俺の近所の神社で夏祭りあんだけど、よければ、い、一緒に……」


 言いながら、心臓のバクバクか止まらない。一緒だと? 俺は何を言っているんだ。逸部とかと行けば、となぜ言わなかった――


「わ……私でよければ、喜んで……」


 飴宮さんは照れた様子でOKしてくれた。


「あ、いや、ありがと。じゃ、詳しくは後で……」


 頰を染めて俯いている飴宮さんの横顔を見て、痒くもない首筋をかいた。人生初なんじゃないの、俺が誰かを遊びに誘うって。さっきから言いようのない興奮で胸がドキドキして頭がどうにかなりそうだ。


 あっという間に更衣室前に到着する。


「写真、撮りません、か? 洋服に着替える前に」


 すると、飴宮さんは唐突にそう言った。今更感がすごい。


「いや俺写真映り悪いからな……」


「人を散々盗撮しておいて、なんなんですか、今更」


 飴宮さんはスマホカメラを起動させ、自撮りモードにした。逸部の見様見真似か、横画面で腕を伸ばす自撮りフォームを習得していた。俺が見切れているので半歩近寄ってくる。近いっつーの。


「孤羽くん、もっと笑ってください」


「悪いけど、作り笑いは苦手でな……」


 はいチーズ、という掛け声に合わせてシャッターが切られる。ニコリと微笑んだ飴宮さんの傍らに佇む変な男が俺だ。


「ふふ……」


 写真を見て飴宮さんは微笑む。写真には映らない美しさがあるとは言ったが、この写真を見る度に、俺は今日の色鮮やかな美しさを思い出すだろう。


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