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第5話「罰ゲーム」

 

 ある日の昼休み。


 俺は、とある女子に呼び出されて体育館の裏に来ていた。日陰でひんやりとしていて、校舎の喧騒を遠くに感じる。体育館の裏はちょっとした異界だ。ツタとかよく分からない植物生えてるし。


 ……すっとぼけるのも大概にして、知っての通り、体育館の裏というのは定番の告白スポットとして昔から親しまれている。そんな聖地に俺を呼び出した罰当たりな奴は誰かというと、こちらに小走りでやってくるあれだ。


「ふう……ごめん、待った?」


 乱れた前髪を整えながら、その女子――逸部そるべさんは俺に話しかける。


 逸部そるべ 柚子ユズ。同じクラスの女子で、カースト上位のギャルグループに所属している。容姿は優れていて、ゆるふわウェーブがかかっているセミロングの金髪に、ギャルの象徴とも言える超ミニスカートがトレードマーク。どちらも校則違反なのは言うまでもない。


「別に。で、話って何?」


 他己紹介をさらりと終え、簡潔に返事をした。逸部さんはもじもじしながら頰を桜色に染めて、上目遣いでこっちを見つめる。


「その……ずっと前から、孤羽くんのこと、好きだったんだ。あたしと付き合ってください」


 子犬のように潤んだ目に見つめられた俺は小さく微笑んだ。言うべき返事は決まっている。なんなら呼び出された時点で決めてた。


「そんな言葉は、本当に大切な人のために取っときな……どうせこれ罰ゲームの告白だろ?」


「…………」


 逸部さんは時が止まったように硬直する。俺は微笑んだままくるりと踵を返して、茶番の舞台を後にした。


 教室に戻る道すがら、さっきの行動を脳内でリプレイする。……うん、自分も相手も傷つかない最善の返しだと思うのですがどうでしょうか。やはり何回も経験すると、上手い返しが思いつくものですね、ははは。


 中学時代、俺の中で天使みたいなポジションだった早川さんに罰告やられた日には、もう人間不信になりましたよ、はは。今でもちょっと人間不信だけど。面白半分で純情を踏みにじるのはやめようね!


「……」


 だが……と、一陣の風が吹き抜け、心を荒らした。


 もしあれが本当の告白だったら、可哀想じゃないか――


「くっだらね……」


 口元を歪めて自嘲気味に笑った。自意識過剰な自分が気持ち悪くて、思わず鳥肌が立つ。あるはずがない妄想をして現実を見失ってしまうのは日陰者の悪い癖だ。そもそも、会話すらしたことがないから、逸部さんが俺に惚れる要素なんてひとつもないんだよな。




 * * *




「うぃー振られてやんの振られてやんのー」


「童貞殺しのユズ敗れたりー!」


 孤羽の姿が見えなくなった頃、近くの茂みから逸部の友人二人が出てきた。逸部と同じく派手に髪を染めた彼女らは、ニヤニヤ笑いながら逸部を冷やかす。


「ちょっと孤羽ェ! なにあたしの告白断ってんだァコラァ!」


 逸部は、さっきまでの可愛らしさをかなぐり捨てて地団駄を踏んだ。それに合わせて友人達は爆笑した。


「いやー、にしても孤羽つまらんわー。暇つぶしにもならんかったわ」


 友人の一人が、どこの方言ともつかない言語を使い、悔しそうにスマホをいじった。


「それなー、ノリ悪すぎ。なにスカしてんのアイツ」


「何回も経験して慣れてんじゃね? ウケるわ」


「かわいそー」


 友人二人が駄弁っている中、逸部はひとりわなわなと肩を震わせる。


「いやおかしいでしょ……孤羽の分際で、超絶可愛いこのあたしの告白断るとか……イミ分かんない」


 逸部は怒りと屈辱に拳を握り締めた。




 * * *




 翌日。


 いつもより一本早い電車に乗った俺は、時間に余裕を持って教室に着いた。今日の夕方にスレイブドールの期間限定イベントあるから、残って掃除してる暇とかないんだよ。いつぞやのサッカー部の台詞を真似してみる。


 自席に向かうと、なぜか逸部が座っていた。城が……! 俺の城が乗っ取られた!


「……げ」


 思わずそんな声が漏れる。ぼっちの唯一の拠り所である席に勝手に座る奴なんなの? こっちは、そいつが席を立つまで、特に興味ない掲示物とか読みふけりながら待つ羽目になってんだぞ。


「あ、おはよう、孤羽!」


 俺の城を乗っ取った罪人は、悪びれる事なく満面の笑みを向けてきた。


 隣にギャルが座っていて怖いのか、飴宮さんは地蔵のように微動だにせず読書している。まぁそんなのは知ったことではないが、城主が現れたんだからさっさと帰れ。


「……何の用だ、罰ゲーム女」


 早く帰ってほしいから棘のある言葉を突き刺すと、逸部は不満げに頰を膨らませた。抗議するような上目遣いで俺を見つめる。


「罰ゲーム女とか言うなし。逸部柚子だし。……昨日の、怒ってる?」


「どうだろうな。面白半分で告白してくる奴に好印象受けるとは思えないけどな」


 じっとりした目で逸部を睨むと、彼女も思うところがあったのか、気まずそうにうつむいた。


「……昨日は急にごめん。でも、あれは罰ゲームとかじゃなくてガチな告白だから。昨日は伝えられなかったから、どうしてもそれだけ伝えたくて……」


「嘘つけ、何だその半笑い……どうせこれも罰ゲームなんだろ」


「くくく……あははははっ! ダメだ、こういうシリアスな嘘無理だ! あはは、じゃーね!」


 ひとしきり笑って、逸部は場を後にした。別れの挨拶か、俺にヒラヒラと手を振る。


「害悪め……」


 ボソリと呟き、やっと空いた席に座った。逸部の、香水や柔軟剤などが混ざり合った女の子の残り香に、少しクラッとする。椅子の温もりが、余計なことを想像してしまう。


「おはよ、飴宮さん」


 まだ隣で固まっている飴宮さんに声をかけると、彼女は催眠術から解けたようにハッと俺の顔を見た。


「……おはよう、ございます」


「今日から期間限定イベント始まるな」


「そう、ですね…………あ、あの」


 得意のスレイブドール談議を中断して、飴宮さんは会話を切り出した。わざわざ身をよじり俺と向き合う。


「逸部さんと……な、なにか……」


 本のしおり紐を指でくるくるさせながら、飴宮さんは遠慮がちに口を開いた。やっぱり気になっちゃったか。まぁ隠すようなことでもないけど。


「別に大したことじゃない。昨日、罰ゲーム告白の相手にされただけだよ」


「そうですか……え、あの、そ、そそそそそれで」


「冗談。俺の身体は、三次元の女には発情しないように調教済みだよ」


「ですよね……私も、二次元しか愛せない、体質です。……安心、しました」


 そう言うと、飴宮さんはニコリと微笑んだ。


「何にだよ……」


 不意打ちの笑顔に動揺してふいと顔を背ける。笑った顔可愛い。うん。


 そんな騒がしい教室に、始業のチャイムが鳴り響いた――


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