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第56話「映画」

 

 まかり間違って金髪ギャルの逸部と映画を観る約束をしてしまった。約束を破れない慈愛の化身こと俺は、映画館の近くというアバウトな待ち合わせ場所に到着する。待ち合わせ時間よりは早く着いたが、行き交う人間どもが多すぎて逸部がどこにいるのか、そもそもいるのかすら分からない。あの髪なら目立つと思うんだけど……。


「孤羽ー! こっちこっち!」


 都会の喧騒に負けない大声で俺の名を呼ぶ逸部。おーいおーいと金髪が手を大きく振っているから、すぐに気がついた。テンション高いな。


 俺が向かうより早く、逸部の方からててててーっと駆け寄ってきた。脚のラインにフィットしたデニムのダメージジーンズ。大きめサイズでもあるが、常に右肩が露出されることを見込んで設計された、首回りが左右非対称の黒いカットソー。予想を裏切らないギャルっぽい服装。目のやり場に困るっつーの。


「遅いよ孤羽! 映画始まっちゃうじゃん!」


「急ぎすぎだろ……そんなに『宇宙戦士メタルブレイバー』好きなの?」


 俺たちがこれから観に行くのはイケメン俳優が主演の恋愛映画……などではなく、現在放送している特撮ヒーローの映画だ。メタルブレイバーとは俺たちの世代が小さい頃に放送していた特撮ヒーローで、十周年記念か何かで映画にオリジナルキャストでゲスト出演するというのだ。逸部はメタルブレイバーの隠れファンなのだが、ひとりで観に行くのは心細いので特撮オタクの俺が駆り出されたという種明かし。


「いやもう超好き! ちっちゃい頃、毎週観てたもん! オリキャスで映画に出るって聞いた時はもう絶対観なきゃ! って超楽しみで! 地球を征服しに来た悪の宇宙組織『アーク軍団』の殺人ロボット『メタルブレイバー』がバグで自我を持ち正義に目覚めて、組織に反旗を翻すんだよね。かつての仲間たちを破壊する葛藤を抱えながら敵の殺人ロボットたちと繰り広げるロボットものならではの派手なアクションも見ものだけど、地球の子供たちと触れ合って色んな感情を理解して、回を追うごとに人間くさくなっていくのが観ててほんわかするよね。今でもハッキリ覚えてるのが最終回で、ボスがメタルブレイバーの脳をハッキングして人間を虐殺する命令を出すんだけど、自我が消えていく中、子供たちの笑顔が走馬灯のように頭をよぎった彼は胸の自爆装置を――」


「……」


 オタク特有の早口から我に帰った逸部は「へへ」と頭をかいた。


「いや、この歳でヒーロー映画なんておかしいのは分かってるけど、やっぱ、ホントに好きなものは誰にも茶化されたくないし、一緒に楽しんでくれそうな人、孤羽くらいしか思いつかなかったから……」


 そういえば逸部は、俺のオタク趣味を冗談でもバカにしたことが一度もなかった。意外とちゃんとしてるんだな……。


「好きなものに年齢なんか関係あるかよ」


 映画館に入った。中はそこそこ混雑していて、薄暗い照明に、ディスプレイの広告映像の重低音が腹に響く。別世界に迷い込んだような映画館特有の雰囲気は、全身がぞわっとして心が躍る。


 俺が飲み物とポップコーンを買い、逸部がチケットを発行する。あっという間に準備が整った。


「まだ時間あるな」


 俺たちはフリースペースの長椅子に座り、会場時間を待っていた。俺はぼんやりと逸部に話しかけ、漫然とポップコーンをつまみ食いする。


「はりきりすぎたね。まだかな? ねぇまだかな?」


 逸部も、やたらつやつやした爪でポップコーンをつまみ口に入れる。


「ごふっ」


 逸部は数回咳き込み、慌てた様子でジュースを飲んだ。どうせ、緊張で口の中がカラカラな状態でポップコーンなんか食べたから喉に張り付いてむせたんだろう。


「……ってそれ俺のコーラじゃねーか!」


「え……? あぁ、ホントだゴメン。あたしのジンジャーエールあげる」


「やれやれ」


 俺は、逸部から貰ったジンジャーエールのストローに口を付ける。


「ほとんど口付けてないから大丈夫だよ」


 ほとんど(・・・・)って、口付けた後じゃねーか! と気付くと同時に口の中のジンジャーエールがゴボッとむせ返った。鼻がツーンとしてクソ痛い。


「は、早く言えよ……そういうのは……!」


「あははは! 孤羽! 鼻から! 鼻からジンジャーエール出てる! やばっ超ウケる!」


「ウケねーよ……」


 そんなこんなで時間を潰していると、スクリーンの入場許可が降りたアナウンスが聞こえた。俺たちは入場口でチケットもぎりおじさんにチケットをもぎられ、所定のスクリーンに向かう。既に照明がいくつか消された劇場内に入ると、逸部は慣れた様子で先導してくれた。薄暗い館内をスイスイーと歩き、指定された席に着く。


「……ちびっこ多いねー」


 チケットを財布にしまいながら、逸部がこそっと話しかけてきた。周りを見回すと、館内は子連れで埋め尽くされていた。


「まぁ、そりゃな。浮いてるな俺たち」


「け、結構恥ずいね……孤羽がいなかったらヤバかったかも」


 逸部は小さな声で弱音を吐いた。あの傍若無人な逸部の恥ずかしがっている姿はなんだか新鮮だ。喋らないでそわそわしてるとギャップで普段より可愛く見えるからやめろ。


「ねーおかーさん、あのおにーさんとおねーさん、デートかな?」


「こらこら、声が大きいよ」


 すると、後ろの席の幼稚園児くらいの男児と、たしなめるような母親の会話が聞こえてきた。


「デ……デ、デートだって。あのちびっこウケるね、ハハ」


 そんな会話を逸部は軽く笑い飛ばす。


「……」


 なにちょっと赤くなってはにかんでんだよ。もっと否定しろよ。そういう半端な反応されるとこっちも照れるから。


「なんで、おとななのにヒーローのえいがみるんだろうね」


「……」


「……」


 俺たちは恥じらいも忘れて凍りつく。


「男の方の趣味でしょ。女の子の方は明らかに恥ずかしがってるじゃない。マーくんは、ああいう自分の都合だけで物事を考える人になっちゃダメよ」


「うん!」


「……」


「……ゴメン」


 逸部が控えめに謝ってきた。別にいいんだ。俺は宇宙戦士メタルブレイバー。鋼の心は決して泣かない。




 * * *




 1時間ちょっとの映画を観終わり、映画館を出ると外はもう昼だった。映画館の薄暗さに眼が慣れたから、外の日差しがやけに眩しく眼に突き刺さる。


 時計を見ると時刻は正午を回っていた。俺たちは、都会の雑踏に揉まれながら駅に向かって歩いていた。とりあえず歩いてはいるが、これからの具体的なプランは無い。


「――昼どうする? ファミレスでも行かん?」


 すると、逸部が今ちょうど考えていた話を振ってきた。ファミレスは確かに、この道の途中にあった気がする。でもこの時間じゃな……。


「流石にこの時間は混んでるんじゃ……あそこのちっちゃい定食屋なら待たないで入れそうだけど」


 俺は、通りに紛れるように佇む小さな定食屋を指差す。多少ガタが来た民家風の外装。入り口に掛けられた藍色の暖簾。満席御礼、商売繁盛って感じではないけど料理は美味くて、知る人ぞ知る隠れた名店のような雰囲気。老夫婦が2人で昔から切り盛りしていて、内装は全席カウンターで、名物はナポリタンかカツカレー……と、一眼見てそこまで予想がついた。夕方のニュース番組で特集が組まれてそうな、()()()()な外装だった。


「ふーん……ま、いっか。ってか孤羽、普通に一緒に昼食べる前提で話してたね。断られるかもと思ったからちょっとビックリ」


「……別に。あの定食屋にものすごく興味が湧いたんだよ」


「へへ、孤羽になつかれた」


「うるせーよ。勘違いすんな」


「アンタのツンデレとかどこの層にも需要ないからね?」


 そんな会話を交わしつつ、定食屋の藍色の暖簾を潜った。引き戸をからりと開けると、いらっしゃい、という嗄れたばーさんの声に迎え入れられる。4人掛けのテーブル席が2つと、あとはカウンター席だけだ。カウンターの向こうの厨房からは無愛想そうなじーさんの顔が一瞬覗いた。予想とほぼ一致してちょっと嬉しい。


 他の客はカウンターに男がひとりいるだけだが、ばーさんに言われるままカウンター席に着いた。木製の長テーブルは風情があって良い。


「すごーい。なんか、人情食堂って感じだね」


 隣の逸部が内緒話のようにひそひそと話しかけてきた。この店の雰囲気に呑まれているらしい。


 適当にオーダーを済ませて駄弁っていると、隣の客の荷物が滑って俺の足にぶつかってきた。隣の客もすぐに気付いて「あっすいません……」と俺に会釈する。


 ……ってか、俺この顔見覚えあるよ。常に汗をかいていて、ピザデブ体型で不健康な猫背で黒縁メガネのブサイク――


「ファッ……⁉︎ 孤羽氏ではないか! こんな所で会うとは……ファッ⁉︎ そ、逸部氏と一緒のようだが、偶然……ではないでござるか……一緒に入店してきたからな……えっ? 一緒?いや嘘だ、ぼっちの孤羽氏がそんな……せ、拙者は夢を見ているのか……?」


 隣の客はなんとキモオタの木藻尾だった。何やら勝手に誤解して勝手にビックリして勝手に動揺している。


「何でこんなとこにいるんだよ……」


 想像以上にダルい展開になりそうだ。


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