第55話「餅月さん」
「なに……あのクマ欲しいの?」
俺は、餅月さんの視線の先にあるUFOキャッチャーの景品のクマのぬいぐるみを指して言った。餅月さんは子供のようにこくりと頷く。
「まぁ、欲しいけど、いいよ別に。私UFOキャッチャー苦手だから……」
「ふーん……」
俺は、UFOキャッチャーに近づきコインを投入した。こいつ近くで見ると意外とでかいな。ギリギリ枕にできるレベル。
試しにプレイしてみたが、アームはぬいぐるみを掴んだがするりと滑り落ちた。ぬいぐるみは僅かに移動しただけ。
「孤羽くん⁉︎ い、いや、いいって、わざわざ」
わたわたした餅月さんは、俺のシャツの袖をくいくいと引く。自分の何気ない一言で俺がUFOキャッチャーに金を溶かすのは申し訳ない、とでも言いたそうな顔だ。とはいえ、こっちもさっきの1回でスイッチが入ってしまったから止まる気はない。
「いいから見てなって。ポテトおごってもらったからな、借りを返すだけだよ」
餅月さんの制止を振り切り、俺は100円玉を投入してゲームを続行させる。アームでぬいぐるみを掴むが、ぬいぐるみは嘲笑うように滑り落ちる。また100円を投入する。滑り落ちる。入れる。落ちる。
「……」
改めてぬいぐるみの位置を確認する。初期配置よりも確実に穴に近付いている。何も、考えなしに金を溶かしていたのではない。ぬいぐるみの重心より少しズレた所にUFOをセットし、アームから滑り落ちを繰り返し、ぬいぐるみを移動させる作戦だ。残金的にも、あと1、2回で勝負をつけないと……。
期待を込めたUFOがぬいぐるみをむぎゅ、と掴んで離陸する。
「!」
と、UFOが何か釣り上げてきた。何か別のぬいぐるみだ。アームの先端が別のぬいぐるみのタグに引っかかりぶら下がるという意図しないミラクルが起きたのだ。金と運の結晶であるミラクルUFOは、危なげにぬいぐるみを輸送し穴に落とした。餅月さんは「すごーい!」と手を叩きはしゃぐ。
俺は、受け取り口からぬいぐるみを取り出した。
「……」
誰だお前! クマじゃなくてヒヨコじゃねぇか!
「格好付けようと思ったが無理だった……欲しいって言ってたやつ取れなくて悪い……」
俺はおずおずとヒヨコを餅月さんに差し出した。ヒヨコを持ち上げた衝撃でクマが取りづらい位置に移動したから、金とやる気が尽きた俺では再びの攻略は出来まい。
「そ、そんなそんな! 孤羽くんが私のために頑張って取ってくれたんだから、どれでも嬉しいよ!」
餅月さんはそうフォローして、ハッとした表情をした。
「こういうことか……」
* * *
「いやー、良い買い物しちゃった」
帰りの電車で、俺の隣に座った餅月さんは愛おしげにプレゼントの入った紙袋を抱いた。この時間帯は乗客はあまりいないので席には楽に座れる。ちなみにプレゼントはお洒落なハンカチ。
「難しく考えてたけど、孤羽くんのアドバイスで肩の力が抜けたんだ。ありがとう。大事にするね、このヒヨコちゃん」
餅月さんは、バッグから顔を出したヒヨコの頭を撫でた。そんな顔で喜ばれたら社交辞令でも照れるわ。
「別に……やりたくてやっただけだし、クマ取れなかったし。ま、飴宮さんなら、ヒヨコとクマ両方取れてたかもな」
「へー、ハッちゃんもUFOキャッチャー得意なんだ! いつか見てみたいな」
餅月さんは、UFOキャッチャーをプレイしている飴宮さんを想像して楽しそうな表情を見せる。その楽しげな顔のまま、でも……と、餅月さんは付け加える。
「これがデートの最中なら、他の女の子の話なんか絶対しちゃダメだよ」
「……参考までに。ま、そんな機会あればの話だがな」
「ふふ。孤羽くん、やっぱり面白いね。またいつか遊び行こうよ。そうだ、良かったらLINE交換しない?」
餅月さんはスマホを取り出した。
「別にいいけど……よく分からんから代わりにやってくれ」
「お、おお……じゃ、勝手にやっちゃうよ」
餅月さんは2台のスマホをちゃちゃっと弄り、あっという間に俺に返した。「さくら」が新しい友達に増えている。そして通知が1件。
[よろしくね!]
「……これ、LINEで言う必要ある?」
「良いから黙って返す」
独り言のようにぼやくと、スマホを眺めたままの餅月さんに言い返された。よく分からんが、俺よりLINEを使っている餅月さんがそう言うならそれが正しいんだろう。
【よろしく】
「堅いねぇ……」
「慣れてないんでね」
「慣らしてあげようか」
「いらんわ」
そんなこんなで餅月さんにイジられつつ、心地よい疲労感の中、帰りの電車に揺られた。学校で見せる隙のない(いや割と隙だらけか)学級委員としての姿だけでなく、人並みに悩んだり俺をおちょくったり無邪気にはしゃいだりと、餅月さんの色んな側面が見られて、餅月さんという人間を身近に感じることができた。




