第54話「プレゼント」
夏休み平日のショッピングモールは、家族連れが目立たない分、暇してる学生どもで全体的に客層が若い。
「……」
まぁ、俺たちも年齢層を下げている一因ではある。俺は、隣を歩いている学級委員の餅月さんに改めて視線を向けた。細い足首がちらっと見える、ボボボーボ・ボーボボのビュティみたいなワイドパンツに、大きめのTシャツをゆるくインしたキレイめカジュアル夏服コーデ。リップの色も学校の時より鮮やかで、片手に小洒落たバッグ持ってるし、なんかもう雰囲気が年上。学校で見せる優等生の顔とはまた別の魅力を引き出している。
「今日は来てくれてほんとありがとね。毎年妹と張り合ってるんだけど、今年は男の人の意見を取り入れてみたくて」
「……本当に良いのか? お父さんの誕生日プレゼントを選ぶ手伝い役が俺で」
「良いの良いの。私、一緒に買い物行けるような男子の友達、いないから……孤羽くんは、雰囲気が親戚のおじさんに似てるから気軽に誘えるっていうか、あぁ、もちろん良い意味で、ね」
最後に付け足し、餅月さんはうふふと笑った。大人っぽくて素敵な笑顔だが、そう言われると俺が餅月さんのストライクゾーンから思いっきり外れていると言われてるようでちょっとショックなんですが……無邪気って罪なものですね……。
親戚のおじさんの良い意味をひたすら探していると、餅月さんは腕時計をちらっと見た。
「こんな時間か……先にお昼行こっか。マックでいい? クーポン持ってるからポテトおごっちゃうよ」
俺もスマホで時間を確認する。……まだ11時を過ぎたばかり。
「早くね?」
「だって早く行かないと席が……あぁ、あんまりお腹空いてない?」
「いや。そういうことなら、善は急げだな」
エスカレーターを上がってマックに着いた。まだ午前だから席には余裕があるが、すぐに満席になりそうな賑わいよう。さすがはしっかり者の餅月さん。先々のことを考えて行動している。
注文を済ませて商品を持って、2人用のテーブルに着いた。俺のトレイに乗っているのはテリヤキバーガーとコーラ氷抜き。残った氷をガリガリ食べるのは好きだが、餅月さんがいる手前それはやりづらい。それに、氷抜きで頼むと氷の体積分ドリンクが増えるからお得、という都市伝説をネットで見た。
包装紙を剥いてテリヤキを齧った。美味いけど、包装紙丁寧に畳まないと鼻にソース付くんだよな、これ。ちなみに向かいに座った餅月さんはフィレオフィッシュらしい。
クーポンで買ってもらったLサイズポテトをつまみつつ、俺と餅月さんは中身のない雑談に興じていた。
「――へえ、孤羽くんも妹ちゃんいるんだ! いくつ? 可愛い?」
「中2。思春期真っ盛りだから何考えてるか全然分からん」
「私のも中2なんだ。もしかして友達だったりしてね」
「さぁ。それより、プレゼントはどうするんだ? なんとなく目処は立ってる?」
バーガーにかぶりついて顔を上げたら、餅月さんはふふっと吹き出した。
「孤羽くん……前髪にソース付いてるよ」
「は? え、嘘、ちょっ、あんまこっち見ないで」
「ほら、動かないで」
餅月さんはナプキン片手に俺に向かって手を伸ばし、前髪を拭いた。撫でるような優しい感覚と、香水の良い匂いがふわっと鼻に入ってくる。
「じ……自分でやるっての、ガキじゃないんだから」
「ご、ごめん……私、昔から妹の世話してたから、無意識に手が動いちゃうんだよね。別に子供扱いしてるんじゃ……」
口では弁解しながら、餅月さんはナプキンで俺の頬を拭いた。
「ほっぺにも付いてたよ。カワイイ」
「マジでやめてくれない……恥ずいわ」
「はいはい、もうやりませんよ」
口ではそう言ったものの、餅月さんはきっとまたやりそうだな、と想像し早々に諦めた。
* * *
マックで早めの昼食を済ませ、俺たちは文房具屋に来た。
「……にしても、餅月さん家って家族の誕生日ごとに全員でプレゼントあげてるのか。なんか仲良いな」
「まぁ、そういうことに、なるのかな? ふふ。やらない家もあるって聞いてビックリしたよ」
「ほとんどの家でやらないんじゃ……いや、俺友達いないから他の家の事情知らないけど……」
「あ、あはは……あっ、これとかどうかな? ボールペン。可愛いけど仕事でも使えそうなデザインじゃない?」
「いんじゃね」
「もう、適当に答えてるでしょ。ポテト分は働いてもらうよ」
「えぇ……ま、仕事で使うならこっちのデザインの方が無難っちゃ無難かな……」
「えーなんかそれは可愛くないし……」
「可愛さいらないだろ。考えてもみろ。お父さんが可愛いペンで仕事してる姿を……格好付かねーよ」
「むむ……まぁ、保留にしておきましょ」
続いて向かったのは、コスメや美容系のブース。最近は美容に気を使う男も増えてきているらしいし、お父さんにはいつまでも格好良くあってほしいという餅月さんの願いが――
「あはは! 見て見て! ゴルゴ13になれるフェイスパックだって!」
餅月さんは商品棚の一角で大ウケしていた。楽しそうで何より。
見ると、パックの外側にゴルゴさんの顔が印刷されていて、顔に付けるとスパイ映画の変装よろしくゴルゴさんの顔になるというおもしろ商品。何してんだよゴルゴさん仕事選べよ……。
「顔パックは……ハードル高い。なんか面倒くさそうだし」
「男の人って、やっぱり抵抗あるの? こういうの」
「まぁ少なくとも俺は。てか、パック付けてるお父さんを餅月さんが見たいだけだろ」
「あはは、バレた? じゃ他も見てみよう」
次に訪れたのは洋服店ストリート。どこもかしこも洋服店でひしめき合う激戦区。
「おじさんの私服って、どういうのが良いのかなぁ……孤羽くんは」
「俺のセンスは絶望的だぞ……」
お次はケーキ屋に足を運ぶ。
「お父さん、甘いの好きじゃないんだよなぁ……」
「じゃ何で来たんだよ……」
「甘い香りにつられて……」
あっさりケーキ屋を後にし、俺たちはあてもなくふらふらとさまよう。
「ねえええええどうしようううううう……ちゃんと考えたら意外と難しい……」
「難しく考えすぎなんじゃないの。いやなに、プレゼントってのは受け手からすれば、贈る人が自分を想って選んでくれたなら、どんな物でも嬉しいもんさね……」
「ちょっと良いこと言って今までの時間を無に帰さないでよ……あ」
ゲーセンを横切る際餅月さんの視線が、俺から俺の奥に移動した。ちらっと視線の先を見ると、ぬいぐるみが積まれたUFOキャッチャーがあった。顔に見覚えがあるなと思ったら、餅月さんのバッグに付いているキーホルダーのクマと同じキャラクターだった。
「なに……あのクマ欲しいの?」