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第49話「雨」

 

 昼休みが終わると、空を覆っていた雲がぐずり出し、ポツリポツリと雨を降らせ始めた。雨はすぐに勢いを増し、加減を間違えたホテルのシャワーのような土砂降りに変わる。テレビの砂嵐のような激しい雨音が強制的に耳に流れ込んできた。


「……雨、か」


 文庫本ラノベから顔を上げ、窓を眺めて俺は独り言を呟いた。いや、隣の席の飴宮さんにそれとなく話しかけたのかも知れない。自分のことを推測で語るのはおかしいことだが、俺はおかしな人間なので大目に見て欲しい。


「急に、降り出しました、ね」


 小説を読んでいた飴宮さんは、俺の独り言に反応した。


「どうしたもんかな。傘持ってきてないんだよな」


「案外、帰る頃にはカラッと、上がっているかも、ですよ」


「そんなコロッケみたいに言われてもな……ま、それを祈るしかないか」


 後のことは神に任せ、俺は小さくため息を吐いた。普段なら忘れるようなヘマはしない、かばんに標準装備されている折りたたみ傘。たまたま昨日も折りたたみ傘を使ったのだが家に置き忘れてきた。


「なんなら、その……わ、私の傘、いります、か?」


 傘を忘れた俺がやたら落ち込んで見えたらしい。飴宮さんは、俺にそんな提案を持ちかけてきた。毎度ながらありがたいけど、いやいやそれはいかんでしょ。


「……」


「い、いいいいや別にそ、そういうのではないですから。今日は午後から雨が降る予報だったので折りたたみ傘と別に普通の傘も持ってきた、ので……」


 俺の視線で何かを察した飴宮さんは、頰を赤らめて言葉を付け足した。ま、そうですよね。相合傘なんてファンタジーですから。現実知ってますよ俺は。別に何も期待しなかったし残念でもないよ。


「助かる。いつも済まないね」


「そんなそんな。孤羽くんのお役に立てたなら、私も嬉しいです」


 飴宮さんが嬉しいことを言ってくれる中、頭の中に素朴な疑問が浮かんだ。


「その場合、貸してもらう分際の俺は折りたたみ傘なのか?」


「……普通の傘、貸してあげます。折りたたみ傘は、人様には貸せないくらい、ぼろぼろなので」


「いやむしろ折りたたみ貸してくれ……なんでもいいけど、飴宮さんの傘ってあんまりガーリーな模様じゃないよな……? いや、貸してもらう分際だから別に良いんだけどさ……」


「ごく普通の黒い傘です」


「おお、そうか……なんかスイマセンね、貸してもらう分際で注文ばっかりで」


「いえいえ」


 罰が悪くなって頭を掻くと、飴宮さんは軽く肩をすくめて返事をした。


「……ホント土砂降りだな」


 締め切った窓ガラスに激突して砕け散る雨粒を眺めながら、俺はぼやいた。雨を眺めて黄昏ているのではない。動体視力を鍛えているのである。嘘である。


「孤羽くんは、雨は好きですか?」


 すると、飴宮さんはそんな質問をしてきた。俺は雨を眺めながら1秒だけ考えて、飴宮さんに視線を移す。


「嫌いじゃないが好きでもない。雨の日は、空気が冷たくて涼しいから、日差しが鬱陶しい晴れよりは良い。雨の匂いも良い。ただ、外出するには傘差さないといけないからその分ダルい。飴宮さんは?」


「雨より、飴の方が好きです」


「なめてんのか」


「飴だけに?」


「……」


 飴宮さんのオヤジギャグにリアクションが取れず絶句していると、彼女は「あははっ」と楽しそうに笑った。


「ごめんなさい、うざいですかね」


「まぁ……そこそこ」


「あはは……いえね、『あめみや』と言えば、大抵は『雨宮』じゃないですか。ご先祖様はよほど、飴が好きだったのかな、と小さい頃想像してた、ので」


 飴宮さんは微笑混じりに弁明した。なんとなく、幼稚園の頃の、黄色い帽子を被ったあどけないロリ宮さんの姿が頭に浮かんだ。元が童顔なので想像に難くない。なんか、延々と砂場ほじくり返してそう。


「もう一度訊くようだが、飴宮さんは雨好きなのか?」


「雨は好きですが……恥ずかしい話、雷が苦手で」


「飴宮さん、割とベタなもの苦手なんだ」


「すみませんね、意外性がなくて……雷に限らず、大きい音とか、あまり得意ではない、ので……あと、雨と言えば、なめくじも無理です」


「俺もだ。最近はかたつむりでも見かけるとゾッとする。そう言えば……かたつむりも塩振ると浸透圧で干からびるらしいな」


 興味本位で殻を砕いてみたよな……と、昔のオイタをうっかり口走りそうになるのを寸前で軌道修正した。ファインプレー俺。


 貴様なめくじにしてやろうか、とかたつむりの殻を指で摘んで……いや、止めておこう。心無い鬼畜の所業だが、好奇心だけは旺盛な幼稚園の頃の話なので勘弁して欲しい。そんな野蛮なことをしたらかたつむりはお星様になっちゃうから良い子は絶対真似しないでね! ただまぁ、あんな卵の殻にも劣る住み家でよくもまぁ俺よりボーッと生きているものである。


「言われてみれば、そうですね。その手の実験には、なめくじが実験台にされがちですけど、かたつむりも似たような種族ですし、ね」


「似た者同士なのに、でんでんむしむしかーたつむり、なんて子供たちに愛でられる一方で、殻が無いだけでなめくじは面白半分に塩振られて虐殺されるんだからな。見た目って中々バカに出来ない」


「一説によればなめくじは、陸上生活に適応する為に殻を捨てたかたつむりの一種、らしいですよ」


「安定を捨てて進化した結果迫害を受けて、何もせずに先人の後ろを歩いていった奴が愛されるのか……理不尽だ……」


「……」


「……」


「……何の話、してたんでしたっけ?」


「忘れた」


いつも読んで頂きありがとうございます。モチベに繋がります。感想評価くれるともっと繋がります。

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