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第4話「弁当」

 

 4限が終了し、昼休みを迎えた。昼食を摂るべくクラスの連中はバラバラと行動を開始する。


 どいつもこいつもまず友達同士で集まる。子羊ちゃんかっつーの。現代の日本社会に蔓延している動物的な集団欲求やその背景、ひいては日本の行く末について語るのもいいが、ここでそれぞれの友達グループの行動を観察していると、これがなかなか面白い。


 サッカー部と不良で構成された一軍ボーイグループはスマホ片手に食堂に行き、一軍ガールズはみんなで一緒に教室に残るか、日によっては食堂に行く。今日は教室の意向で行こうとしているらしい。洒落ではない。


 一軍が去ったことにより二軍男子の声が大きくなり、大人しめの女子グループはひっそりと机を寄せ合う。


 オタク系の日陰者は、リーダーの元に集まりアニメ談義で盛り上がる。


 このクラスに友達がいないから他クラスに逃げる奴もいるし、逆もまた然り。ぼっち飯もちらほら。


「……」


 というか、集団で飯食う奴なんなの? そもそも食事はひとりでするものだし、食事中にやたらと喋るのはマナー違反。それに、狭い空間で弁当を広げるとそれぞれの食材の匂いがミックスされてカオスな匂いになるよ。カレーとブルーベリーヨーグルトと納豆が混ざった匂いかぎなから白米食べたいか?


 くだない思考を巡らせながら、俺はかばんから弁当を取り出した。


「……?」


 あれ、おかしいな……俺の弁当二段なんだけどな……下の段しかないぞ。


「……」


 何度かばんの底を見ても、上半分が見当たらない。うむ、家に忘れてきたか……今日は寝坊してバタバタしてたからな……おい勘弁してくれよ箸も忘れたじゃねーか。


「……」


 箸は食堂で割り箸もらうとして、肝心なのは弁当の中身。おかず抜きで白米食うの苦手マンの俺は、中身がおかずもしくは白米じゃなくて炒飯チャーハン、と淡い希望を胸に弁当箱を開けた。白米。


「……」


 ま、まぁこんな日もあるさ。


 白米食うかー、と割り切って食堂に割り箸をもらいに席を立とうとした時。


「孤羽、くん……お弁当、忘れたんです、か?」


 隣の席の飴宮さんがたどたどしい口調で尋ねてきた。今までのくだりを全部見られていたと思うとなんだか恥ずかしい。


「ああ……バカだよな。米だけ持っておかず忘れてたわ」


「そう、ですか……あ、あの、もし差し支えなければ、その――私のお弁当、いります、か?」


 女神降臨した。


「い、良いのか? いや、ありがと、すげー嬉しい。じゃあ俺、箸忘れたから――」


 食堂に割り箸を貰いに行こうとしたら、飴宮さんは恥ずかしそうに頰を染めて、自分のスプーンを差し出してきた。


「さ、差し支えなければ、ぜひ……」


 い、いやいやいやいやいやいや……た、確かに今は未使用だが、今まで飴宮さんはそれを使ったことが一度だけでもあるはず。


 彼氏でもなく、女友達ですらない、男の俺がこれを使うのはマズいだろ。というか精神がもたない。


「……なんちゃって。私のスプーンなんて、使いたくない、ですよね」


 俺の葛藤を拒否ととった飴宮さんは自嘲気味に微笑し、スプーンを引っ込めかける。俺は咄嗟にそれを奪い取った。突然の出来事に、飴宮さんは驚いたような顔で見つめてくる。


「わざわざ食堂行くのめんどいしな……」


 それを直視出来ずにそっぽを向き、言い訳がましく言い捨てた。


「そう、ですね……あ、お弁当、どうぞ」


 飴宮さんはこぢんまりした一段弁当を差し出した。筑前煮、ホウレンソウのソテー、コロッケと卵焼きが二切れずつ、さくらんぼがプラスチックのカップで仕切られている。米はないのか……と思ったら机の上におにぎりが一個あった。女子って食べる量が少ないんだな。


「恩に着る……いただきます」


 俺は飴宮大菩薩様に合掌して、コロッケ一切れを自分の弁当に入れ、卵焼きはそのまま口に放り込んだ。甘い。


「あっ……」


 卵焼きを食べた瞬間、飴宮さんは困ったような声をあげる。


「え、な、なに? 悪い、卵焼き好きだった?」


「いえ……卵焼き、美味しかった、ですか?」


 飴宮さんは、なぜかそんなことを訊いてきた。「私が食べるはずだった卵焼きは美味いかコノヤロー」的な意味だったらものすごく申し訳ない。


「ああ。そりゃもう」


「良かった……。それ作ったの、私です」


「――っ」


「ちょ、ちょっと孤羽くん。なぜ、泣いてるんですか?」


 あたふたした飴宮さんに言われて気付いたが、いつの間にか感動の涙が一筋、頰に伝っていた。


「いや、悪い……つい」


 俺は目頭を拭いながら神に感謝した。ギャルゲー以外で女の子の手料理を食べる日が来るとは……いや相当痛いこと言ってるな俺。


「ふふ。孤羽くんは面白い、ですね」


 そんなどうしようもなく気持ち悪い俺を、飴宮さんは笑ってくれた。


「いやホントに。感謝し切れない」


「頑張って話しかけて、よかったです。き、嫌われないかとか、色々考えたんですけど、それでも、その、いつも優しくしてくれるから、こんな形でしか出来ないけど、恩返し、したかったです」


「返されるほどの恩を売ったつもりはないよ」


「……それに、一回やってみたかったんです、()()()()の」


 飴宮さんは照れくさそうに前髪をいじった。こういうの、とは友達と弁当の中身を交換したりすることだろう。案外子供っぽいところあるんだな。


「そっか」


 ポツリポツリと会話しながら、一切れのコロッケで米をかき込んだ。正直、コロッケ一切れではこの米を食べ切れる気がしないが、分けてもらってる立場上あまり図々しくできないし、なにより飴宮さんのスプーンを意識しすぎて米問題なんて気にならなかった。


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