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第46話「テニス」

 

 俺@テニスコート。


「……」


 体育着に着替えた俺は備品のラケット片手に、金網にぼんやりともたれかかっていた。クラスのやつらはお友達とテニスボールを打ち合ったりしている。俺が金網にもたれている理由は、単にボールで遊ぶ友達がいないからではない――


「いやー孤羽氏、今日はメチャ暑いでござるなぁ」


「まったくだ。お前が近くにいると余計に暑苦しいわ」


「デュフ、まぁそう言うなでござる。平成仮面ライダーの名前で山手線ゲームでもして気を紛らわすでござるか?」


「やめとけ。俺が勝つ未来しか見えない」


 人間観察を続けながら、隣で滝のような汗を流してハァハァしているキモオタデブの木藻尾を適当にあしらう。そう、今シーズン一番の日照りでバカみたいに気温が高く、体育の時間とはいえ極力動きたくないのだ。日本は亜熱帯雨林気候に近づいているらしい。迷惑な話である。


「ほら、そこー! サボらない! 評価下げるよ!」


 ひそかにサボっている俺たちを目ざとく見つけた体育教師のオバンが遠くから俺たちを注意した。面倒くさいので仕方なく日陰から出る。この時点で木藻尾とペア組むの決定である。


「だりーな……どっか別の日陰に入って、やってるフリしてサボろーぜ」


「まぁ、テニスコートが満員で入れないのは事実でござるしな。拙者も、これ以上汗をかいたら何か人間の尊厳的なものを失ってしまう気がする」


「お前がそんなもん大事にしてたとは驚きだな。まずはその言葉遣いからなんとかしろよ」


「耳が痛いな、だが口調を変えるかは拙者が決めることにするよ。てか貴様、侍を愚弄する気か? 拙者の波動球を喰らって散体しろ」


「うぜぇ……いや、散体の意味それで合ってるのか? サムライ8ちゃんと読んだ?」


「……」


「……おい」


 テニスコートは満員なのでその横のあたりでボールと戯れることにした。なるべく棒立ちで腕だけを動かす最小の動作でラケットを振っているが、この暑さのせいで全身から汗が滲み出てくる。強い日差しが毒攻撃か何かのようにじわじわと体力を奪い、ただでさえ暑くて鬱陶しいのに、それよりも鬱陶しい木藻尾の顔面にボールを叩き込まないように感情をセーブしているので余計にストレスである。


「あっ」


 余計なことを考えていたせいでラケットが乱れた。打ったボールを木藻尾の足元でショートバウンドさせてしまった。ボールは木藻尾から逃げるように遥か遠くに転がっていった。木藻尾はあれを追いかけねばならない。ご苦労さまである。


「孤羽氏ィィィィ」


「わりー手が滑った」


 恨めしそうに去っていく木藻尾の背中に小さく謝った。言葉とは裏腹に全然悪びれていない声になってしまったが特に気にしない。


「ねね、孤羽くんたち、場所ないの? よかったらここ、一緒に使わない?」


 ラリーが途切れたところで、俺たちの隣でやっていた女子がこそっと話しかけてきた。学級委員の餅月さんだ。動きやすいようにアップでまとめたポニーテールに、暑苦しさを感じさせない爽やかスマイル。制服の中で比較的露出度の高い体操着ですら綺麗め清楚に着こなす凄味の持ち主でもある。


「いらんいらん。俺たち、やってるフリしてサボってるだけだから。真面目にやってる人の邪魔はできないよ」


「邪魔なんかじゃないよ。ほら、私、球技大会でダブルス考えてるから、よかったら練習相手になってほしいなぁ」


 餅月さんは二の腕でラケットを挟んで、ぺたんと両手を合わせた。ひねくれた俺はダブルスのくだりは優しい嘘なのではと邪推してしまうが、ここは空気を読んで乗らせてもらうべきなのだろう……。


「餅月さんはいいとしても、ペアが黙っちゃいないだろ」


 ……が、急に俺と木藻尾なんかとテニスをさせられる羽目になった餅月さんのペアのことを考えると気が引ける。俺はテニスコートの領地なんかなくても何も困らない流浪の身ゆえ、餅月さんの申し出を断ることに抵抗はない。


「――私なら、歓迎ですよ」


「!」


 いつの間にか隣に立っていた飴宮さんにそう言われた。餅月さんのペアは飴宮さんだったらしい。この暑さなのに上着のジャージを着ている。


「だってよ」


「う……」


「なにしてるでござるか、孤羽氏。拙者とのデスゲームを再開――」


 ボールを拾って戻ってきた木藻尾の声が途切れた。言うまでもなく、俺が餅月さんと話していたことが原因。


「孤羽氏……な、ななななにゆえも、餅月氏と」


「木藻尾くんたち、場所ないんでしょ? 私たちとダブルスやらない?」


「――ファッ⁉︎ デュ、デュフフコポォオウフドプフォフォカヌポウ」


「あ、あの……孤羽くん、木藻尾くんどうしたのかな……」


「手遅れだな。あいつのことは忘れてふたりでテニスしてなよ」


 肩をすくめて別れ台詞を言うと、木藻男が俺の肩をガシィィィッ! と掴んだ。振り返ると、平静を装うつもりがとんでもない形相で俺を見ている木藻尾の顔のドアップ。俺の肩に縋るように立つな。手のひら熱くて湿ってんだよ。


「孤羽氏……貴様、ダブルスがやりたいとずっと言っていたでござるな。拙者は別にどっちでもいいが、今回は特別に助太刀してやろう」


「いや言ってないけど」


「え……あ、相変わらず天邪鬼でござるな、デュフフ。ぼっちの貴様にとっては奇跡的にも相手が見つかったというのに、チャンスをフイにする気か? デュフフ」


「は? 別に――」


「ほら……ゲーセン限定のあのぬいぐるみあげるからさ」


「で、チーム分けどうする?」


「切り替えはやいでござるな。そこに痺れる憧れるぅ」


 チームは男女で分かれることになった。この隣にいる腐れキモオタが仮初めの相棒だ。全員初心者だし、破壊力、スピード、射程距離、持続力、精密動作性オールEの木藻尾と俺の運動嫌いタッグなので、ゆるい打ち合いに落ち着きそうだ。


「それっ」


 気の抜けたかけ声をあげて、餅月さんはサーブを打った。上から打ちおろすタイプのちゃんとしたやつだったが、スピードは優しめだった。俺がなんとか返して、ゆるいラリーが始まった。得点を競うわけでもスマッシュを打つわけでもなく、ただラリーを楽しむ優しい世界。……いや、ラリーを繋ぐことが大事だから。肩の力抜こうな、木藻尾。テニスの王子様に影響されたか知らんけど、そのフォームお前がやるには無理あるぞ。大して格好良くもないし。


「!」


 視界の隅にチラつく変なデブにイラついていると、打ったボールがあらぬ方向に飛んでいった。左にいる飴宮さんの更に左を突いた、コートにギリギリ入った低い球。


「やべ、悪い――」


 咄嗟に謝ると、飴宮さんはスッと腰を落としてラケットを両手に持ち直した。ボールの軌道を見切って、腰溜めに構えたラケットを前に振り抜いた。未経験とは思えない、流れるようなバックハンドである。


「⁉︎」


 飴宮さんのバックハンドに、俺は驚きのあまり目を見張るばかりだ。なんであれ飴宮さんのスーパープレイでラリーは続行。


「上手いな……昔テニスやってたのかよ」


「少しだけ……です」


 ラリーをしながらネット越しに話しかけると、飴宮さんは褒められて照れるでもなく、淡白な返事をした。この猛暑でジャージなんか着てたら、まともに会話する余裕もないか。首とか汗だらだらじゃないか。


「孤羽氏!」


 飴宮さんを見ていたら、木藻尾に鋭く名前を呼ばれた。緊張感のある声に思わずちらっと見ると、木藻尾はシリアスな表情でこう続けた。


「下がれ。もっと拙者の引き立て役になるでござる」


「ドタマかち割るぞてめえ」




 * * *




 楽しい時間ほどあっという間に終わるもので、体育の授業は終了した。次の授業は教室移動があるので皆さっさとテニスコートを去っていく。俺もそれに漏れず、帰宅ラッシュの人の波に紛れる。


「ちょっとー! あそこのコートにボール忘れてるよー! 拾い行きなさいよー!」


 と、体育教師のオバンがコートに残されたボールを見つけて声を張り上げた。クラスの連中は適当なリアクションをして足早に逃げていった。普通にダルいし次の授業は教室移動だから遅れたくないしどうせ他の()()がやってくれるし。わざわざ俺が出張る理由もない。皆がそう思っている。


「向こうのコート使ってたの飴宮さんだよね。片してきなよ」


「あ、はい……」


 とある女子グループが近くにいた飴宮さんに命令した。飴宮さんは足早にコートに走っていく。ちなみに飴宮さんはそのコートは使っていない。俺を含めた全員が、飴宮さんにババを押しつけたのだ。


 まぁ社会勉強だよキミ、と自己弁護しつつポケットに手を突っ込んだら、中にテニスボールが入っていた。返し忘れたらしい。俺は小さく舌打ちして今まで歩いていた帰路をUターンして体育倉庫に向かった。


 鍵が開けっ放しの体育倉庫の中は、入り口から太陽光を取り入れているとはいえ薄暗い。暗がりの中で眼をこらして、テニスボールを収納するカゴを探す。……ああ、あった。


 ポケットのボールを返そうと歩を進めたが、足がピタリと止まる。


「……飴宮さん?」


 カゴのすぐ隣で、壁にもたれて座り込んでいる飴宮さんを見つけた。こちらの応答には答えず、ただ死体のように首を垂れている。


「飴宮さん?」


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