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第45話「夏服」

 

 遅刻寸前の時間に登校した俺は、がらりと教室のドアを開けた。クラスの雰囲気がなんとなく違う。


「……」


 それもそのはず、今日から夏服である。男子はブレザーの着用義務がなくなり、ネクタイも任意となる。女子もなんかそんな感じ。


「あちー……」


 適当に腕まくりした長袖のワイシャツに身を包んだ俺は、開襟した首元をバタバタと煽った。教室はクーラーこそまだ付いていないが、太陽光を遮断して朝の爽やかな風だけを取り入れていて外よりはマシだ。


 席についた俺は窓を開けた。ひゅう、と涼しい風が吹き込んで前髪を揺らし、汗ばんだ身体から熱を奪っていく。窓際は夏の特等席だ。


「おはよ、飴宮さん」


 風を感じながら、俺は隣の席の飴宮さんに挨拶した。飴宮さんは本から顔を上げる。


「おはよう、ございます」


 飴宮さんは栞を本に挟みながら挨拶を返した。右眼を隠した長い前髪に、涼しげなツインテールが風に揺れている。袖のボタンをきちっと閉じた長袖のワイシャツに、学校指定の白ベストを合わせた清楚系夏服スタイル。普段と比べてブレザーを着ていないだけなのだが、飴宮さんの薄着姿を見るのは初めてなので少しドキッとしてしまった。


「暑くないの? そんな格好で」


「特に……体質、ですかね」


 飴宮さんはとぼけた顔で小首を傾げた。ワイシャツの上にベストを着る女子はオシャレ、同調圧力の他に下着が透けるのを隠すのが目的……とかしょうもないことを考えてた過去の自分を殴りたい。おかげで飴宮さんがベスト着てるだけで変にドキドキしちゃうだろ。いや、着てないともっとドキドキするけど。


「うらやましいわ。俺、暑いの無理なんだよね。朝なんか満員電車で蒸し殺されるかと思ったわ」


「通勤ラッシュより早めの電車に乗ると、涼しくて快適、ですよ。身動きも取れずに、熱を発する肉の塊に囲まれていたら、そりゃ、蒸し焼きにもなりますよ」


「いや肉の塊って……まぁ確かにそうなんだろうけどさ、早起きなんてダルくてやってらんないのよ。夜ゲームしてるし」


「私は、夏は早起きして、早めの電車に乗っています。ゲームなら、電車の中でもできますし」


「なるほど。じゃ俺はラッシュ後の電車乗るわ。朝までゲームして電車で寝る。夏だけなら遅刻しても出席点はなんとでもなるしな」


「そ、そんなの、ダメですよ。その……」


 冗談半分とはいえ俺の提案をバッサリ否定しておいて、飴宮さんは歯切れ悪く言いよどんだ。何がダメなのか答えを待っていると、飴宮さんはちらっと俺の顔を見た。




「話す時間が、減るのは……寂しい、です」




「……」


 絶句した。いや、飴宮さんの発言が脳内の何もかもを消し飛ばした。何も言えずにただアホみたいに飴宮さんを見つめていると、彼女は薄い唇を噛んでうつむいた。赤面どころか耳まで真っ赤である。


「…………」


「…………」


 俺は首元をバタバタと煽り、飴宮さんは下敷きをうちわ代わりにして顔の前で扇いだ。


「い、いやー、暑いなー今日は。クーラーつくのまだかなー」


「空調は学校が管理してるので、も、もうしばらくかかるでしょうねー」


 俺達は平静を装って会話を交わす。平静ではないのでやたら妙なテンションだし、会話は続かず沈黙が流れた。だがその沈黙のおかげで熱が冷めた。


「なんだか……とても恥ずかしいことを言ってしまいました。暑くて、頭が働いていないんですかね」


「そうそう。頭が働かないのも眠いのもダルいのも空がこんなに青いのも風がこんなに暖かいのも、全部暑さのせいだ」


「太陽がとっても明るいのも、ですね。ていうか孤羽くん、何でキテレツ大百科のOP、知ってるんですか……何十年前のアニメだと思ってるんですか」


「小学生の頃は遊ぶ友達いないから帰宅後ずっとスカパー観てたんだよ。悪魔くんとかこち亀とか元祖天才バカボンとか。飴宮さんもだろ?」


「まぁ……。ところで、キテレツ大百科のOP『すいみん不足』と言えば、『ヒロインの子に手を振られていると思って振り返したけど本当は自分の後ろの女友達に手を振っていた』という主人公の切ないシーンが有名ですが……」


「恐ろしくマニアックな前振り、俺でなきゃ付いて来られないね」


「……()()に違和感を覚えたことは、ありませんか? 実は、アニメで流れている『すいみん不足』は本当の歌詞じゃないんです。たとえばサビの『どうしてこんなに眠いの』は、『人の影はどうして薄いの』だったり、本当の歌詞は、社会風刺的で、子供向け番組にはふさわしくない内容なので、なんらかの力で一部を改変されて――」


「――ウソッ⁉︎ えっマジなの⁉︎ うわ怖っ! 暑さ全部吹っ飛んだわ! うっわすごいゾワゾワする」


「こ、孤羽くん……意外と怖いの苦手、ですか?」


「いやマジで無理なんだって、その手の子供向けアニメの都市伝説は。昔から親しんでたキャラクターのイメージが一気に瓦解して恐怖の存在になる感覚が……うわやべーよしばらく夜にトイレ行けねーよ」


「ご、ごめんなさい……ふふ」


「なに笑ってんだよ」


「それほどまでとは……思わなくて……ふふふ。あと最近読んだのは、ピーポくんが――」


「それ以上言うな! その話は知ってるけど!」


「ふふふ。意外な弱点、発見ですね」


「くそ……バレないようにしてたんだがな……」


 なんならお化けより都市伝説の方が怖い。お化けは、実際に一眼見れば()()()()()()として受け入れられる自信はあるが、都市伝説は、好きなキャラクターに潜む闇を受け入れられないから怖い。


 冷えた体を暖めるために、俺は密かにシャツの袖を伸ばした。


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