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第44話「ポケット」

 

 いつもより1本早い電車に乗って登校したので、そのぶん早く教室に着いた。別に、飴宮さんが学校来てるか気になって早めに着いた訳ではない。たまたま早起きして、気まぐれに早歩きで駅まで歩いていたら、幸運にも1本早い電車に乗れただけのことだ。飴宮さんは関係ないだろいい加減にしろ。


「よっ」


 俺は席につき、読書をしていた隣の席の飴宮さんに軽く挨拶した。


「おはよう、ございます」


 飴宮さんは文庫本から顔を上げてぺこりと会釈した。デフォルトの片眼隠しヘアがふわっと揺れる。今日の本は児童書っぽい文字サイズだな……と、開きっぱなしの飴宮さんの本を盗み見ていると、飴宮さんは唐突に本を閉じて机の中からポケットティッシュを取り出した。


「あ、あの、昨日はこれ。ありがとう、ございました」


 飴宮さんは両手でティッシュを持って一礼しながら俺に渡した。そこらへんの駅前で貰ってきたしわくちゃだったポケットティッシュは、丁寧にしわが伸ばされ、まるで卒業証書か何かのように俺の前に差し出されていた。


「どう、いたしまして?」


 俺はそれをおっかなびっくり受け取る。手に取ってみたがティッシュの厚みが減っている感じはしなかった。どうでもいいけど。


「常にポケットティッシュを持ち歩いているあたり、孤羽くん、案外女子力高いですね」


 ブレザーの内ポケットにティッシュを収納していると、飴宮さんはそんなことを言ってきた。なんだよ女子力って。


「普通じゃないのか? ま、授業中に突然鼻血が出ても対応出来るようにな」


「ああ……いましたね。小学校の頃、授業中に、突然鼻血出す子」


「それ俺だ。無自覚に滴り落ちてノートとか教科書よく血塗れになってた」


「読み返したら怖いやつ、ですね。ところで、孤羽くんのブレザーって、他には何か入っているんですか? ハンカチ、とか?」


 飴宮さんはそんな質問をした。人のブレザーのポケットの中身とか、どうでもよくね……まぁ、飴宮さんが知りたいなら拒む理由もないけど。


「スラックスのポケットだけどな。てか、そんなの誰でも持ってるだろ」


「まぁ、そうですよね。後はそうですね、絆創膏なんかは――」


「生徒手帳に仕込んである。後はなんだろ……ミンティアとのど飴。糖分摂取に眠気覚ましと何かと重宝するからな」


 外ポケットからミンティアケースとはちみつのど飴を取り出してみると、飴宮さんは面食らったような顔をした。それから、何か俺を試すような表情になる。


「ほ、ほぉ。女子力高めのアイテム2連続ですか。だったら、リップクリーム的なものは――」


「冬は乾燥するからな。ポケットに入れっぱなしだ」


 リップクリームもポケットから出してやると、飴宮さんは目を丸くして絶句した。何を驚いているんだか。唇カサカサだと、唇の皮が剥けてトマト食うとき痛いだろ。


「えぇ……で、でもさすがに手鏡とかは――」


「これのことか? 服のホコリ取るやつに付いてるだけだけど」


 俺は携帯式ホコリ取り器鏡付きをポケットから出した。片手に握って潜ませることができる程度のサイズで、携帯電話のようにパカっと開くと片方にホコリ取り、もう片方に鏡がくっついている。数年ほど前、身だしなみに気を使いなさいという母からの無言のメッセージとともに貰ったときから、なんとなくポケットに入れっぱなしだ。ちなみに一度も使ったことがない。


「うへぇ……ちょっと気持ち悪い、です」


 青ざめた飴宮さんは、引き気味に俺をジト目で見た。ポケットの中身を紹介しただけで、まさかそんなリアクションが返ってくるとは思わなかった。


「えぇ⁉︎ ……あとはそうだな、スマホとかイヤホンとか、多機能ボールペンとか、護身用の小銭入れ型鎖分銅とか、ピッキング用に先端に加工を施した安全ピンとか入ってるぞ」


 ヤケになってポケットの中身を全部白状すると、飴宮さんは安心したようにため息をついた。


「そういうの、そういうのでいいんです……孤羽くんは」


「基準が分かんねえよ……」


「気持ち悪さの方向性、です。ふふ」


「笑いながら言うことか……」


 気持ち悪いとか言われてさすがの俺もちょっと傷ついたが、飴宮さんが久々にいつも通り笑ってくれたので、特別にチャラだ。


「あと、むやみにブレザーのポケットに物を詰めると、変形して見栄えが悪くなるので、ほどほどにした方が良い、ですよ」


「お、おう……そうなの?」


 そんな会話をしていると、担任が教室に入ってきた。朝のHR(ホームルーム)の時間だ。隣の席に飴宮さんがいる俺の日常は、まだ始まったばかり。


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