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第42話「秘密」

 

 これは俺が踏み込んでいい領域なのか。


 知られたくない過去のひとつやふたつ、誰にだってあるはずだ。そんなものほじくり返して一体何になる。俺が何も気づかなければ今まで通りの日常に戻れるのだ。


 知らないことは知られたくないことなんじゃないのか? 知らないままじゃ駄目なのか?


 飴宮さんの過去を詮索するのは、必死で過去を振り切り、やっとの思いでいびつでも平穏な日常を手にした彼女の努力を踏みにじる行為じゃないのか?


 ……でも、そうして繋ぎ止めた関係なんて、俺が嫌う馴れ合いなんじゃないのか?


 頭の中でいろんな声が錯綜する。底なしの思考の沼に身体を囚われ、身動きが取れない感覚に陥り、ふと我に返るとH・R(ホームルーム)は既に終わっていた。クラスの連中は1時間目の準備やら友達と会話やらしている。隣の席に飴宮さんがいないことを除いて、いつも通りの日常の風景。飴宮さんを置き去りにして何も問題なく動いている教室。俺たちはどこにも噛み合わない歯車だ。


「……」


 俺は机から現代文の教科書を引っ張り出した。長年のぼっち生活で毎日のように味わい、いつしか麻痺したこの疎外感も、なんだか久しぶりの気がする。飴宮さんと過ごす日々が俺の新たな日常になりつつある、いや、既にもうなっていたのだ、と気づき、ふっと教室に視線を向けると、誰かがこっちにまっすぐ歩いてきているのが目に入った。それは餅月さんだった。


「おはよう、孤羽くん……ハッちゃん大丈夫? 保健室行ったらしいけど」


「……腹痛だとよ」


「涙、流してたけど」


 不意を突いた餅月さんの一言に、俺は言葉を詰まらせた。大した観察眼だ。どこか抜けている人だと思っていたが、肝心な時にはやる人らしい。だからクラス委員長なんて務まるんだろう。


「そんなにひどい腹痛だったんだね。昨日も学校休んでたし。大丈夫かなぁ、心配だなぁ」


 餅月さんは指を組んでそわそわした。……あれ、気づいてない? 言っちゃ悪いがやっぱりこの人天然だな。まぁその取っつきやすい一面のおかげでクラスの人気者でもあるんだろうけど。


「……あぁ、そ、そうそう。そうなんだよ。いやマジで心配」


「テスト近いし、後でノート見せてあげなきゃ……孤羽くんも、ハッちゃんのプリントの管理、お願いねー」


 分かってるよと返事をすると、餅月さんは短く挨拶してくるりと背を向けた。このまま誤解したまま帰るなら好都合だ。


「――あ、あのさ」


 俺は餅月さんを咄嗟に引き止めていた。取り繕う余裕すらなかった。咄嗟に言ったもんだからどもってしまい恥ずかしい。はやる鼓動をよそに、餅月さんはくるりと振り返る。


「これは悩み相談とかじゃなくて純粋な知的好奇心から質問するんだが……もし、友達が自分には言いたがらない過去……いや、秘密とかを隠していると知ったら……餅月さんならどうする?」


 常日頃無気力でクールドライな俺に似合わない、上ずった声が出た。対人経験が極端に少ない俺では答えを出せなかったから、餅月さんに答えを導き出して欲しいだ。俺が鼻で笑って取り合わなかった経験を沢山積んでいる彼女に縋っているのだ。情けない男だ。だからあんな情けない声が出るんだ。


 餅月さんはうーんと顎に手を当てて斜め上の方向を向き、1秒足らずで視線を俺に戻した。


「何もしない、かな」


「……その心は?」


「秘密にしてるってことは、知られたくないってことでしょ。だったら気づいてないフリをしてあげるのが本人のためなんじゃないかな。それに、私そんなに友達の過去とか秘密に興味ないから」


「秘密など知らないと……嘘を吐きながら友達に接するのか?」


「うーん……それとはちょっと違って、私は友達が何かを秘密にしてることを知ってることを秘密にしてるだけ。ややっこしいね、ふふ。でも、これでおあいこでしょ?」


「じゃあ……仮に、仮にその秘密をどうしても知りたくなったらどうする?」


「その友達ともっともっと仲良くなって、何でも打ち明けられる親友になるしかないよね。別に、秘密を聞き出すために親友になるんじゃないけど、仲良くもない人に秘密なんて絶対言わないでしょ?」


 そう言って、餅月さんは「こんなんでいいかな?」と俺に視線で聞いてきた。


「参考になったよ。時間取らせて悪い」


「……ありがとう、頼ってくれて」


 餅月さんは最後にそう言い残して、俺の元を離れていった。


「はぁ?」


 思わず聞き返すが、もう餅月さんはどこにもいなかった。変な誤解してなきゃいいんだけどな……。追いかけるのもなんだから仕方なく野放しにしておいた。


 結局、今日飴宮さんが俺の隣に戻ってくることはなかった。


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