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第39話「生クリーム」

 

「えぇ、あの……もし、差し支えなければ、相席させてもらえたら、嬉しいのですが……」


「てか、もうお店の人にそう言っちゃったから。よろしくー」


 飴宮さんに続いて、逸部が能天気に親指を立てた。いや、事後報告かよ……もし断ってたらどうしてたんだよ。それとも何か、俺が断るはずがないと踏んでそんな行動を……えらく信用されてるな。


「いや、俺もう帰るから……いいよ、ふたりで使って」


 鞄を掴んで立ち退こうとすると、飴宮さんと逸部は驚いたような顔で俺を見てきた。


「えー、なんでよー。せっかくだからこき使……数学教えてよ! どうせそういうの得意でしょ?」


 そんな事を言いながら、逸部は向かいのソファーにするりと座った。飴宮さんもためらいながらもそれに続く。……飴宮さんがだんだんと逸部色に染まっていそうで心配。悪いお友達とは付き合っちゃいけませんよ……なんて、オカンみたいな小言が自然と浮かんでくる。


「俺は別に苦手じゃないけど、ダウナー系男子が総じて理系得意って、それすげー偏見だからな? なんか勘違いしてるっぽいけど」


「あ、あの、私からも、お願いします……数学、やばいです」


 飴宮さんもぺこりと頭を下げ、神でも拝むように両手を合わせてすりすりした。けしからん、何だそのあざとい萌え袖は。


「いや……」


「よ〜く考えてみなよ。料金を払う必要なく、合法的に女の子2人とお茶出来るんだよ? ぼっちの孤羽には二度と無いチャンスじゃない?」


「うるせぇよ……いや、俺がいても邪魔じゃないんなら、そりゃこっちもわざわざ帰らないよ……いや待て、この流れで相席許可したら、まるで俺が女子とお茶したいがために流された男みたいになってないか? おいちょっと――」


「ねーねーあーちゃん、シロノワール食べない?」


「しろのわーる……なんだかよく分かりませんが、食べましょう!」


「人の話を……」


 誰だよあーちゃんって。Perfumeかよ。それにしても飴宮さん……そんなあだ名で呼ばれるくらい仲良い友達出来たんだね……お母さん嬉しいけど、ちょっと寂しいな……なに言ってんだバカか俺は。


 飴宮さんと逸部。出会いこそ最悪だったが、今こうして見るととても良いコンビだ。休日に一緒に勉強会とか、俺よりも友達してるじゃないか。


「……」


 俺は所詮、飴宮さんの対人能力を上げるための自転車の補助輪のような存在だ。飴宮さんは無自覚なんだろうが、俺は最初から薄々気づいていた。今更それがどうしたんだと言われても、俺を置き去りにして遠くに行ってしまったんで、ちょっと寂しく思っただけのことだ。


「孤羽、知ってる? シロノワールの上のアイス、店員さんに頼めばホイップに変えてくれるんだって」


 自転車の補助輪に感情移入していると、逸部が勉強のべの字も感じられない話を振ってきた。ちなみにシロノワールとは、円形のデニッシュパンの上にソフトクリームとサクランボが乗っかった、コメダ珈琲店の名物デザートである。


「何だその裏技……メニュー表に載ってないぞ。さてはコメダ珈琲店ガチ勢だな」


「いやツイッターで見ただけ。それより、カロリー分散させたいから孤羽も食べてね」


 さらりと、本当に無自覚に逸部は言った。いやいやいや……女子と同じシロノワールをつっつくとか流石にないだろ。やめてくれないかな……童貞をからかうのは。


「……カロリー気にしてる奴がシロノワールなんか頼むなよ」


「いーじゃん! ちょっと付き合ってよ! 頭使うなら糖分補給は大事だよ!」


「いやいいよ……今、甘いもんの気分じゃないし。そもそも、シロノワールの熱でアイスのカロリーが蒸発するから実質ゼロカロリーだぞ。知らないのか?」


 やたら俺にカロリーを押し付けたい逸部を適当に跳ね除けると、逸部は何か勘付いたように人差し指を立てた。


「間接キス、とか考えてた? ごめんごめん、孤羽クンはそういうの気にするタイプだもんね。つい友達に言うみたいに言っちゃったわー」


「まるで俺が友達じゃないみたいな言い方だな……いや別にいいけど」


「あたしって孤羽に友達だと思われてたんだ」


「えっ」


「冗談だってば! 冗談! そんなリアルに落ちこまないでよ! ごめんね⁉︎」


 逸部はわたわたと手を動かして俺をぎこちなく気遣ってくれる。いいよ別に……ぼっちにはよくあることだ。逸部は俺のことを一方的に友達だと思ってんのかなと思ってたのは俺の思い違いだったのか。


「本当に冗談なのかよ……」


「……ふふ」


 俺の方をちらりと見て、逸部は照れたように微笑んだ。勝気な彼女が普段は見せないような柔らかい表情に、俺も調子が狂ってしまう。それを誤魔化すために何か喋ろうと思ったが、まるで会話の仕方を忘れてしまったかのように、急に言葉が出なくなった。


「あー……飴宮さん、飲み物どうする?」


 逸部との会話は諦め、代わりに無表情で英単語帳を読んでいる飴宮さんに話しかけた。飴宮さんはワンテンポ遅れて顔を上げる。


「そーですね、アメリカンでも」


「渋いな……あれ、前に喫茶店行った時は確かココアじゃなかったか?」


「別に? 気分です」


 飴宮さんがぶっきらぼうだ。コミュ症なんてこんなもんだろと思うかも知れないが、人並み以上に飴宮さんのコミュニケーション能力を把握している俺は、通常飴宮さんとぶっきらぼう飴宮さんの違いを感じ取れるのだ。なんだ、勉強のしすぎで疲れてんのかな……。


「余計な世話だけど、なんか甘いものとったら? 疲れてそうだし」


 お節介を自覚しながらそんな提案を持ちかけると、飴宮さんはキョトンとした顔をした。


「疲れてるように、見えますか?」


 飴宮さんから要領を得ない返事が返ってきた。彼女の言い方からして、推測は外れだったみたいだ。余計な気を利かせようとして空回ったバツの悪さから、俺はさして興味のないメニュー表に視線を落とした。


「いや……いつもに増してテンション低いし、返事雑だったし。元気ならいいんだ。忘れてくれ」


「お気遣いどうも……私はただ、孤羽くんが逸部さんとあたかも友達のように会話していたのを見て呆気に取られていただけなので」


「どういう意味だそれ」


 まさか飴宮さんにまで俺の対異性能力を揶揄される日が来るとは……。これ、キツめの冗談を言い合えるほどの信頼関係が構築されている証拠ってことでいいんだよね? 逸部とつるむことで飴宮さんが薄汚れたとかじゃないよね? 若い女の子はちょっと悪い男に惹かれると言うし、お母さんとても心配です。


「なんてね……ごめんなさい。冗談です、今の。ごめんなさい」


 と、ここでネタばらし。これは飴宮さんなりの冗談だったらしい。毒の加減が手探りなのはご愛嬌。自分の言った冗談に罪悪感味わってる飴宮さんマジ良心の化身。これなら逸部に影響されることも無いな。むしろ逸部が影響されろ。


「……別にいいけど」


「あはは……」


 飴宮さんは自嘲気味に、力なく笑った。長い前髪から辛うじて覗いている左眼には、俺は映っていなかった。何か別の所で彼女は自己嫌悪に陥っているのだろう。よく分からないから気づかないふりをした。


「えーじゃあ、シロノワールとアメリカン、あたしはアイスレモンティーでいいや、孤羽はなんか頼む?」


 逸部はメニュー表を見ながら、小慣れた様子で注文の確認をした。ギャルすげーな……あと、確認だけど俺はシロノワール食べないよ? それ踏まえた上で注文するんだよね?


「いやいい……ちょっと待て、これ会計どうすんの――」


「すいまっせーん注文お願いしまーす」


「……おい」


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