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第3話「委員長」

 

「……今日の掃除は遅刻したペナルティとして本田・川島・孤羽、お前らやっとけよ。それじゃ、HR(ホームルーム)解散」


 担任のいまいち決まらない挨拶で、帰りのHRは解散した。束縛から解放され、にわかに騒ぎ立つ教室。学校脱出最速レースのスタートダッシュを決めそこねた俺は、気だるげにため息を吐いた。


 本田と川島と言えば――


「孤羽クン、俺たちこれから部活で掃除してる暇とかないから、代わりにやっといてくんね?」


 いつの間にか目の前に来た本田と川島が、俺の肩を叩いてくる。口元は親しげに笑っているが、目は威嚇する肉食獣のように獰猛だ。


 俺は奴らを淀んだ目で睨みつける。こいつらはハナから俺のような人間と交渉する気などなく、要求を押し付けて終わりだ。そのことを学習済みの今となっては、面倒くさくて抵抗する気も起きない。


「……い――」


「マジでありがと、それじゃヨロシク〜」


 本田と川島はヘラヘラと笑いながら教室を後にした。まだ俺が喋ってるでしょーが……これだからサッカー部は嫌いなんだよ。


「チッ、害悪め」


 本田と川島が完全に姿を消したのを確認して悪態をついた。人を見下し、反面その薄汚い事実から目を背けて美しい青春ごっこをするのが健全な学生なら、俺は一生不健全なぼっちでいい。


「ひ、ひどいですね……私、て、手伝いましょう、か?」


 そんな中、隣の席の飴宮さんは、ひとりで掃除する羽目になった俺の身を案じてくれた。


「別にいい。自分の罰だ。他人に背負いこませる真似はしないよ」


「でも……」


「まぁまぁそう言わずに。ほら、みんなでやった方が早く終わるよ!」


「いや、そうかも知れないけど……え?」


 明らかに飴宮さんじゃない奴が会話に入ってきた。視線をずらすと、ポニーテールが似合う綺麗めな女子と目が合った。


餅月もちづきだよ。ごめん、びっくりした?」


 餅月さんは優しく微笑む。


「いや……」


 餅月さくら。明るく真面目で面倒見がいい、クラスの学級委員。背筋がすらっとしていて、清楚な顔立ち。生徒だけでなく、教師からも信頼を寄せられている、誰にでも優しい、いわゆる天使。


 はっきり言って、苦手なタイプだ。


「餅月さんも……掃除、手伝ってくれるの、ですか?」


「さくらで良いよ、薄荷ちゃん――そうだ、今日から薄荷ちゃんはハッちゃんね」


 餅月さんはニコッと笑う。


「ハッちゃん……オッフ……」


 突然のあだ名呼びに、飴宮さんは感激した様子で頰を赤く染めて息をもらした。その微笑ましい光景に口元だけで笑い、ほうきを取りに用具入れに向かった。


「あっ、ちょっと、置いてかないでよ。私たちも掃除手伝うよ」


 餅月さんと飴宮さんが付いてきたので、適当なほうきを見繕って渡してやる。


「ん、ありがとう!」


 餅月さんは笑顔でそれを二本受け取り、一本を飴宮さんに渡した。


「あ、ありがとうございます……さくら、ちゃん」


「ふふ、どういたしまして。じゃあ、早く掃除やっちゃおーか」


 ほうきを持った俺たちはばらばらに散り、掃除を開始した。はずなんだが、餅月さんは飴宮さんのそばに行って、お喋りを再開させている。真面目に見えてどこか抜けている餅月さん。掃除しながら談笑している彼女を見ていると、




 ――じゃー孤羽、今日からお前コバな!




 ふいに、爽やかに笑う男の顔が、昔の記憶がフラッシュバックした。アイツも学級委員だった。


 明るく、真面目で、誰にでも優しかった。その上面白くて良い奴だったから、俺たちはすぐに友達になったよな。




 ある程度掃除が終わった頃、餅月さんがひとりになったところを見計らって、彼女に近づいていった。当然、彼女もこちらに気づく。


「……随分仲良いんだな、飴宮さんと」


「まぁ、話したのは今日が初めてだけど。ハッちゃんっていつもひとりだから、ずっと気になってたんだよね」


 餅月さんはそう言って微笑みかけてくる。俺は、そんな彼女を冷めた眼で見ていたかも知れない。

 





 ――放課後の教室のことだ。


 忘れ物に気づいて教室まで戻ると、俺に気づかないアイツと、彼を囲んだ友人たちの雑談が耳に入ってきた。




『お前、何で最近孤羽とつるんでんの?』


 友人のひとりがなにげなく質問すると、アイツは、俺に見せるようないつもの笑顔を浮かべた。俺もその理由は気になっていたので、どんなことを言ってくれるのだろうかと、内心ドキドキしながら聞き耳を立てた。


『ん? 何でって、アイツ全然友達いないだろ? ほら、俺って学級委員で優しいからさ、可哀想な孤羽くんのお友達になってあげてんだよ』


『マジか! お前めっちゃ良い奴だな!』


『だろ? お前らもああいう可哀想なインキャには優しくしてやれよ?』




 かあっと顔が紅潮し、心臓が凍りつく感覚を覚えた。忘れ物を取るのも忘れて逃げるように教室を出た。こういう裏があるんじゃないかと、考えていなかったわけではない。でも、奴のよくできた笑顔を見ているうちに、その考えを、盾を、捨ててしまっていた。バカが、なに夢見てんだよ。……もう誰も信じない。






「……へっ」


 俺はそっぽを向いて鼻を鳴らしていた。彼女に悪気がないのは分かっている。だが、俺は人の言葉を信じられない歪んだ人間だ。


「へっ、ってなによ。私、変なこと言った? 私はクラスのみんなと仲良くなりたいの」


 餅月さんは怪訝そうに俺を見つめる。割とひどい反応をしたのに愛想を尽かさないでいるあたり、餅月さんは本当に優しい。


 だから、嘘くさい。


「俺や飴宮さんが()()()なぼっちだから、優しくして()()()()のか?」


 餅月さんから視線を外して冷たく言い捨てた。もし、これで愛想を尽かされ嫌われてしまっても構わない。見当違いの同情も、半端な優しさも、ニセモノの友情もいらないし、飴宮さんに味わわせない。


「そ、そんなことない、よ……。その、気分悪くさせちゃったなら、ごめん」


 餅月さんはぺこりとうなだれた。彼女の誠実な態度を見ていると、苛立っていた感情が急速に冷めていくのを感じる。何を熱くなってたんだ、バカか俺は。


「いや、こっちこそ……言いがかりだった」


 罰が悪くなって目を逸らすと、餅月さんはスッと立ち去ってしまった。それでいい……俺みたいなクソ野朗のことなんて、もう放っといてくれ。


 と、なぜか足音が戻ってきた。


「はい、ちりとり」


 餅月さんは笑顔でちりとりを渡してきた。


 人の優しさを信じられるようになったわけではない。ただ、そのまっすぐな瞳を信じてみたくなった――というのはさすがに臭すぎるか。


「……おう」


 ちりとりを受け取り、ゴミを中に掃いていく。黙々とした作業の中、餅月さんはポツリと呟いた。


「私はね……孤羽くんが思ってるほど、色んなこと考えて生きてないよ。みんなと仲良くなりたいから、みんなと仲良くするの。孤羽くんとも、いつか……仲良くなりたいな」


「……」


 いやいや……ありえないだろ。俺、あんなこと言って突き放したのに、それでも歩み寄ってくるのかよ。そんな優しい人間、3次元にいてたまるかよ。


「脳みそお花畑かよ……」


「それ褒めてるの? さぁ、早く掃除終わらせて帰ろう!」


「……さっきの、本当に悪かった」


「いいよ」


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