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第37話「古典」

 

 飴宮さんの前髪が元に戻った。


「……」


 1時間目古典。俺は、隣の席で漫然と授業を聞いている飴宮さんを改めて横眼で盗み見た。やはり飴宮さんの前髪は、片眼隠し鬼太郎ヘアから、以前の両眼隠しヘアに戻っている。


 まぁ別に、だからどうとかどっちが萌えるとかそういうんじゃないが、現象には必ず理由がある。ガリレオ先生じゃないが、今朝飴宮さんを見た時から、何があったのだろうかと好奇心をくすぐられていた。


 まさか直接訊く訳にもいかないので、得意の人間観察で情報収集をしてみる。気分はさながら探偵だ。


 普段からおっとりしている所はあるが、いつもに増して動きが鈍いし、言うまでもなくテンションは低い。物憂げに頬杖なんかついて、うつらうつら舟漕いでるし……。


「……昨日寝てないな?」


 俺が話しかけると、ゆらゆらしていた飴宮さんはピクリと反応した。


「にゃ、ね、寝てません、寝てませんよ……超、起きてます」


「いや今じゃなくて昨日の話……しかもそれ居眠りこいてた奴の常套句だし」


「へ、昨日ですか……? 昨日は、徹夜でオヤジ狩りしてましたぁ……」


 飴宮さんは間延びした返事をして、両手で口元を覆い声を殺して欠伸をした。なにげに飴宮さんの欠伸を見るのは初めてだ。


「……オヤジ狩り?」


「イベント周回のことです……」


 突然飛び出した物騒な言葉を聞き返すと、飴宮さんは気だるげに答えた。はえー、スレイブドール界隈ではイベント周回をオヤジ狩りと読ませるのか……。新たな知識を得ると同時に、金属バット片手に会社帰りのオヤジ達を夜な夜な襲撃する飴宮さんの姿が一瞬脳裏に浮かんだ。


 失礼な妄想はさておき、今日のローテンションの原因がただの徹夜明けということが判明した。とりあえず安心。


「……その前髪は」


「あぁ……これは、眼の隈が酷くて、とても人様にお見せできる状態ではない、ので……」


「なるほど。いやしかし、徹夜明け1発目で古典はなかなかキツいな。テスト近いから先生の話も聞き逃せないし」


「全くその通りで……古典は好き、なのですが、いかんせん先生の話を聞いていると、頭がボーっとしちゃって……」


「なんなら、後で俺のノート見せようか?」


「いいんですか?」


 飴宮さんは心底驚いたような声を出した。前髪の奥の両眼がまん丸になっているのが容易に想像できる。


「何をそんなに驚いてんの」


「いえ……今朝は孤羽くん、全然絡んで来なかったので、もしかして機嫌悪いのかなぁと……」


「……いや」


 急に前髪戻したら、そりゃ敬遠するだろ……と続きそうだった言葉を呑み込み、自分の無愛想さを反省する。


「全然そんなことないから。安心してお休み」


「たすかりまひゅ……」


 飴宮さんはそう言い残して、こてりと机に突っ伏した。すると、すぐに規則正しい静かな寝息が聞こえてきた。割とガチでギリギリだったんだな。ノート見せてくれる奴いなかったときどうしてたんだろ。


 ふにゃーっと眠りこけている飴宮さんを見ていると、こっちまでまぶたが重くなってくる。昨日は深夜までアニメ観てたからな――っといかんいかん。俺まで寝たら、誰がノートを書くというのだ。


 俺は古典教師の目を盗んで、ポケットの中の激辛ミンティアを口の中に放り込んだ。


「――ッ!」


 予想以上の辛さに身悶えしそうになる身体を理性で必死に押さえつける。舌がビリビリ痺れて、異物を排除せんとばかりにやたら唾液が分泌される。ミント成分のせいで鼻から抜ける空気がすげぇ冷たい。もはや辛さを超えて痛い。ミンティアという名の劇物だ。錠剤の形してるし、プラシーボ効果でワンチャン人殺せるぞ……。


 一気に眠気覚めたわ。そして二度と激辛ミンティアなんて買わねえ……チョコミントでいいや。王道のグレープはもちろん、冒険で買った梅スカッシュもなかなか良かったな。もちろんミンティアブリーズも美味しいよ!


「……」


 一通りミンティアのステマをこなし、俺は授業に戻った。飴宮さんがメチャクチャ眠そうだったから思わず安請け合いしてしまったが、1時間目の古典なんて俺が寝たいくらいだ。実際いつも意識無いし。大体何だよ古典って。何が悲しくて言語学者でもない俺たちが古文書の解読なんかせにゃならんの? 漢文なんてもっと意味不明。日本語ですらないじゃねぇか。もはやあれは中国語の授業だろ。


 そんな調子で苦行の如く授業を聞き流していたら、ようやく終了のチャイムが鳴った。おざなりな挨拶を済ませて、生徒はばらばらと席を立った。休み時間の騒がしさに反応して、飴宮さんはのろのろと起き上がる。


「んん……よく寝たぁ……」


 飴宮さんはふわーっと欠伸をして、猫みたいに身体を伸ばした。挙動がすごい小動物っぽい。


「授業サボって貪る惰眠はさぞ心地よかろうなぁ」


「あぁ、お疲れ様です。おかげさまでゆっくり休めました」


 俺が嫌味混じりにノートを差し出すと、飴宮さんは屈託ない笑顔で俺のノートに手を伸ばす。飴宮さんの手がノートを掴む寸前、俺はそれをひゅっと自分の手元に戻した。飴宮さんは驚いたような顔でこっちを見てくる。


「言い忘れてたが、俺……タダ働きはしない主義でね」


「な、なんですと」


「……英語の宿題……やるの忘れたんだわ」


「英語……え、あの、プリント5枚くらいあるあれ、全部丸パクリする気ですか? えぇ……いや別にいいですけど……」


 飴宮さんは渋々宿題を俺に差し出した。やたら書き直していたり書き込まれているプリントを見ていると、ただノートを見せるだけで飴宮さんが真面目に頑張ってやってきた宿題を写すことが、急に申し訳なく思えてきた。とはいえ、飴宮さんも俺が真面目に取ったノートを丸パクリする訳だから、きっとお互い様だ。


「うーん……なんというか……姑息……」


「まだ言ってんのか。助け合いの精神だよ」


 ギブアンドテイクの配分に未だ納得ができていない飴宮さんをなだめ、さっそく解答のコピー作業にかかる。ぶつくさ言いながらも飴宮さんも俺のノートを写している。他人に気を取られている暇はない。英語の授業はもう次だからな。そして決まって授業始めに宿題は回収されるから、この休み時間を使って書き――


 キーンコーンカーンコーン


「――はい授業を始めるー」


 1枚も書き終わらないうちに、始業のチャイムが鳴ってしまった。


「クソォ!」


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