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第36話「虚像」

 

「いやー、昨日はいつもに増して急展開だったな」


「ですね。あそこの心理描写は、原作を忠実に再現していて、好感が持てます……」


 美術室に向かう道中。なし崩し的に俺の隣を歩く飴宮さんと、昨日のドラマの感想を言い合っていた。かなり昔の小説が原作で、飴宮さんにぜひ見て欲しいと勧められて見始めた探偵ものドラマ。暇つぶし程度の感覚で見始めたが、今となっては双葉と一緒に毎週ハラハラしながら探偵の動向を見守っている次第である。まぁ双葉は主演が2枚目俳優だから見てるだけかもしれないけど。


「罠に掛かった主人公が殺人鬼に刺されそうになる所を、探偵稼業をバカにしていた主人公のお姉さんがこう、咄嗟に身を挺して庇って死ぬあの展開は、作品屈指の名シーンですよね……その後の、雨に打たれながら独り涙を流す主人公の横顔は何度見ても感涙不可避です……ニヒルな一匹狼を装いつつも、どこかハードボイルドになり切れない主人公の味のあるキャラクターが、この作品が時を超えても愛されて続けている所以なのでしょうねぇ」


「おお……すげぇ喋るじゃん」


 いつになく饒舌な飴宮さんを引き気味にからかうと、飴宮さんはえへへと照れ笑いした。


「私、ひとりっ子なので、この手の兄弟愛に憧れてまして。孤羽くんは確か、妹さんがいるんです、よね?」


「ああ……え、そんな話したっけ?」


「割と初期に……あ、あの、会話の内容を逐一覚えている気持ち悪いやつ、とか思わないで下さい。そのくらい、憧れているんです。兄弟」


「期待してるとこ悪いけど、所詮はフィクションだな。双葉――あぁ、妹の名前ね――なんて、俺がインフルエンザで40度の高熱出して休んだとき、心配どころか病原菌扱いしかしなかったからな……」


「えぇ……仲、悪いんですか?」


 無限にある双葉エピソードのうちのひとつを紹介すると、飴宮さんは心配そうに訊いてきた。確かに、この情報だけでは兄妹仲を疑われても仕方ない。根は良いのに、誤解されやすい子なの。うちの双葉ちゃんは。


「正直よく分からん。難しいお年頃だからな。でも、別に険悪ではないかな……俺がポテチ食ってるとたかりに来るし、そう言えば前、コンビニにご一緒させていただいたっけな」


「へぇ……良いですね、楽しそうで。羨ましいです」


「そうか? 俺はひとりっ子の自由さに憧れるけどなぁ……いや、妹が邪魔って言ってるんじゃなくてね、たまーにそう思うのよ」


 例えば、風呂上がりで、着替えのパジャマを持ってくるのを忘れた時とか。家族とはいえ年頃の女の子がうろつく空間内に、まさか全裸で繰り出すわけにもいかないからな。あとはまぁ、あんなこととかこんなことしたい時に……いや、別にこの話はいいか。今のなし。


「孤羽くんみたいなお兄ちゃんがいたら、私の人生も違ってたのかな……っと、なんちゃって。ごめんなさい、重かったですね」


「まぁまぁ重かったかな」


 俺の断定に、飴宮さんは申し訳なさそうに「あはは……」と笑った。なんてこともないやり取りだが、きっと昔の俺なら飴宮さんに気を使って断定は避けただろう。そんな遠慮も気づけば無くなっていた。


「……まぁなんか、ないものねだりだよな。結局」


「隣の芝生はなんとやら、ですね。実際問題、妹はともかく今からお兄ちゃんなんて、物理的に不可能ですし……親が、子連れと再婚でもしない限り」


「義兄か……ラブコメ漫画みたいな展開だな」


「バレましたか」


 ふわっとしたイメージで相槌を打ったら、どうもビンゴだったらしい。普段その手の漫画よく読んでるのだろうか。リア充なんて全員くたばりやがれと思っている俺は、恋愛全振り漫画はあまり得意ではないし、読まない。男女が絡み合う漫画というと、妹が側にいると読めないような……だから、この話はもういいだろ。いい加減にしろよ。


「あのさ。参考までに聞かせて欲しいんだけど、飴宮さんって兄に何を求めてるの?」


 俺は飴宮さんにそんな質問をしてみた。何の参考かと言われたら、妹の、双葉の心理を理解するための参考だ。俺は双葉にどう思われ、何を期待され、どうあって欲しいのか。俺がダメな所を直して双葉にとって良い兄になれば、今の微妙な距離感を打破するきっかけになるかも知れない。てか切実にもっとデレて欲しい。


 飴宮さんと双葉は違うから、それがそのまま答えにはならないなんてのは百も承知だ。それでも、自意識過剰なお兄さんは、今までは想像でしかなかった「妹の心理」に少しでも触れてみたいのだ。


 質問の奥の俺の切実な野望をよそに、飴宮さんはうーんと短くうなって、何かを思い出したようにピンと人差し指を立てた。


「話し相手……?」


「なんだそりゃ。もっとこう……ない? 理想のお兄ちゃん像みたいなの」


 俺の緊迫した雰囲気に押されて、あまり深く考えていなかった飴宮さんも、真面目な顔をして瞑目した。まるまる数秒のシンキングタイムの後、整いましたとばかりにスッと眼を見開く。


「一緒にいても気疲れしないで、趣味に付き合ってくれたり、たまには、愚痴を言い合ったりしてくれたら、私は嬉しいですね……わ、割と孤羽くんは、私の理想のお兄ちゃん像、ですよ。ふふ」


「そういうは求めてないんだよなぁー……」


「なっ、何ですか。人がせっかく褒めたのに。もう」


 飴宮さんは、羞恥心と怒りで染まった頰を不満げに膨らませた。あざとい。


「……でも、どうして急にそんな質問を?」


「別に。良き兄になろうとしたんだよ」


「孤羽くんは、そのままでいい、ですよ……変に媚びへつらってすり寄って来られても、正直気持ち悪いですし」


「き、気持ち悪い? 危ねぇ……いやこっちの話……。やべぇ、俺ってば無自覚に理想のお兄ちゃん過ぎてやべぇ」


「……もうそれでいいです」


「何で急に投げやり⁉︎」


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