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第34話「窮鼠」

 

「あ……あの、孤羽くん」


 飴宮さんが遠慮がちに俺の名前を呼んだ。振り返ると、飴宮さんは罰の悪そうな上目遣いで俺を見上げていた。


「さっきは、ごめんなさい……孤羽くん、優しいから、つい調子乗っちゃって……」


「やめてくれ。悪いのは俺だから。あと俺は優しくない」


「ふふ、本当に優しくなかったら、私なんかの友達になってくれてませんよ……で、あの、し、試合の方は……や、何でもないです」


 飴宮さんは歯切れ悪く言い淀んだ。皆まで言わずとも察しはつく。俺を応援したい一方、踏み込んで冷たくされたさっきの気負いから、口を出せなくなっているんだろう。……しかし、俺なんかを応援するなんて物好きだな。


「勝ってくる」


 俺は拳を軽く掲げ、飴宮さんに微笑みかけた。飴宮さんを安心させるためではなく、わざわざそう宣言することによって、自分の逃げ場を断つため。俺の宣言を聞いて飴宮さんは驚いた顔をしたが、すぐにニコリと微笑んだ。


「行ってらっしゃい。応援してます」


 飴宮さんも俺の真似をして拳を握った。俺は飴宮さんに別れを告げて、決勝の舞台に赴いた。俺に気付いた浜崎は、観衆との雑談を終えてこっちに近付いてくる。


「孤羽が決勝か。俺、卓球部なんだけど大丈夫? 悪いけどガチで行くからな」


「じゃ、せめてサーブは俺からにしてくれ」


「あぁ、全然いいぜ」


 浜崎は、特に何も考えずに俺の提案を快諾した。自分の勝利に絶対の自信があるから、この程度の要求なんてどうでもいいんだろう。俺は、負け戦前のヤケクソ半分の諦めムードを装いながら、内心ほくそ笑んだ。万一認められなかったら、勝つ可能性が大幅に減っていた。まぁ、こいつの性格的に断るとは思えなかったが。


「さて、やるか」


「え……ま、そうだな。ぼちぼち始めるか」


 浜崎はちらりと女子決勝のスコアボードを盗み見て、俺の提案に同意した。女子に良い所を見せたいんだろ。心配せずとも、女子決勝がじきに終わることは把握済みだ。女子が多いと、こっちも好都合なんでね。男子決勝を見ている飴宮さんが浮かなくて済んだりとか。


 俺たちはネットを挟んで対峙した。流石は決勝と言ったところか、ぐるりと観客に包囲されている。


「やれー浜崎ー!」


「瞬殺しろー!」


「処刑だ処刑だー!」


 ……ヤジがうるさい。そしてこのアウェー感である。


「――ったく」


 俺はため息を吐き、ボールを台の上で2、3回反発させた。ラケットをくるりと1回転させ、掌の上のボールをじっと凝視して意識を集中させた。繰り出すのは天井ハイトスサーブだ。


 俺は膝を大きく曲げる。理論上……もし投げ上げる軸が真っ直ぐなら、いくら高度を上げてもボールは鉛直投げ上げ運動の軌道を描く。


 天井に届かんばかりに、俺は掌のボールを投げ上げた。


ッ⁉︎」


 1ミリの誤差もなく高度を上げていくボール。浜崎は意表を突かれたような顔でボールを目で追う。無理もない。通常、天井サーブのトスは、ある程度の高度があれば回転をかけるには充分だから、失敗のリスク回避のため過剰に投げ上げることはしない。


 だが今回は、あえて派手なパフォーマンスを魅せることで、浜崎のメンタルを揺さぶることに目的がある。


「た……高え!」


 観客からもどよめきが起こった。浜崎に向かっていた関心が一気に俺に移る。ナイスリアクションだ、オーディエンス。祭りの前の打ち上げ花火は効果覿面だな。


 自由落下による運動エネルギーをたっぷり持ったボールを、満を持してサーブした。


「――!」


 浜崎は必死の形相でボールに食いつく。が、パフォーマンス目的とは言え過剰に投げ上げられたボールには、より増幅された回転エネルギーが掛かっている。


 浜崎の打ち返したボールは詰まってネットに引っかかった。呆然とした様子でラケットを構えたまま硬直する浜崎。俺なんぞに早速得点を許してしまった焦りや動揺が見て取れる。


 ゲームカウントは1-0。先制点は俺が獲った。出鼻を挫かれた浜崎は、観客と「ちょっと油断したわー」とか軽口を叩いて動揺を取り繕っている。


 俺は再び天井サーブの構えを取った。浜崎は、一芸野郎が、とでも言いたげな眼を向けてきた。俺はニヤリと嫌な感じに笑ってみせる。


 意識を集中させて、天高くボールを投げ上げる――


「高い‼︎」


「更に高度が上がった⁉︎」


 どよめく観客に焦りを見せた浜崎は、俺のサーブを空振った。普段ならあり得ない凡ミス。


 人間誰しも、心が乱れると行動も乱れる。例えば音ゲーで、いつもなら問題なくクリア出来るレベルのノーツ処理でも、フルコンボ前の緊張で精神が動揺しているせいで落としてしまった経験、何回かあるだろ。マトモにやり合って勝てる相手じゃないのは百も承知。俺が狙うのはその穴だ。


「あ、あの高度まで投げ上げたボールを正確にサーブするのは至難の業……孤羽、あいつ一体何者なんだ⁉︎」


 卓球を齧った事がある風の奴が信じられないと言ったような声を上げた。別に何者って言われても、中学の頃に3年くらいやっただけの、ただの()卓球部員だ。


 本来は帰宅部志望だったが、部活に入らないと高校受験で不利になると親に脅されて、楽そうだったから始めた。消極的な理由だったが、技の名前や回転エネルギー云々の話が妙に俺の中二心をくすぐり、サーブ系だけは相当やり込んだ記憶がある。結果、サーブだけ異常に強くなりすぎて、校内最強の二つ名を冠することになったが、適当な奴しかいない他の卓球部員の連中は誰も俺と練習してくれなくなった。部活に入っていたのに友達はゼロ人。別にいいけど。


 激寒自分語りはこの辺にして、俺はポケットから予備のボールを取り出し、浜崎に放った。挑発的な笑みを添えて。


「上等だ……」


 浜崎はニヤリと笑い、天井サーブの構えを取った。サーブ名こそ知らない観客達も、俺に対抗していると察したようだ。予想だにしなかった熱い展開に、どよめきと歓声が上がる。


「おおおおおお!」


「浜崎も()()サーブを打つのか⁉︎」


 浜崎はスッと真剣な顔をして、一般的な天井サーブを打ってきた。いきなり挑戦はせずにまずは感覚を確認する。リスクを恐れる小心者がしそうなことだ。とはいえ流石は現役といった所か、回転のキレは俺よりも数段素晴らしい。


 俺は辛うじて返したが、浜崎の容赦ないドライブになす術なく得点を許した。


「チッ……」


 あからさまに悔しがってみせると、浜崎は得意そうに笑った。2投目も天井だろう。それも、俺の高度を上回る投げ上げだ。


 完全に予想通り、浜崎はボールを天高く投げ上げた。俺よりも高い投げ上げに、観客からは歓声が上がるが、だが浜崎。なぜ俺はその高さまで投げなかったと思う。なぜこのパフォーマンス勝負でお前に勝ちを譲ったと思う。


 お前は()()()()()()()()()()()()()()()()()。お前のボールは、軸がブレブレで頼りない軌跡を描いているぞ。


 そんなサーブが上手くいくわけもなく、浜崎は普通にサーブミスをした。観客からは残念そうな声が上がる。


「……」


 そんな中俺は、予想以上に計画が上手く行ったので1人でニヤニヤしていた。ゲームカウントは3-1。首尾は上々。計画を第2段階に移す。


なんだか長くなりましたが、卓球編は次回で完結します。最後までお付き合い下さい。

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