第33話「閑話」
「負けちゃったよ、みーちゃん、ユズ〜…」
「おつかれ!」
ユズこと逸部柚子は、卓球トーナメント準決勝で敗退した友人のタマに労いの言葉をかけた。
「泣かないでー……よしよし」
隣のみーちゃんことミクも、タマに慰めの言葉をかけて頭を軽く撫でた。逸部は、クラスでは常にこの3人でつるんでいる。顔面偏差値とクラスカースト高めのオシャレ系女子グループ。仲良く楽しくやっているが、ミクとタマは逸部ほど派手ではない。そのため、なんとなく不釣り合いなアンバランスさは否めない。
「でー、タマが負けたからうちらは全滅かな?」
「そうだねー、ユズちゃんも勝てると思ったけど、残念だったよね」
逸部の何気ない一言に、ミクが答える。
3人の中では比較的物腰柔らかく、調和を重んじる彼女は、時に逸部に気を遣い、持ち上げるような物言いをする。
「……」
それはあくまで逸部の主観で、疑心暗鬼による被害妄想と言われればそれまでだ。だが、そうされる度に逸部は、ミクに対してか自分に対してか、漠然とした冷たさを感じていた。
「ないない! 卓球なんて、温泉旅行行った時くらいしかやらないし? スマッシュとかされたら対応できないって」
冷えた心を温めるように、逸部は明るい調子の声を上げた。
「あはは、そうだね。でも、久々にやったけど卓球楽しいね。今度の日曜、みんなで卓球やり行かない?」
「えーわざわざ? 授業でやってるのに?」
「それなー」
中身のないやり取りの中でも、逸部の心は安らいでいた。心の内はさておき、何事もなく友達のように振舞ってくれるのはやっぱり嬉しい。
自分の派手な髪色やギャル属性のせいで他人から恐れられていることは自覚している。でも、自分のスタイルを変える気はないし、気なんて遣われたくもない。
だから逸部は、自分が素で接しても恐れるどころか同じように悪態を吐く孤羽や、自分の内面を見抜き、友達として普通に接してくれた飴宮さんに魅力を感じていた。
そんな事を考えていたからか、視線は自然と孤羽が試合をしている卓球台に向かう。
「孤羽って、案外卓球上手かったんだ」
独り言のようになにげなく呟くと、タマは怪訝そうな顔をした。
「孤羽? 誰それ?」
「え? いや、そこで試合やってるあいつ」
「狼月くんじゃない方? へー、あれ孤羽って言うんだ」
試合中の孤羽を一瞥して、タマは興味なさそうに言った。覚える気もないらしい。
「狼月くん、なんか楽しそうだねー」
ミクは、試合中の狼月を珍しいものを見るような眼で見た。
「いつもクールなのにねー」
逸部は同意し、狼月と何か話しながら楽しそうに試合をしている孤羽の横顔を眺めた。今まで孤羽の覇気の無い顔ばかり見てきたから、楽しそうな表情に逸部はギャップを感じていた。そのままボケーっと孤羽を眺めていると、タマは意味有りげなにやけ顔を向けてきた。
「えーなにユズ、もしや……」
「――は、はぁ⁉︎ やめてよ! 別にそんなんじゃないから!」
逸部は頰を紅潮させて、ないないないない! と首をブンブンと振った。若干オーバーな逸部のリアクションに、タマは小さく笑い視線を狼月に戻した。
「だよねー、狼月くんは彼女持ちだもんね」
「あ、ああそっちか……いやこっちの話……」
早まる鼓動を押さえて、逸部は必死になんでもない風に取り繕った。表情はクールを装っているが、頰は火照って思考回路はショート寸前。
――ないないないない。あんな口も性格も悪い無気力症候群なキモオタぼっちなんて絶対無理。ガチでありえない。
逸部はふるふると頭を振って熱と雑念を振り払い、自分を動揺させた孤羽を軽く睨みつけた。そのまま、狼月に見惚れているふたりに倣って、遠巻きに試合を観戦することにした。ちょうど狼月がサーブする場面。
「……あ、100円落ちてる」
すると、狼月はサーブの構えを崩して、孤羽の足元をちらりと見た。自然な口調に、孤羽だけでなく逸部たちも思わず釣られて見てしまう。
「何ッ⁉︎」
「はい嘘ー。バーカ」
狼月は冗談めかして嘲笑い、無防備なコートにスパーンとサーブを打った。
「ろ、狼月くんって、あんなキャラだったっけ……?」
「何か悪い物でも食べたんじゃ……孤羽に毒でも盛られたのかも……」
狼月の奇行に、タマとミクは驚きを隠せない様子で密かに言葉を交わした。クールな一匹狼で通っている彼の本性を垣間見てしまい、ひどく動揺していた。
「おい、100円なんてどこにもないじゃねーか。どこだよ、俺の100円」
「そんなもん最初からねーよ。あとお前のじゃないし」
――何やってんだあのバカは。
逸部は肩をすくめて、呆れたように鼻を鳴らした。そして、今度孤羽に会ったらあたしも何か騙してみよう、とくだらない悪戯を画策するのだった。