第32話「牙」
「意外だな、こんなところで会うなんて」
ネットを挟んで対峙する狼月に、俺は率直な感想を口にする。
「小学生の頃、学童で卓球ばっかやってたんでな……感覚がまだ残ってんだよ。お前の方こそ、中学時代は卓球部か?」
「どうだったかな」
俺は適当に惚けて、サーブの構えを取った。すると、狼月も顔を引き締めて戦闘態勢に入る。我流か……学童卓球で磨かれた技巧に期待しよう。
飴宮さんも見ている。あまりに狼月との実力差が歴然としていたら、勝つ気がないとはいえ流石に格好がつかない。俺は最初から天井サーブを打った。狼月は無難に返してラリーが始まる。
「さっきのサーブやってるやついたなぁ。名前なんだっけ」
ラリーの最中、狼月はふと思い出したように呟いた。
「天井サーブな」
「いやそっちじゃなくて、サーブやってたやつの名前」
「そっちかよ。知るか」
緊張感のないやり取りの中、俺はふっとため息を吐いてボールを狼月に打ち返す。
――パァン!
瞬間、狼月はラケットは物凄い速さで振り抜いた。小気味いい音が響き、白い弾丸と化したボールは一直線に俺のコートに突き刺さる。
「――ッ⁉︎」
突然の不意打ちに、思わず大きく眼を見開く。世界から音が消え、ボールがスローに映るコンマ数秒。
飴宮さんの期待に応えてみたいとか、やっぱり勝ちたいとか、理屈ではない。「スマッシュとは撃ち返すもの」という身体に染みついた本能が、条件反射的に右手を動かしていた。
――スパァン!
俺は狼月のスマッシュを撃ち返した。そのまま得点になり、ゲームカウント1-0。咄嗟の俺の迎撃に、狼月は驚いたような顔で俺を見た。遥か後方に飛んでいったボールには目もくれず、狼月はニヤリと笑いかける。
「お前、運だけでここまで来たわけじゃねーようだな」
「い、意外と性格悪いなお前……」
「フッ……『姑息王眞白くん』を舐めるなよ」
「どんな通り名だよ……軽く悪口じゃねぇかそれ」
「え、そ、そうなのか?」
俺の指摘に、狼月は動揺した様子で訪ねてきた。狼月のラケットを握る手がダランと脱力する。
「今だ!」
一瞬の隙を逃さず、俺はポケットに忍ばせていた予備のボールを取り出し、バチコーンと高速サーブを打った。観客のの飴宮さんは「えぇ……」と呆れたように声を漏らすが、最初に騙し討ちをしかけたのは向こうだ。
「――甘ぇ!」
狼月は戸惑った表情を豹変させてボールをスマッシュした。予想を遥かに超えた動きに、俺は一歩も動けない。……流石姑息王。
「無駄だ……『姑息王』は伊達じゃない。お前の考えることなんてハナからお見通しなんだよ」
狼月は犬歯を剥きニヤリと笑い、硬直する俺をビシッと指差した。
「卓球って、ほんと人の性格出るよな……」
「表情一つ変えずに俺を騙そうとしたお前が言うなや……」
少し呆れた風に狼月は肩をすくめ、無造作にボールとラケットを構えた。
「……あ」
狼月はふと構えを崩して俺の背後を見つめた。何だよ急に。やめろよ、気になるだろ。
「……?」
つられて後ろを振り返った瞬間、狼月は無言でスパーンとサーブを打った。
……まぁ知ってた。
俺は即座に振り返り打ち返し、ラリーを開始させた。
「――あぁ! 空から女の子が落ちて」
「ラピュタか! いや、孤羽、それはちょっと無理あるぞ……あ、あそこ、パンツ落ちてる」
「釣られるかよ」
「いやマジで」
「マジで?」
「嘘」
「ゆるさねえ」
くだらない騙し合いも交えつつ、互いに譲らぬ攻防の末、11-9でまたもや俺が勝ってしまった。どちらが勝利してもおかしくない、白熱した試合だった。
「お前さ、本当はもっと強いだろ。ここまで打ち合えば分かる。一方的に捻り潰す事もお前なら出来たはずなのに……何考えてんだ? 舐めプか?」
試合が終わり、ふへーと脱力していると、狼月は飴宮さんみたいなことを訊いてきた。
「全然手は抜いてないが、まぁ……こーいうお遊びにムキになるのがアホらしいだけだよ。目立ちたくもないし」
「じゃあ何でここまで勝ち上がって来た挙句、俺に勝ちを譲らなかった? そうやって斜に構えて、格好付けた風を装いながら、心の中では勝ちたいと思っていたんじゃないのか?」
「そんなんじゃねーよ……俺が無気力を忘れるほどに、お前との戦いが楽しかった。単純にそれだけだ」
ふっと息を吐き、俺は狼月から視線を逸らした。意地を張って適当な理由をこじつける気にはならなかった。実力が拮抗した狼月と打ち合ううちに、久しく忘れていた戦いの高揚感を思い出してしまったのは事実だ。
「……それに、勝ち上がっても決勝の相手はどうせ卓球部の浜崎だ。俺みたいな帰宅部が敵う相手じゃねーよ」
シード枠の浜崎を思い出してため息を吐いた。これは別に球技大会でもなんでもない授業中のお遊びだから、現役卓球部も当然のように参加している。そして嫌なことに、浜崎はそんなお遊びにマジになってしまうタイプの人間だ。素人と現役で実力差は歴然としているのに、それでも本気で潰しに来る。普段は2軍のキョロ野郎のくせして、いや、だからこそ、こんな時くらい輝きたいのだろう。
「いや……確かあいつは高校から始めたらしい……お前ならワンチャンいけんじゃね? 俺との戦いで身に付いた姑息技があれば」
「無茶苦茶言うな……小手先で倒せる相手かよ」
「フッ……口ではそう言いながら、一瞬眼に闘志が宿ってたぞ。ほら行ってこいよ、帰宅部の反逆者。舞台はすでに出来上がってる。皆がお前の登場を待ってるぞ」
狼月は俺の背中をトンと叩き、決勝戦が行われる卓球台を指した。見ると、台はすでにギャラリーの男たちで賑わいを見せており、その中心にいる浜崎はなにやら談笑していた。予想通り、浜崎は勝ち上がったようだ。女子はほぼいないが、スコアボードを見る限り、女子の決勝戦もじき終わりそうだ。ギャラリーの更なる増加が見込まれる。
「虐殺ショーの間違いだろ……」
そんな後ろ向きな会話をしていると、俺たちの到着に気づいた倉科が片手を上げた。
「おー、決勝に上がったのはやっぱり狼月だったか」
「いいや……こいつだ」
狼月は一歩退き、代わりに俺を倉科の前に押しやった。
「……誰?」
……もう棄権したい。




