第31話「屑の本懐」
2回戦の相手は、特に上手いわけでもない、普通のやつだった。1回戦の相手が弱いからなんか勝っちゃいましたって感じだ。だからだろう。俺がわざと負けようとしているのが飴宮さんにバレているのは。
「……」
不満げなジト目で試合を見物する飴宮さん。わざわざ俺の視界に入る場所に立って無言の圧力をかけてくる。ゲームカウントは5-6で相手が優勢。はたから見れば相手が押しているように見えるだろうが、木藻尾戦を見た飴宮さんには俺の手抜きはモロバレだ。
「……」
このラリーは普通に俺のミスで相手の得点になった。……心なしか飴宮さんの圧力が強まった気がする。敗退したらぶっ刺されそうで怖いんですけど……。
「……」
身の危険を感じた俺は、次のラリーは頑張って取った。ちらっと飴宮さんを確認すると、表情がいくらか柔らかくなっていた。
「……」
次のラリーも取ると、飴宮さんは微笑んだ。
「……」
今度のラリーは落としてみると、笑顔が少し硬くなった。いちいち反応してくれて面白いな。
「……」
そんなことを考えながらこのラリーを取ると、飴宮さんの顔に安心が戻った。まさか自分が弄ばれているとは思ってもいない飴宮さんと目が合ったので、俺は意味ありげにニヤリと笑いかけた。飴宮さんはそれで大体察したようで、恥ずかしそうに眼を逸らす。
「…………」
そんな調子で飴宮さんで遊んでいたら、この試合も勝ってしまった。どうしよ……3回戦、つまり準決勝の相手に期待するか……ここまで勝ち残っている相手だから、そこそこ腕が立ちそうだ。良い感じで負けられたらいいな。
3回戦が始まるまでの休憩時間。他のやつらの試合をボーッと眺めていたら、飴宮さんがそばに来た。
「また、負けること、考えてませんでした、か?」
「……いや違うんだよ。だって次準決勝だろ? 普通に負ける可能性も十分あり得るだろ」
「それでも、手抜きはダメですよ。孤羽くん、口では面倒だとか言ってますけど、試合中の表情は、やっぱり楽しそうです。得意な上に好きなのに、どうして、本気にならないんですか?」
特に何を考えているわけでもなく、飴宮さんはそんなことを訊いてきた。俺は、ほんの少しだが俺の領域に踏み込んで来る彼女に、若干の鬱陶しさを感じた。
「……別に」
……なんて考えが自然と湧いてくるあたり、やはり俺の本性はぼっちだ。こんな俺でも、飴宮さんと関わることで何か変化があるのではないか、と思ったこともある。だが結局は、俺が、皆と同じように人の輪の中で楽しく生きられない存在なのだと改めて思い知っただけだった。
とはいえ、飴宮さんと過ごした今までの時間を否定する気にはなれなかった。あれはあれで、これはこれ。矛盾した発言なのは分かっている。
「面倒くさいからだよ……あと別に好きじゃねえし」
適当に答えてそっぽを向くと、飴宮さんもそれ以上は訊いてこなかった。空気を読んだのか、さして興味が無かったのか。どっちでも構わないが、今更になって、反応が冷たかったかなとか少し心配してしまう。可笑しな話だ。つい今まで鬱陶しさを感じていた相手に気を使うなんてのは。
「難しい、ですね。距離感って」
自戒の念か、飴宮さんは独り言のように呟いた。それが俺に向けられた言葉なのかは分からないから、俺はそっぽを向いたまま独り言のように答えることにした。
「皆が適切な距離感を保っていたら、きっと世界から戦争なんて無くなるはずなんだ」
「壮大ですね……」
絶妙に適当な飴宮さんの返しに、俺は肩をすくめて微笑した。そう、このくらいの適当さが心地良い。ただ、その心地良さがすべての人間に当てはまるものではないことは自覚している。
「話変わるけど、飴宮さんってこの高校第1志望だった?」
なんの脈絡もなくそんな質問をしてみると、飴宮さんは要領を得ない顔で首をかしげた。すみませんね、話題の変え方雑過ぎて。俺も言いながら無理やりだとは思ったけどさ。
「そうですね……通える範囲ではここが妥当かな、と。いじめられてたので、同じ中学の子と被りたくなかったし、かと言ってあんまり高みを目指すと、プレッシャーで病みそうだったので……」
「へー……あー、なんかごめん」
「昔の話です……孤羽くんも、そんな感じでしょう?」
「いや……俺の場合、いじめ以前に周りから空気扱いされてたからな……去年、同窓会あったらしい。当然のように俺は呼ばれなかった」
「か、悲しいですね……まぁ、呼ばれたところで、居場所なんてないんですけどね……」
飴宮さんの的を射た自虐に、俺は乾いた笑い声をあげた。すると、体育教師から第3試合の招集が掛かった。
「ま……それなら良いんだ。行ってくる」
「はぁ……? あ、行ってらっしゃい」
飴宮さんは取り敢えず返事をした後、頭の上に「?」記号をたくさん浮かべて、なんのことやら首をかしげる。
第3試合ね……あんまり積極的に勝とうとは思わないから、相手が強かったら普通に負けるよな。
まるで自分が負けた際の言い訳のように心の中で呟き、指定された台に赴く。
「よぉ孤羽……せいぜい楽しませろよ」
「次はお前か、狼月」